第47話 ウルとロッド
ウル・ロッドファミリーは、新興のマフィアだ。ただ、母体のなった別の組織はあった。
アタイとロッドは、元々はそのマフィアに所属する、しがない娼婦とチンピラの姉弟だった。そんなアタイらが、どうしてファミリーを乗っ取り、そのうえスラム街を牛耳る大親分にまでなれたのか。
一言でいえば運が良かっただけではあるものの、その次くらいにはアタイら姉弟の絆が強固だったからだ。
アタイはしがない娼婦だったし、ロッドは周囲から一目置かれる程の腕っ節だったものの、頭が悪かった。だから、アタイが難しい事を考え、ロッドが実行する。そう役割分担をし、いまに至るまでその姿勢を堅持してきた。
姉弟だからこそ、お互いに全幅の信頼をおき、決して裏切らず、疑わず、敵対者を二人で潰してきた。
ウル・ロッドの親分は二人で一人。アタイが頭で、ロッドが腕だ。
だから、ここはアタイが考えなければならない。頭として、腕を動かさなければならない。
いくら気が進まなかろうと、ウル・ロッドの名を貶めるような事はできない。益にならずとも、損にならないように、動かなければならない。
「若いもんを集めな!」
「へいママ!」
配下が返事をして去っていく。流石に、親分だからといって、大の男にママと呼ばれるのは、いまだになれない。
「ロッド、今度はあんたにも出てもらうよ」
「ウルが言うなら、オイラが行く」
「ただし、今回はアタイも行くよ」
「……」
珍しく、というか本当に久しぶりに、ロッドから不服そうな沈黙が返ってきた。本当に、いつ以来の事だろう。アタイがまだ十代だった頃だから、もう十五、六年は前か。歳をとるわけさね。
「ガキの住処は、罠だらけだって話だよ。アンタ一人で行かせたんじゃ、臨機応変に動けないじゃないのさ」
「わかった。オイラ、バカ。ウルの言う通り、する」
「まったく、素直なのはいい事だけどねえ……」
苦笑するアタイに、ロッドは仏頂面のまま、再び動かなくなる。
ロッドは、自分の頭が悪いという事に自覚的だ。だからこそ、難しい判断を要求される事柄はすべてアタイに任せきりにするし、どんな命令をしても不満を抱かない。だがその分、自己主張というものに欠けるのだ。
先の発言も、配下の前で親分が自らを卑下するような物言いは、規律の面からよろしくない。トップが侮られていい事など、まずないのだから。
とはいえ、ロッドの腕っ節はファミリーの誰もが認めるところだ。なにせ、ウル・ロッドファミリーの前身だった組織を潰す際、本拠地に乗り込んだロッドは幹部と親分を含む十人を、ほぼ一人で皆殺しにしているのだから。
幹部の半分以上を、アタイが引き付けていたといっても、驚嘆に値する戦果といえるだろう。
「それと、アーベンの野郎にも兵隊を出させな。元は、あの野郎が持ってきた話だ。こっちにだけ尻拭いを押し付けられちゃ、たまらないよ」
「へいママ!」
またも配下が駆けていくのを見送りつつ、アタイは紫煙を吐き出す。
「ったく、アーベンの野郎、とんだ厄介事に巻き込んでくれたもんだよ……」
事の発端は、あの奴隷商だ。
最初の時点では、ここまでの大事となるとは思っていなかった。こちらも数人の配下を失ってはいたものの、取り立てて騒ぐような事態ではなかったし、下のもんのケツを持つにしたって、限度はある。人のねぐらに押し入って返り討ちにあった程度の事にまで、いちいちめくじらを立てるつもりはなかったのだ。
だが、アーベンの野郎に上手く唆されたヤツが、ジズに兵隊を預けて、ガキの住処にぶちこんじまいやがった。いくらアーベンの人攫いやチンピラが帰ってこなかったからといって、人数を揃えて押しかけりゃあなんとでもなると思ったんだろう。
その見解は、間違いではない。普通ならば。
だがガキの住処は、普通じゃなかった。ジズを含む、兵隊のほぼ全員がおっ死んじまったのだ。
こうなるともう、後には退けない。ウル・ロッドの面子にかけて、ガキに頭を垂れさせるか、もしくは頭だけになってもらうしかない。
多くの兵隊を失う危険を冒して、得られるものがガキの素っ首が一つ。まったくもって気乗りがしない。損得でいえば、完全に損な話だ。
「それでもまぁ、一度決めた以上はやり遂げないとねぇ」
「ウル、機嫌悪い?」
「大丈夫だよ、ロッド。ちょっと……、ほんのちょっと、嫌な予感がするってだけさね」
「…………」
アタイと同じ不気味さを感じているのか、ロッドも沈黙しつつ頷いた。
「流石に、大丈夫だろうさ。一人で相手できるような人数じゃない」
どれだけの人数が集まるかは、実際に動かしてみないとわからない。だが、まず三〇〇を下回る事はない。アーベンの奴隷兵も合わせれば、ざっと五〇〇といったところだ。
ガキ一人でどうこうできるような人数じゃないのは、まず間違いない。こんな人数を動かしたら、それはもう小規模な戦争だ。
対して、ガキに兵らしい兵はいない。だから本来なら、不安に思う必要すらないはずなのだ。間違いなく、一方的な蹂躙になるはずなのだ。
それでもやはり、一抹の不安が胸中を撫でた。なにか見落としがあるのではないか。得体の知れない件のガキが、もはやただのガキではないというのは確信しているが、よもや本物の化け物だったりしないだろうか、という思いが消えない。
……バカバカしい。
気分を落ち着ける為に、アタイは煙管を吹かし、益体もない迷いを呑み込んだ。
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