第46話 ダンジョンの二階層

 下水道を経由して、ダンジョンに戻ってきた。

 ついでに、通風孔内に数匹のネズミ系モンスターを誘引してから眠らせて、DP吸収の観察も継続する準備をしておく。

 もしもモンスターがDPを吸収するというのが誤解なら、凍結したモンスター牧場計画が再び日の目を見る可能性がでてくる。

 少し時間ができたので、素振りをしつつ指輪とイヤリングの名前を考えようか。

 そうだな……。【害気障壁】の指輪は大樽廻オオタルマワシ。【誘引】のイヤリングは蘭鋳ランチュウ。【睡魔】のイヤリングは夢海鼠ユメナマコかな。

 なんか、名付けが適当になってきた気がするけど、【誘引】の方はちょっとそれっぽいからいいとしよう。

 二時間程素振りをしてから、モンスターのDP吸収について訊ねたが、いまだにDPは吸収されていないらしい。まずは一日経過観察を続け、もしも無害そうなら、小規模なモンスター牧場を作ってみようと思う。

 まぁ、失敗した前例がある以上、そうそう上手くいくとは思えないけどさ。


「さて、じゃあダンジョンの処理能力を向上させようか」

「大人数を一気に殺傷できる罠、という事ですか?」

「そうなるね。一度に一〇〇〇人に対処するのは、広さ的に難しい。現在、僕らのダンジョン全体で対応できる人数は、ミラーハウス部分も含めて一五〇人くらいが限界だろう」

「我らのダンジョンの領域は、廃墟になっていた家屋の敷地よりも、少し広くなった程度の範囲しかありませんからね」

「だからさ、ミラーハウスの次は二階層として下に伸ばそうと思う」

「それは素晴らしい」


 いつも平板なグラの声に、明らかに喜色が混じる。やっぱり、ダンジョン的には地中に潜っていくのは、嬉しい事のようだ。

 これまでは、横に広げるばかりで、なかなか地中を目指せなかったからね。グラにとっては、ようやく本来の目的に向かえる、という思いなのかも知れない。


「人間に発見されるリスクを最低限に抑えつつ、惑星のコアを目指すならさ、広さは最低限にして下へ下へ階層を重ねていけばいいと思うんだ」

「なるほど。しかし、それには少々問題もあります」

「問題?」


 そういえば、単に惑星のコアにダンジョンを到達させればいいというのなら、僕が下水道に繋げたみたいな細い通路を、下へ下へ伸ばしていけば、コスパ的には最善だ。だが、いまだにコアに到達したダンジョンがないという事は、その方法は採用されていないという事になる。ならば、それなりの理由があるはずだ。


「惑星の深部に近付けば近付く程、地面を掘削する為のDPは増大します。また、維持の為のDPも増えますし、ある程度の広さがないとダンジョンそのものの強度が足りなくなります。だからこそダンジョンは、より多くのDPを必要としているのです」

「強度が足りないダンジョンは、どうなるの?」

「その部分が圧壊します。万が一そこにダンジョンコアがあった場合、最悪の状況に陥ります。破壊されればまだいい方で、地中深くで身動き取れなくなると、DPが枯渇するまでなにもできなくなるようですね」

「うわぁ、悲惨……」


 つまりは、深部に向かえば向かう程、広いダンジョンが必要になっていく、という事か。しかも、掘削や維持のコストも増大していく。


「でもまぁ、しばらくは広さは敷地面積程度で十分だと思う。強度やコストを気にかけるのは、もっと深くなってからでいい」

「そうですね。現状でダンジョンを広くする意味は薄いですし、むしろ発見されるリスクだけ高くなります」

「そういえば、ギルドで例のマジックアイテムについて聞くの忘れたなぁ……。不意のタイミングで使われると困るんだよなぁ」


 まぁ、そればかり気にかけて、頻繁に訊ねるのもも不自然か。次回忘れず聞いておけばよしとしておこう。

 そんなわけで、ダンジョンの二階層を作っていこうと思う。ただ、やっぱり急激に領域を広げる事はできない。


「問題は、ウル・ロッドとやらがいつまで待ちの姿勢でいてくれるか、なんだよなぁ」

「いまの我々のダンジョンに、一〇〇〇人以上の人間を投入されると、人海戦術で攻略されかねませんしね」


 そうなのだ。【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】もミラーハウスも、人海戦術で攻略される可能性はある。前回の【一呑み書斎ワンイーター】がそうだったように。

 侵入者を分散する仕掛けが欲しいな。どうするか……。


 タイムリミット——ウル・ロッドが痺れをきらすまでに、なんとかしないといけないな。




「ガキが外に出てる?」


 アタイの声にこもる機嫌の悪さを察した部下が、首をすくめるようにして「へぇ」と返した。


「普段の派手な鎧は脱いでやしたが、相変わらず新品みてえな格好だったんで、目立ってたみてぇです」

「フン。監視されてんのに気付いて、夜陰に紛れて抜け出したのか、別の出入り口があるのか……。どちらにしろ、面倒な事になるねぇ……」


 アタイは気分を落ち着ける為に煙管を一服し、紫煙を燻らせる。ロッドは相変わらず、こういうときはだんまりだ。

 ガキが好き勝手に抜け出せるようだと、そもそも囲んでいる意味がなくなってしまう。そうなれば、腹を空かせて、こちらに詫びを入れてくるという事もないだろう。

 アタイとしては、多くの手下を失う危険を冒してまで、そんなガキにかかずらう意義を見出せない。だが、ヤクザってのはメンツが全てというのもまた事実。ガキにいいようにされて、手を拱いているようでは、他のスラムの連中にも舐められちまう。

 だがそれでも、損得勘定の面では、これ以上のそのガキに深入りしたくないという思いがあった。


「……さて、どうするかねえ……」


 巨漢の弟を見るが、アタイの言葉に答える事もなく、いつものように石のように佇んでいた。



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