episode Ⅱ グラ

 ちっとも嬉しくなさそうに、彼は笑った。


 ショーンは、私に名前を付けると言い出した。

 本音を言えば、私はショーンでもいいと思っていた。

 元々同じ体であり、主導権はあちらにある。私たちが別々の存在であるというのは、ショーンの仮説にすぎない。

 わざわざ、私と彼を分けて考える必要などないだろう、と。

 だが、彼にただ「ダンジョンコア」と呼ばれるのは、たしかに無味乾燥すぎると、自分で言って気付いた。だから、すべてをショーンに任せる。彼が付けた名であれば、なんであれ文句はない。


「くっころ?」


 訂正。文句はある。

 どうしてかはわからないが、その名は絶対に嫌だと思った。体があれば、ショーンの頭を小突いていただろう。

 それからもうんうん唸って私の名前を考えていた彼を見かねて、私はこう言った。


「どうせなら、あなたにちなんだ名前にすればよろしいのでは? 私とあなたは、一心同体——いえ二心同体として生まれ落ちた身なのですから」


 二心同体。私たちの関係を表すのに、ピッタリの言葉だ。

 そういえば、彼は先程タカハシ・ジョーンという名前が同じ意味だと言っていたはずだ。もしかしたら、私の名前はジョーンになるのかと思った。


「——グラ」


 だが違った。しかし……そうですね。ジョーンよりもこれがいい。私の名前は、グラ。グラです。

 ふふ……。

 それから改めて、私とショーンは自己紹介をしたのだった。


 ふぅむ……。基礎知識がないというのは、とても不便だ。

 ショーンはこれから自分がなにをすべきなのか、なにができるのかを、理解していない。これでは、生命力の理を用いて、ダンジョンを拡張するのも、魔力の理を用いて、外敵を排除するのも難しいだろう。

 浅いダンジョンは簡単に、人間に狩られて死んでしまう。少し成長した小規模、かなり成長した中規模のダンジョンであろうとも、狩られるときはあっさりと狩られて屍を晒す。

 人間というのは、ワラワラと群れてダンジョンを蚕食する、恐ろしく悍ましい生き物だ。

 だから、そんな人間にショーンが殺されない為に、深く複雑な、立派なダンジョンになれるよう、みっちりと基礎知識を教え込もう。どんなコアよりも優秀なコアに育て上げ、ショーンを惑星のコアに到達させる。そう考えると、心の奥から沸々とやる気が湧いてきた。


 ショーンはどうやら、理に強い興味があるようだ。生命力の理と魔力の理、これはどちらも、生物に内在するエネルギーを運用する法則を理解し、応用し、活用する理だ。一朝一夕で修得できるものではない。


「そう……」


 それを聞かされ、肩を落とすショーンに、ついつい笑い声が漏れた。先程までの、楽しそうな顔から、一瞬でしょぼくれてしまった対比が、なんともいえず可愛らしかったのだ。

 その後の励ましに意気込み、実際に生命力の理を応用して衣服を作る間、ショーンは終始満面の笑顔だった。本当に楽しそうに、布を光の糸に変えては、自分の思い描く形に織りなしていく。

 勿論、ただ漠然と形をイメージしているだけのショーンでは、まともな衣服を作り上げる事はできない。だが、そこは私のサポート次第だ。

 材質の理解、繊維の編み込み、縫製の方法における作り込みが拙いショーンの術理を補助し、書き加え、既存の物を参照して形を整える。

 だから、基礎知識にない靴下には戸惑った。ショーンの知識にある靴下というものの用途、形状を聞き、なんとか作成に成功したのは、実に達成感のある行為だった。

 しかし……、ふむ……。誉高きダンジョンコアが着用するには、生成りのままでは少々貧相に見える。染色はそこまで難しくはないが、ショーンには、何色が似合うだろう。

 鮮やかすぎるものは、ケバケバしく下品に見える。だったら、落ち着きのある色合いで、ショーンの髪色にも合う、青色に染色しよう。


 しまった!


 ショーンの服を整えるのを優先するあまり、身を守る装具に回せる資材が足りなくなってしまった。元々、防御に使えそうな材料は、皮製の靴程度しかなかったのだが、それを革靴に加工してしまった。

 いや、きちんと魔力の理を刻んだので、危険から逃走する役には立つだろう。

 だがだからといって、ダンジョンコアがシャツとハーフパンツでいていいのかと自問する。仕方がない。

 私はを利用し、彼の身を守れるだけの装具を作成した。材料については、秘密にしておこう。


 好ましい事に、ショーンは実に勉強熱心だった。人間たちの言葉を学び、ダンジョンについて学び、生命力の理を覚える為に、日夜弛まぬ努力を重ねていた。

 だが、それこそが心配の種でもあった。その没頭ぶりは、彼が人間であれば、とっくに衰弱死しているレベルだったのだ。

 あるいはそれは、逃避だったのかもしれない。同族殺しを宿命付けられている現実から目を逸らし、課された課題で頭をいっぱいにする事で、考えないようにする。

 現実逃避が現実逃避になっていない……。彼は勤勉に学びながらも、懊悩していた。いっそ、勉強のときくらい、己の運命など忘れてしまえばいいのに……。


 私も得るものがあった。どうやら彼が、前世は異世界の人間であったというのは、事実のようだ。なぜなら、その発想が非凡なのだ。

 生命力を用いて地面を掘り進め、ダンジョンを拡張するという事実を教えれば、ひどくガッカリした様子でこう呟いたのだ。


「もっとこう、洗練された方法があるのかと思っていた」

「洗練された方法とは?」

「なんかこう、手元のウィンドウでちょちょいと操作して、仮想のダンジョンを作って、決定ボタンでも押したら、生命力だけ吸われてポンとダンジョンができる、みたいな?」

「なにをバカな……」


 私はそう言って呆れたあと、その案の実現性を考える。


 ふむ……。ふぅむ……? ふむ? あれ? 意外と簡単にできそうなのではないか?


 勿論、いくつかの障害はある。だがそれは、絶対に解消できない問題だとは思えない。

 ショーンの台詞を、そんな便利な方法があるはずがないという先入観で、否定する事は愚かだ。それが不可能でないというのなら、ショーンの求めるものを、私が用意してみせよう。



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