episode Ⅲ この気持ちの由来
我々が誕生し、一週間が経ち、残存する生命力がいよいよ心許なくなった段階で、ショーンはようやく重い腰をあげた。
「この住処の外部を調べる」
その方法はお世辞にも褒められたものではなかった。しかし、それ以外に生き残る手段がないというのも事実であった。
この状況で、外部に対して大々的に我々の存在を知らせるなど、ナンセンスだ。そんなものはただの自殺である。
故に、囮を使って少数の社会不適合者を呼び込むというのは、生命力調達の方法としては理に適ったものだった。
ショーン自身が、その囮でさえなければ。
しかし、ならば他に最適な囮があるのかと問われれば、ないと答えるしかない。いっそ、私の自由になる体があればとも思うが、ここでないものねだりをしても仕方がない。
わかっている。死を甘受せぬのならば、ある程度のリスクは冒さねばならない。そして、現状を打破するというショーンの決断は、私にとっては本当に嬉しいものなのだ。
それは、人間への未練を断ち、こちらに歩み寄ろうとする、彼の意思なのだから。
結局、なけなしの生命力を消費して、もう一つ装具を作る事になった。これによって、ショーンの身の安全は、先程より多少は、保障された。
その代わり、我々の保有する生命力は、本当に崖っぷちという量になってしまった。この作戦が上手くいかなければ、本当に自爆くらいしか尊厳を保つ手段がなくなりかねない。
だというのに、外に出たショーンは、急にこんな事を言い始めた。
「会話の必要性が生じたら、グラに変わってもらいたいんだけど、いいかな?」
私に人間と対話しろと?
理由を問いただすと、なんと生命力で作り出した魔石を、人間に売り払うという。この切迫した状況で、わざわざ自分の生命力を人間に与えるなど、正気の沙汰ではない。
色々と、私に黙っていた事に対しても、それなりに思うところはあった。多少、本当に多少ではあるが、大人気ない態度を取ってしまったりもした。だがそれは、これ程の危機的状況でそれ程の大事を黙っていた方が悪いのだ。
それでも詳しくショーンの目的を聞けば、なるほど頷けない話ではない。やはりこの子は、多少抜けてはいても、愚かではない。
この作戦が上手く運ぶという前提で、先々の為に布石を打っておくという話だ。今回リスクを冒して得られるリターンを、最大限増やそうとしているのだ。
なるほど、なるほど。我々の敵になる、冒険者連中の大元に潜入する。それにより、敵の動きも対策も、丸裸にできるという算段なのだ。たしかにそれは、人型ダンジョンコアにしかできない手段だ。
「へぇ、冒険者なんているんだ……。って、グラこそ、そういう情報は優先的に教えておいてよ!」
そういえば、冒険者についてはまだ教えていませんでしたね。たしかに、こうして外にでるなら、現状でも注意しなければならない相手です。ですが、そのような不手際をしていたと、この子の前で認めるのは……なんというか……、恥ずかしい……。
なので私は、全力で誤魔化した。先程? 少々大人気ない態度はとりましたが、怒ってません。本当ですよ?
「この魔石を売れる場所まで行きたい。どこか知らないか?」
「魔石なら、あそこを右に曲がった先、突き当たりにある、ブーツの看板の建物で売れるぜ。案内してやろうか?」
兵士の格好をした男に訊ねると、すんなりと冒険者どもの根城を吐いた。人型ダンジョンコアというのは、便利かも知れないと思った。
こういった地上工作は、ついつい地中に意識を向けがちなダンジョンコアにとっては、あまり思い至らない行為だ。もしもここで得られる情報を、他のダンジョンと共有する事ができたなら、それはダンジョンコアという種の躍進の、大きな一助となるだろう。
兵士の申し出を辞して、言われた通りに進めば、言われた通りの建物がある。あそこに、ダンジョンを狩ろうとする人間が屯しているのか。忌々しい……。
ふむ。建物の内部は、野卑な人間にしては片付けられていた。なんとなれば、いまの我々の住処よりも小綺麗である。
いえ。我々にも余裕があれば、あのような廃墟で開口部を覆うような、見窄らしい姿は改善しようと思ってはいる。広さも外見も内装も、劣っているのは現在だけだ。
冒険者ギルドの受付の女は、冒険者という輩の兵種を吐露していく。
なるほど。十級から八級までが、消耗品扱いで数の多いモンスターに対処する雑兵。七級から五級までが、ある程度隊伍を組んで動ける小隊。四級以上に至っては、我々ダンジョンコアを討伐する為の精鋭、という事ですか。一級に至っては、実際に中規模以上のダンジョンを攻略したような人材で、より多くのダンジョンを討伐する期待を背負っている、と。
本当に忌々しい……っ!
しかし、それはそれとして、人型ダンジョンコアというものは、情報収集には本当に有用だ。こうして、あっさりと敵の手の内を探れるのだから。
ダンジョンを攻略せんとする高位冒険者の話から、自然とダンジョンの情報にも繋げやすい。私は、ここにきた最大の目的を達成しようとして——
「こんなクソガキがご同業!? おいおいこんな小便垂れに、冒険者なんざ無理に決まってんだろ!! ギャハハハハ!!」
——低脳を音で表現したかのような、実に不愉快な声で、私の情報収集は中断された。
見れば、筋骨隆々の男が、下品に大口を開けて笑っている。この人間が、我々の諜報活動を妨害したらしい。
見ているだけで、神経を逆撫でされるようだ。いますぐ殺したい。
「ねぇグラ、こいつの言葉がほとんど聞き取れなかったんだけど」
だが、聞こえてきたショーンの声に、気を取りなおす。そうだ。このような場所で暴れても、多少気が紛れるだけで、メリットなどない。下手をすれば、我々がダンジョンコアであるという事実が露呈しかねない。
落ち着け。落ち着け……。
「モッフォさん、冒険者志望の新人を煽るのは、やめてください!!」
「硬え事ぁいいっこ無しだぜ、ジーナ。俺ぁ世間知らずのお坊ちゃんを案じてやってんだぜ? 死んだらかえーそぉだろうが」
私たちが無視している間に、男と女が勝手にヒートアップしていた。こちらは蚊帳の外だが、別に構わない。我々と無関係に口論し、無関係に解決すれば、それでいい。
「いかにも、甘やかされて育ちましたってツラしてんだろうが!! ガキが、失せやがれ!!」
度し難い程の妄言を、眼前の愚者が放つ。女の言葉に苛立ち、興奮した調子で吐き捨てられた言葉。だが、聞き捨てはならない。
体が勝手に動いた。
ショーンが主導権を取り戻して動かしたのかと、本気で思った。だが違う。
私がやったのだ。苛立ちのままに。小型地上生命レベルの知能しかないと思われる愚者に、ただの人間どもに向ける敵愾心や不快感とは別種の、明確な怒りを覚えて思わず敵対行動を取ったのだ。
——……どうして、このような気持ちになるのだろう。
この男が、知らないのは当然だ。ショーンが、同胞である人間を食らう事に、どれだけ思い悩んでいたのか。どれだけの覚悟をもって、悪人を殺し、食らおうと決めたのか。
知っているのは私だけだ。眼前の愚昧が知らぬからと、怒りを抱くのは筋違いだとわかってはいる。
だがそれでも、生きる為の糧であると自らを納得させる為に、己の命のタイムリミットギリギリまで懊悩し、苦しんでいたショーンに対する言葉としては、あまりにも不適当。あまりにも見当違いの、正真正銘の妄言だ。
苦しんで苦しんで、それでも生きる事を選んだ。ダンジョンとして生きると、選んでくれた。それが、私にとってどれだけ嬉しい選択だったのか。
それを、言うに事欠いてこの下等生物は、なんと言った? 甘やかされた? 生まれてこれまで、血を吐くような思いでここまできたこの子を、甘やかされたと評したのか?
それは、貴様のようななにも考えずに生きてきた、低脳に向けられるべき台詞だ!! 間違っても、私の弟に向けられるべき言葉ではない!!
ああ……、そうだ。弟なのだ。
この世に生まれ落ちたその瞬間から、二心同体として生きる我々は、人でいうところの一卵性双生児。
ちょっと不出来な、私の弟。努力家で、優しくて、真面目で、お調子者な、可愛い弟。
そうか……——この気持ちの由来は、弟に対する親愛の情だったのだ。
私は右手の爪を、男に向ける。
「ギャハハ!! そんなオモチャで、どうするってんだ!? おめかしして、一緒に踊りまちょうってか? ギャハハハハハハ!!」
私が、ショーンの守護の為に作った指輪。ならば、どれだけ小さく幽けき力であろうとも、ショーンに悪意を向けるこの男を倒すのに、なんの不足があろうか!!
信じるのではない。確信をしている。私の想いは、必ずやショーンを守ってくれると!!
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