第65話 和睦の仲介者
「いっとくけど、本来この地下施設は、施設なんて規模じゃなかったんだよ? 入り口の階段、廊下、そしていまは吊り橋になっている部屋だけだったんだ」
フェイヴの文句(?)に、一応反論しておく。
「それは聞いてるっす。人攫いやチンピラが次々侵入してくるからって、広くなってったんすよね?」
「そう。前はそれでも吊り橋の部屋といまは貯蔵庫になっている二つの部屋だけだったのに、そこに七〇人ものゴロツキが攻めてきて、人海戦術で危うく突破されかけたんだよ。しかも情報収集したら、ウル・ロッドは下手すれば一〇〇〇人くらい集められるかも知れないっていうじゃん。そうなったら、こっちとしても死にたくないし、本気にならざるを得ないだろう?」
ここぞとばかりに、僕は言い募る。ここが大規模な地下施設になったのは、マフィアどもが断続的に攻めてきたせいで、おかしな事じゃない。決して、ダンジョンだからじゃないと念押しする。
「ふぅむ……。もしも、ショーンさんにウル・ロッドに対する隔意がない、今後も今回の件を蒸し返さないっていうなら、俺っちが和睦を仲立ちするっすけど?」
「え?」
思ってもない提案だった。
正直、ウル・ロッドとはこのまま前面衝突するつもりだったから、和睦というものは一切考えていなかった。だが、考えてみればそれも悪くない。
いま、地上に何人ウル・ロッドの兵隊がいるのかはわからないが、それを一人残らず皆殺しにできるかといえば、そうでもない。なかに入ってこない者は、殺せないのだ。
そして、生き残りがいれば地上にでる度に、命を狙われる危険が生じる。情報収集の必要がある以上、僕はこれからも何度も外出する必要がある。その都度命の危険を感じるのは、正直勘弁して欲しい。
地上というものは、僕らダンジョンコアにとっては、アウェーなのだという点を、忘れてはならない。
「なるほど。それも悪くない……」
問題は、本当に手打ちになるのか。和を結んだあと、約束を反故にされ、地上で襲われるのは勘弁して欲しい。
「その場合は、俺っちと俺っちの仲間で、ウル・ロッドを潰すっす。和睦を仲介したのに、それを理由もなく反故にするってのは、こっちの面子を潰す行いっすからね。セイブンも含め、ウチのパーティメンバーが集まれば、チンピラ一〇〇〇人くらいはわけないっすよ」
フェイヴが自信満々にそう宣ったが、どこまで信じれらるものか。これがセイブンさんの言葉であれば、それなりに信用してもいいのだが……。
「信じて欲しいっす。俺っちたちのパーティ【
「へぇ……、
僕の、彼らに対する好感度が、一気に低下した。
さっきから三級だ、特級だ、一級だと、冒険者の階級がインフレしてるせいで、すごさがいまいち実感しづらくなってきたのも、その一因だ。なにより、ダンジョンを殺す相手に好感を持つのは、もう僕には無理なのだ。
とはいえ、これ以上関わり合いになるわけじゃないから、遠い世界の話として聞いておこう。フェイヴが、オリンピック選手と同じチームに所属してるっていう程度に捉えておけば、それ程ムカつかない。その影響力も、たしかにアテにできる。
「それじゃあ、和睦できるならそれで。できなくても別にいいけど、その際にはここに足を踏み入れた人間は、皆殺しにするよ? 文句は言わないでね?」
「上には、まだ数百人は残ってるっすよ? ホントにやるっすか?」
そこらへんは、十分に対策してある。【
さらに、次の【
「この花のない衣裳部屋に到着する頃には、大人数を維持できなくなっているはずだから、大丈夫だと思う。次の二階層も、攻略には時間がかかるだろうし」
「二階層なんてあるんすか……」
おっと、ついネタバレしてしまった。
せっかく創意工夫を凝らして作ったダンジョンを、つまらないネタバレで台無しにしたら、勿体なさすぎる。
「僕としては、どっちもでも構わないですよ。あ、でももしこれ以上の戦いを望むのであれば、できれば全員で入ってきてください。生き残りがいると、あと腐れが面倒ですので」
「ホント、なんなんすかこの子……。考え方が怖すぎっす」
いや、これは切実な問題なんだよ。誰それの恨みだの仇だのと、いつまでも背中を付け狙われかねない状況は、綺麗に解消しておきたい。枕を高くして眠れる環境は、非常に大事なものだ。
まぁ、僕はもう何週間も寝てないんだけど……。
「怖いとか、あなたにだけは言われたくないですね。あなた、僕にもう一人の男を殺させようとしたでしょう?」
「おや? なんの話っすか?」
「あなたがセイブンさんとつながりがあると知った時点で、合言葉が僕の知っている情報だった意味がわかりました。僕があの男を欺いて、殺すよう誘導したでしょう?」
フェイヴと、もう一人の先程僕が手にかけた男との合言葉は、中級冒険者の心得である、ダンジョンに関する諸注意だった。初めは、たしかに僕は下級冒険者なのだから、知らなくて当然の情報であり、不自然には思わなかった。ラッキーだと思い、上手く分断しようと狙ってもいた。
その前にフェイヴが不意を打たれたので、実行には移さなかったが。
だが、こいつがセイブンさんと関りがあると知ったいまは、その意味合いが変わってくる。あれは別にラッキーなんかじゃなかった。
「さて、俺っちにはショーンさんがなにを言っているのか、さっぱり見当も付きませんね」
「まぁ、強キャラぶって韜晦してるけど、あなたその男に背中斬られたんですよね。だっさ」
「うぐ……。別に、上手く受け流したんで、怪我とかしてないっすよ!」
じゃあホントに最初から、死んだフリだったのか。そこは僕も騙された。だってなんか、凄いリアルな死に方って感じだったんだもん。
流石、十八ある必殺技と豪語するだけはあるね。必殺技の一つが死んだフリとか、やっぱりダサいけど、それはそれでローグっぽい。
「そんじゃ、俺っちはひとっ走りウル・ロッドの頭に会ってくるっす!」
そう言って、騒々しい糸目の男は去っていった。
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