第66話 フェイヴの和睦案?

「和睦ですか。せっかく大人数で攻めてきたのですから、少し惜しい気はしますが……」

「たしかにね」


 数百人を吸収できれば、DP的にはかなり美味しい。ただ、その代償として、いつまでも命を付け狙われる事になるのはいただけない。

 とはいえ、ぶっちゃけダンジョンの掘削と構築で、かなりDPを使ってしまった。残りは十MDPを割り込みつつある。

 今回の襲撃がここで終わると、正直収支としてはマイナスなのだ。侵入者を制限した弊害だな。


「まぁ、フェイヴはああ言ったけど、和睦だってすんなりまとまるとは思えない。もう一当て二当てくらいは覚悟しておこう」

「そうですね。油断は禁物です」


 気を引き締めるようにそう言ったグラ頷いて、外へと向かうフェイヴの姿を遠視する。彼は【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】を属性術で照らすと、生き残りをまとめて地上を目指しているところだった。




「生き残りが戻ってきた? どういう事だい?」


 アタイは、配下の報告に眉を顰めて問い返した。撤退を指図したわけでもないのに、報告の伝令が現れたのではなく、生き残りが戻ってきた? それはつまり、冒険者連中の探索は失敗したという事じゃないか。

 勘弁しておくれ……。


「へぇ、どうも、件の五級ですら手こずるような罠が張り巡らされてるってぇ話です。ついでに、五級に付けてたフバと、もう一人の冒険者崩れは死んだそうです」

「そうかい……。その話は当人から?」

「へぇ。奥に進んでいた他の冒険者連中の話は、どいつもこいつも、二度と入りたくねえと喚くばかりで、要領を得ないんでさぁ……」


 冒険者連中の肝が細いのか、それだけ大変な道のりだったのか……。後者だった場合、そんな場所に大人数の兵隊を投入して、どれだけ生き残るのか……。仮に三割が死んだとしても、ウル・ロッドの今後には無視し得ない砂鉄となる。

 いや、三割ってのは、五級が手こずるという情報を得たいまは、かなり楽観的な見方になりかねない。


 だが、どうする?


 元々今回の一件は、アタイらの面子の問題。ここですごすご尻尾巻いたとなれば、侮りは免れない。ウル・ロッドはいまでこそアルタンの裏社会を牛耳るマフィアだが、敵がいないわけじゃない。

 隙を見せたらあちこちから食らい付かれる。


「その五級を呼んできておくれ。詳しい話を聞きたいからさ」

「へい、ママ」


 駆けていく配下の背中を見送りつつ、アタイは思考を巡らせ続ける。

 ウル・ロッドの面子を保ちつつ、件の子供と手打ちする方法はあるか……? 連絡を取る手段もない相手と? 無理だ。だが、そうなれば損害をださない為には、一方的に撤退するしかない。

 傍目どころか、集めた人間から見ても、それは明確なウル・ロッドの敗北だ。それだけは回避しなければならない。

 なら、これ以上の抗争を続けるか? 否。危なすぎる。いまとなっては、ガキと戦い続けるというのは、面子を守る為に足場を崩すような行為になっている。最後には、面子も保てなくなる本末転倒ぶりだ。

 ならどうする? どうすれば、アタイとロッドの命を守れる?


「アーベンに全責任をなすり付けて、ウル・ロッドが潰せばいいんすよ」


 アタイの思考を遮ったのは、見覚えのある男だった。どちらかといえばヒョロい印象を受ける、糸目の青年。服にはべったりと血糊が付いており、多少草臥れているものの、飄々とした態度は地下に入る前とそう変わりはしない。


「このままウル・ロッドの構成員を地下にぶち込み続けると、確実に半分以上は死ぬっす。下手すりゃ、全滅もあり得るっす。それは、実際に階段、廊下、玄関、貯蔵庫、衣裳部屋を探索してきた、五級冒険者としての見解っす。少なくともここは、大人数の素人を何人突っ込んだところで、踏破なんてできないっす」


 肩をすくめてそう言い捨てる男に、周囲にいたウチの幹部が色めき立つが、アタイはそれを手で制す。


「アンタに付けてたフバは、死んだんだってね? アンタが殺ったのかい?」

「まさか。フバは鏡部屋の仕掛けに取られたっす。まぁ、暗闇部屋でもかなり危なかったっすけど」

「ふぅん……。じゃあ、もう一人の男は?」

「そっちは知らないっす。俺っちの背中に斬り付けて、うえに戻るって喚いて消えたんすよ。生き残りを回収しつつ戻ってきたんすけど、そのなかにイニグはいなかったっす。地上にも戻ってないとなると、どこかで死んだんすかね」


 アタイはちらりと指輪を見る。水晶の嵌め込まれたその指輪に、変化はない。これは、相手が嘘を吐いていると、光って教えてくれるマジックアイテムだ。どうやら、本当にこの男は、フバやもう一人の男を殺ってはいないらしい。


「それで? なにやら面白い話をしていたね? アーベンに全責任を取らせるって?」

「そっす。元々今回の一件に、ウル・ロッドを巻き込んだのはアーベンっす。損害も、いまとなっちゃウル・ロッドの方が大きいっす。そしていまや、ウル・ロッドは存亡すら懸かった状況。なのに、アーベンにとっては、そこまででもない。まぁ、多少痛手ではあるでしょうっすけど」


 たしかに……。いつの間にか、アーベンよりもウチの方が深みにはまっている。この場にいるアーベンの奴隷兵を全部失ったところで、ヤツは別に破産したりはしない。

 タダで奴隷を失ったと、舌打ちするくらいの痛手だろう。

 対してウル・ロッドはどうだ? ここを切り抜けないと、スラムでの立場を失くしかねない。発端はアーベンだというのに、だ。


「考えてみるっす」


 そう言って男は、薄く目を開けてこっちを見つめながら、真剣な声音で語りかけてくる。


「この地下施設に七〇〇人ぶっ込んで、運よく三、四〇〇人くらいの犠牲ですむのと、このままとって返して、アーベンの商館を囲むの、どっちが楽っすか?」

「…………」


 それはいうまでもない問いだ。もし本当に、五級のこいつが手こずるような罠が張り巡らされているなら、徒に兵を失うなど愚の骨頂。ならいっそ、アーベンの奴隷兵を相手にした方が、はるかにマシだ。

 実際、冒険者連中でさえ、半壊している。ならず者の生存率が、彼らよりも高いという事はないだろう。


「……二つ聞きたいんだけどね?」

「なんすか?」

「アンタは、本気でこの地下に兵隊を送ると、半分以上死ぬと思ってるんだね?」

「そっすね。半分っていうか、たぶん全滅すると思ってるっす」


 指輪は光らない。


「もう一つ。アンタ、ここの子供と繋ぎを付ける事は可能かい?」

「はい、できるっすよ」


 指輪は、光らなかった。それにより、ウル・ロッドの方針は決まった。



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