第113話 肩入れする理由
まぁ正確には、人口だけならそれなりの数が残っている。ゲラッシ伯爵は、大人数での峠越えを厭い、かなりの戦力化可能な頭数を残していったのだ。だが、その人数を兵力化できるだけの指揮官が足りないとの事。まぁ、それを送り出してしまったので当然だが……。
戦力というのは、ただの一般人を連れてきて横に並ばせればいいというものではない。というか、指揮官がいなければ、その横に並ばせるという事自体が、かなり難しい。バラバラの民兵を民兵のまま解き放っても、ろくに戦えず瓦解するのが関の山だ。
しかも、そんな状態だとわかれば、地元有力者は参陣に二の足を踏みかねない。その有力者もまた指揮官である為に、結果としてさらに兵力が目減してしまう悪循環に陥るわけだ。
「だから頼む!」
「無理ですよ」
「まだなにも言っていないぞ!?」
「僕らに指揮官になってくれという話なら、無理です」
頭を下げてきたディラッソ様に、にべもない返答をする。まぁ、内容的に当たり前だ。次期領主と目される嫡男にあるまじき腰の低さだが、それを評価できる場面と、そうでない場面というものがある。
「なぜだ?」
「僕らは指揮官としての教育を受けてません。軍の指揮においては、その辺の一般人と、然して変わりませんから」
「しかし、君には用兵の知識があるだろう?」
「知識だけあったって役に立ちません。実際の経験がなければ、兵を右往左往させてお終いです。兵の指揮をするのは、知識ではありませんから」
極論を言えば、現場指揮官に戦術知識など必要ない。兵らを統率する威令さえあれば、無知無学でも構わないのだ。実際、読み書き計算も覚束ない指揮官などざらにいる。
無論知識は、持っていないよりも持っている方が好ましく、そういった人材は上澄みとして、軍全体の指揮を担う者に重宝されるだろう。だから、彼も僕をそのような人材と同じ扱いをしたいと思ったのだろうが、早計といわざるをえない。
残念ながら、知識はともかく技能が足りず、その要望には応えられないのだ。工学の専門家だろうと、いきなり工場に放り込んでも役に立たないのと一緒である。
そもそも、僕の持っている知識など、歴女だった母伝いのあやふやな聞き齧りでしかない。これで僕に軍が指揮が務まるなら、ウチの母はフラウィウス・ベリサリウスか毛利元就になれるだろう。
素人では指揮官など務まらないからこそ、ゲラッシ伯はディラッソ様に応援を求め、ディラッソ様はいま現在窮地に陥っているんだろうに……。
「むぅ……。君程の知識があれば……、できないか?」
「ご自分が、初めて部隊を指揮したときを思い出してください。できると思いますか?」
「むぅう……」
眉間に深い深い皺を刻んだディラッソ様。もはやその表情が、雄弁に語っていた。僕らに部隊の指揮など不可能だと。それはつまり、これ以上戦力が増えないという事を意味していた。
「わかった。その代わり、君たち二人にも此度の防衛に参戦してもらいたい」
「それに関しては、元よりそのつもりです。ついでに、現在アルタンに滞在している【
「ふむ? 【
まぁ、普通に考えれば、わざわざ徴兵免除の特権を有している冒険者の、それも一級冒険者パーティが、領主家の要請だからと参陣する事はまずない。彼らにとってのメリットが、ほとんどないのだから。
なにより、有望な冒険者らが戦で命を落とすのは、間接的にだがダンジョンにとって有利に働く。彼ら冒険者は、ダンジョン攻略の専門家であって、傭兵でもなければ、騎士でもないのだ。まぁ、兼任している者はそれなりにいるが……。
冒険者が戦場で命を落とす事は、国としても、神聖教としても、好ましくない事態だ。無理に冒険者を戦に使おうとする真似は、神聖教圏内においては忌避される傾向がある。
例としては、以前の遊牧民包囲網だ。あれは、神聖教が音頭を取って、一層ダンジョン攻略に対する非協力姿勢を理由に、構築されたものだった。
とはいえ、絶対に冒険者を戦に使ってはいけない、などという事ではない。そこが冒険者にとって特別思い入れの強い土地だったり、私怨などの個人的な事情であったり、単純に報酬や立身出世目的で戦に参戦する冒険者は、それなりにいる。
なんといっても、戦闘技能があるのだ。その技能を活かして、故郷を守ったり、報酬や安定的な地位を求める事まで、冒険者ギルドで制限する事はできない。
「此度に限って、参戦してくれるかと。個人的な契約故、あまり詳しくは申せませんが、彼らとは戦前に協力関係の約束を取り付けております。敵が帝国である事、こちらから帝国領を侵さぬ範囲においては、【
報酬は、人工のカラーダイヤ二粒。まぁ、費用対効果としては悪くないのだが、人工ダイヤという字面から受ける印象程、簡単に量産できるものではない。作れるのがグラだけなのだから、ある意味当然だが。
その分は、後々伯爵家に請求する事になるだろう。だが、現状を思えばどのような出費であろうとも、【
「ほ、本当か!? それが誠なら百人力だ! 味方につく者も増えよう!」
「まぁ、指揮官が増えるわけではないという点だけは、お忘れなく」
結局、数としての戦力は、【
約二〇〇〇という戦力で、帝国と敵対しなければならない現状は、如何ともし難いのだ。幸いなのは、敵も一万以下で、防衛戦となる可能性が高いという点だろう。
これなら、なんとか守り切れるかも知れない。ただなぁ、籠城戦となるとそれなりの長期戦になりかねない。正直、地上のアレコレにこれ以上煩わされるのはごめんだ……。
さて、その辺りをどうするか……。
「いや。これ以上、兵力の増強が不可能であらばこそ、一騎当千の【
心底嬉しそうに、ディラッソ様は語る。
まぁ、そうだろうな。彼らは文字通り、一騎当千の戦士にもなり得る。特にセイブンさんは、瞬間的な火力なら本当に一人で一〇〇〇の兵士をも蹴散らすだろう。運用次第では、彼一人で戦の盤面をひっくり返せるだけの要素である。
とはいえ、一人の英雄がいたところで、必ずしも戦が有利に運べるわけではない。いかにセイブンさんだけが強かろうと、他の兵士がボロ負けしてしまえば、彼は敵中に孤立してしまう。それは、他の【
その戦力の活用には、それなりに頭を使わねばならない。
――だが、である。
僕としては、本当に今回の戦が長期戦になる事を望まない。【
そちらから応援が来るまで持ち堪えられれば、第二王国軍としては勝ちなのだ。向こうに領主のゲラッシ伯がおり、こちらに跡取りのディラッソ様がいる以上、応援が来ないという心配も必要あるまい。
ただ僕個人としては、それを待ってまでこれ以上地上の雑事に煩わされたくないという思いがある。それを解決できる力が自分にあり、既にある程度周知であるという事実を踏まえれば、無意味に力を出し惜しんでまで、籠城に付き合うのは、ハッキリ言ってかったるい。
「ディラッソ様。一つ、ご提案があるのですが……」
なのでここは、もう少しだけゲラッシ伯爵軍に力を貸そう。ここで存在感を示しておけば、グラが仕官する際にも、ゲラッシ伯爵家家臣らとの軋轢もかなり少なくなるだろうし。
それから一週間後。サイタンの郊外に帝国軍約四〇〇〇が到着し、ゲラッシ伯爵軍一四〇〇は彼らを野戦で迎え撃つ事となった。
思った以上にすっくな! ディラッソ君さぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます