第108話 最小限の犠牲
〈18〉
目が覚めたら、いつの間にか家に帰ってきていた。
薄暗い、骸骨蠢く洞窟で目を閉じた直後に、家の日当たりのいい客室で目覚めるというのは、なんというか、隔世の感があった。一瞬、洋風の客室であり、使用人であるイミまで近くにいたというのに、地球に戻ってきたのではないかと錯覚した程だ。
イミは僕の覚醒に気付くと、嬉しそうに満面の笑みを湛えて屋敷中にそれを触れ回った。
「やれやれ……」
それから、ジーガを始めとした使用人たち、シッケスさんとィエイト君、果ては珍しくキュプタス爺まで顔を出して、見舞いをされた。どうでもいいけど、シッケスさんとィエイト君は、いつまで家で使用人の真似事なんてしているのだろう。
礼儀作法を学んでいるようには見えないし、単にお目付け役としてセイブンさんに利用されているようにしか思えない。
「あれからどうなったか、聞いても大丈夫ですか?」
ィエイト君にダンジョンがどうなったのかと、アルタンの町への影響を聞いてみる。彼は不機嫌そうにしつつも、僕の質問に答えてくれた。どうやら、バスガルが死んだ日から、もう三日経っているらしい。
「ダンジョンはあれから完全に沈黙している。拡張もしていないし、ほとんどモンスターも確認されていない」
「やはり、僕らの包囲にモンスターリソースの大半を注ぎ込んでいたんですね」
「そのようだ。それに加えて、やはり僕らが包囲されている間に、副リーダーの方でも、かなりの量の竜種を片付けたらしい」
「なるほど。こちらが量、向こうが質の面で、ダンジョンの戦力を削り切ったという事ですか」
「そうみたいだな」
概ね予想通りだったが、セイブンさんたち主力だって人数は限られていただろうに、雑魚モンスターの群れではなく、最低でもラプタークラスの竜種を相手に無双したのかと感嘆する。とてもではないが、普段の彼の姿からは想像できない。
「町の被害については、俺から説明させてもらいます、旦那」
ィエイト君の言葉を継ぐようにして、ジーガが話し始める。
「崩落は二ヶ所。犠牲になったのは、二〇〇人ちょっとってところです。この事で、旦那を逆恨みする連中もいるらしいです。お気を付けを」
他の使用人やディエゴ君もいるからか、ジーガの口調は随分と杓子定規だ。気楽な口調で話してくれた方が楽なのだが、僕にも彼にも体面というものがあるから仕方がない。
「まぁ、しょうがないよね。気持ちもわからないわけじゃないし、手をだしてこない限りにおいては、捨て置いてていいよ」
「手をださずとも、嫌がらせなんかはあるかも知れませんが?」
「そしたら報復しといて。度合いは任せるけど、向こうも大変そうだし、ほどほどにね」
残念ながら、僕の体面的にやられっぱなしだと舐められるだけだ。それで困るのは僕だけではない。グラや使用人の為にも、悪意には悪意で仕返しするしかない。痛い目を見なければ、どこまでも増長するヤツってのはいるからなぁ……。
「それで、例のウル・ロッドとの話し合いは概ね合意との事です。詳しい話は都度都度詰めたい、そのときこそ、旦那の顔が見たいとの事でした」
「ああ、了解。ちゃんとお詫びしてくれた?」
「ええ、そりゃあもう……」
力なく笑うジーガの顔に、なぜか僕以上の死相が見えた気がするが、きっと気のせいだろう。そういう事にしときたい。
「まぁ、ウル・ロッド側でもこの町の惨状を思えば、旦那がどれだけの緊急事態に駆り出されたかってのは、下っ端連中にすらわかったでしょう。向こうの思惑としては、それで大部分が果たせた、と見るべきでは?」
「なるほどねえ……」
ウル・ロッドが僕を歓待する理由は、自分たちのところの下っ端が僕を舐めないように、という目的があった。だからこそ、僕自身が宴に参加しなければいけなかったのだが、僕はそれをドタキャンしてしまった。
僕の代わりに参加したジーガの心労を慮るだけで、胃痛がしてくる思いだ。
聞く限り、町に影響がでたのは、僕らがギギさんと遭遇した場所と、バスガルと戦ったあの場所だ。犠牲が二〇〇人というのは、多かったのか少なかったのか。
これを見ても事態の緊急性が察せないのだとしたら、そんな相手には配慮するだけ時間の無駄だ。
「まぁ、犠牲に関しては僕らにも責任はある。というよりも、お前らはあくまでもアドバイザーとしてあの探索に参加したのだから、むしろ責任の度合いは僕らの方が大きいだろう」
そんな殊勝な事を言うィエイト君に、ちょっと驚いて彼の顔を見る。表情だけは平然としているが、耳が垂れているので、きっと落ち込んでいるのだろう。
だが、彼の領分的にあの崩落はどうしようもなかっただろう。止められるとしたら、それこそダンジョンコアでもなければ無理だったと思う。
「副リーダーも肩を落としていた。【崩落仮説】に気付いていたら、金のズメウ――アウラールを放置はしなかった。消耗を度外視すれば、あそこで倒す事は不可能ではなかったとな」
「ダンジョンと一体化したズメウを、ですか? あれを倒せるものなのですか?」
「副リーダーは、相手が単体であればダンジョンの主とも対等に戦える。確実に倒せるとまでは断言できないが、あの人がやると言ったら十中八九やり遂げるだろう」
「なるほど……」
やっぱり、あの人はかなりの規格外みたいだ。絶対に、僕らのダンジョンにはこないで欲しい。
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