第67話 正しい敗北のしかた
フェイヴという名らしい、五級の男を下がらせて、アタイらは幹部だけで話し合いの場を設けた。
「ママ、あいつぁ信用できるんですかい?」
「信用なんざできるわけないだろう? ファミリーの一員でもなし、どこの誰の使いかもわかったもんじゃない。ただ、あの場では一切嘘は言ってなかったね」
重要なのは、あの男の信用ではなく、言っている内容が的を射ているか否かだ。
「……それはつまり、地下に足を踏み入れたら、俺たちが全滅するってぇ話も、嘘じゃねえと?」
「そうなんだろうさ。どうも、あの様子から単純な腕っ節や頭数でどうこうできるような場所じゃなさそうだね」
どれだけむくつけき兵を揃えても、断崖に飛び込ませれば、それはただの集団自殺でしかない。アタイには、子分どもにあの階段を降りろと命じる事は、それと同義に思えた。
「アーベンの奴隷兵どもはどうしてる?」
「一応、出番までは待機させてやすが……」
「監督に、たぶん人攫いの連中が就いていやすね。こっちに変な動きがあれば、即座に気付かれやす」
「ふぅむ……」
部下からの答えに、アタイは
アーベンとは手切れになるだろうが、ここでウル・ロッドの体力を無駄に削られるよりも、はるかにマシだ。
「ママ、アーベンと敵対するつもりですかい?」
「ここのガキと敵対するよりかは、幾分もマシだろう?」
「ガキ一人ですぜ?」
「だからなんだい? 既にそのガキ一人に、一〇〇人以上取られてるんだよ? 侮るなんざ、バカの所業さね」
「…………」
納得のいかなそうな顔で黙る幹部の一人に、アタイは面倒臭いと思いつつ、ため息を吐く。
たしかに、上辺だけを見れば、ウル・ロッドは子供一人に敗北したという事になる。それは、確実にウル・ロッドの看板に傷を付けるだろう。
だが、看板は所詮看板だ。大事なものではあるが、屋台骨が折れるより、はるかにマシなのだ。
それに納得がいかないという思いは、わからないでもない。本当に、この地下施設を突破する事は、そこまで困難なのか。すべてがフェイヴの虚言で、あるいは彼の後ろには、件のガキがいるのではないか。自分たちは、いいように担がれているのではないか。
そういう思いがあるのだろう。
「ここまできて、相手を単なるガキ一人だなんて思うんじゃないよ。熟練の魔術師の拠点に、カチコミかけると思いな。多少は、その厄介さが想像つくだろう?」
「……たしかに」
「ママ、そのガキ、それだけの実力があると?」
「現状を省みりゃあ、そうなるだろうさ。迂闊に手を出しちゃいけない相手に、手を出しちまった。ここはもう、どう波風立たせずに終わらせるかっていう話になってんのさ」
さっきはああいったが、ウル・ロッドの看板だって大事なもんだ。侮りを受けて、これまで頭を押さえていた裏組織が、一斉に敵対してきたら流石に厳しい。
「では、ママはもう、ここのガキには手を出したくないんですな?」
「当たり前さ。それとも、このなかにまだ地下に赴きたいヤツが残ってんのかい?」
アタイが問うと、全員が口を引き結んで沈黙を保った。誰もが、この得体の知れない場所に、少なからず畏怖を抱いていたのだろう。
「そういう事さ。もうね、ガキを相手にするより、アーベンを相手にした方が、なんぼもマシなんだよ。少なくとも、兵隊をすり減らすだけの意味があるからね」
「ここのガキ相手では、意味がないと?」
「あると思うかい?」
「であれば、いっそ必要以上にそのガキを持ち上げときましょうか。少しでも俺たちの傷が少なくて済むように、稀代の魔術師とでも称えて」
「ほう、悪くないね。アタイらが失敗したと聞き付けたアホが、ガキにカチコミかけて全滅でもすれば、嘘にはならない。むしろ、あたらに配下を死なせない判断をしたって、評判が高まるかもね」
「ハハハ、そいつぁいい。精々、他の組織がちょっかいだしたくなるくらい、大々的に褒め称えましょうか」
弱々しい笑いに包まれる幹部連中。まぁ、どう言い繕ったって、これは明確な敗北だ。ウル・ロッドはガキ一人に敗北した。
面白い話じゃない。だが、それでも、再起ができないって状況までは追い込まれなかった。
「……これからが大変だよ。正念場さ」
「ウル……」
それまで一貫して口を開かなかったロッドが、アタイの名を呼ぶ。こういう場でロッドが口を開くのは非常に珍しく、幹部連中も驚きの表情を浮かべている。
「オイラ、頑張る。ウル、大丈夫」
「まったく、いくら気心知れ合った幹部しかいないからって、配下たちの前でその口調はやめなって言ってるだろう……」
「難しい事言う、苦手……。でも、ウルを励ます。オイラ、一緒に頑張る。だから、大丈夫」
「そっすよママ! オヤジと俺たちがいりゃあ、こっからでも巻き返せます!」
「むしろ、今回の敵が、調子に乗ってこっちに攻撃仕掛けてくるような組織でなくて、良かったと思いやしょう。そう考えると、いいヤツに負けましたね」
「なぁに、ウル・ロッドの看板も、多少傷が付いた方が、貫禄がでるってもんでさぁ! どこまでもご一緒しますぜ!」
「お前ら……」
口々にアタイを励ましてくる子分たちを見て、胸に込み上げる思いを抑える。
すべてはアタイの判断ミスだ。不穏な空気は感じていたのに、体面の為にそれを無視した結果がこれだ。ウル・ロッドの看板に、より大きな傷を付けるハメになった。
だが、誰もそれを責めない。こいつらは、アタイの事を、それだけ信じてくれているのだ。当時は、攻撃するのが最善の判断であり、いまは手打ちが最善だというアタイの判断に、それぞれ思うところはあろうと、異論を唱えずに従ってくれようとしている。
だったら、こんなところで情けない顔なんて、母親分としては、絶対に見せられないじゃないさ。
アタイは、こいつらのママなんだからさ!
「さぁ、それじゃあアーベンの奴隷兵たちに、そこの階段を降りてもらって、敵の戦力を削っておこうかね」
「そのあとは、アーベンの商館へ?」
「そうさね。アーベンの奴隷商館を襲撃し、ヤツに落とし前付けさせて、人攫いを残らず潰す。そうすれば、これだけの兵隊を揃えた意味もでてくる。いい機会さ。これで、アルタンの裏社会はウル・ロッドの一強になるね」
「そいつぁ景気がいい」
明確な敵が定まった事で、おバカたちは一気に威勢が良くなる。こういう単純なところが、本当に好ましく羨ましい。
一強といえば聞こえはいいが、要はただの共食いだ。ウル・ロッドだって弱体化は免れない。これからが正念場。その言葉は、間違いなんかじゃない。
「さぁ、それじゃあ敗戦処理といこうかね。せいぜい、勝者を称えながらね」
それでも、アタイとロッドと、可愛い子分たちの命が残っただけでも重畳さ。こいつらがいれば、いくらだってやり直せる。
そう思いつつ、アタイは母として胸を張った。
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