第109話 破格の昇級

「そうそう!」


 それまでの、どこか暗い話題を払拭するように、僕の隣から明るい声が聞こえる。そこには、病人食というにはあまりにも大量の食事が並べられているテーブルの隣に、シッケスさんがニコニコと満面の笑みで立っていた。


「どうやらショーン君、四級冒険者になるみたいだよ。こっちとオソロだね」

「え……? いきなりですか?」


 四級といえば、フェイヴよりも上の階級になるという事だ。まぁ、戦闘能力を評価されての事で、斥候として特級冒険者になっているフェイヴと比べれば、総合的には下なのだが、だからといっていきなり七級から四級というのは破格だろう。

 そう思ってィエイト君に聞いてみたのだが……――


「別段珍しくもない。貴族の子弟や特別な道場の輩出生ならば、短期間で上級までいくのはおかしくはない。飛び級もまた、なくもない事例だ。稀に、在野の実力者が登録した際にも起こる」

「そうなんですか……」

「なによりお前は、単独で竜種に勝利し、相打ち紛いとはいえ中規模ダンジョンの主まで倒してみせたのだ。戦闘能力を鑑みれば、上級冒険者に推挙されるのはなんらおかしな話ではない。勿論、今回のダンジョン探索における貢献の大なるを認められた、という前提でな」


 僕は期待していた答えが得られず、がっくりと肩を落とした。

 貢献って言われたって、どう考えてもその度合いではフェイヴの方が上だっただろう。冒険者として、フェイヴと同等の働きをできたかと問われれば、全然無理だった断言できる。今回一緒に探索し、戦闘もこなしてよくわかった。あいつはすごい。ダンジョンの探索も戦闘もこなしつつ、全員のペース配分や物資管理を行い、臨機応変な対応力で不測の事態にも対処した。すべてをとって、プロフェッショナルだと評して差し支えない働きだった。

 まぁ、両手放しで褒めるのは癪なので、口には出さないが。

 そんなフェイヴよりも上というのは、流石に気が引ける。というか、そもそも僕は、冒険者としての地位を確立するつもりがあまりない。悪目立ちするのは嫌だし、それで身バレなど本当にごめんだ。そんなデメリットはあるのに、メリットらしいメリットが見当たらないのも嫌だ。


「辞退ってできるんですかね……?」

「なんで? 断る意味ある?」

「いや、変に悪目立ちするのとか、嫌なんで……」

「あはははははははは! ショーン君、それギャグ? 【白昼夢の悪魔】が、いまさら悪目立ちを気にするなって。手遅れ感ぱないっつーの!」

「…………」


 そうだった。どうやら寝起きで頭が回っていないらしい。

 そもそもにして、バスガルを倒してしまった以上、悪目立ちなどと言っていられるような立場ではなくなったのだろう。さらにいえば、元々ウル・ロッドの件で、結構悪目立ちはしていたのだ。

 だとすれば、こういう武勇伝的な目立ち方は、逆にトラブルを避けるのに役に立つかも知れない。なにより、これくらいの地位があれば、例のダンジョンを探知するマジックアイテムとやらの詳細を探れる可能性は高い。

 ないと思っていたメリットが続々と思い浮かび、デメリットはいまさらという事を思い知ると、なんだか昇級もいい気がしてきた。


「それに、グラちゃんやフェイヴも昇級するよ。まぁ、フェイヴの場合、元々昇級は時間の問題だったけど、今回の事で評価が一気に高まったからね。グラちゃんなんて、十級から一気に四級だからね。凄さでいえば、ショーン君よりもこっちのが凄い」


 なんだ、それなら安心……なのか……?


「今回の件って、そんなに評価されるものなのですか? 町に被害もでてしまいましたし、むしろマイナス査定されるものかと……」


 僕は単純に疑問に思った事を口にする。だがシッケスさんは、大げさに頭を振って見せた。


「んなわけないじゃん! 誰も気付いていなかった町の危機を察知して、いち早く動いたチームの中核だよ? 評価落ちるわけないって!」


 ああ、まぁ、それはそうか。

 ダンジョンの存在に危機感を覚えていた人はいても、具体的に相手がなにを目論んでいたかまで、予想できていた人はいない。精々が、ニスティス大迷宮の再来だと危惧していたくらいのものだろう。

 そんな中で、一層ダンジョンの事例から【貪食仮説】に行きつき、緊急にダンジョンを探索した結果【崩落仮説】という結論に至り、完全ではなくとも相手の目論見を阻止できたのは高評価になるだろう。


「でもそれは、グラとダゴベルダ氏の功績では?」


 ぶっちゃけ、僕にはバスガルの目論見なんて、見当も付かなかった。それはシッケスさんたちも同じだったようで、少しだけ気まずそうに目を逸らした。


「あーね。ゆーてこっち、言われて右往左往してただけだし。だからこっちとィエイトには、昇級の話はきてない。まぁ、四級から三級って、めっちゃ敷居が高いらしいしね。博士の方にも昇級の話はいったみたいだけど、色々と面倒だし、ギルドに縛られたくないって言って、これまで通りの特級らしいよ」

「いーなー……。そっちの方が楽そう……」


 いや、どうだろうな。普通の上級冒険者は、戦闘能力だけを評価されての事だから、代わりはそれなりにいるだろう。だが、特級はむしろ逆で、戦闘能力以外の長所を持った人材を、下手な戦闘ですり減らさないように設けられた制度だから、そっちの方がギルドに煩わされそうだ。

 その辺、ダゴベルダ氏はどうし――……まぁ、無視してるんだろうなぁ……。


「まぁいいや。どうせ断っても悪目立ちするなら、上がるだけ上がっとこう」


 ただし、ここら辺で打ち止めにしときたい。他所のダンジョンを討伐しろ、とか言われたって絶対嫌だ。それが冒険者ギルドの最重要目標だというのはわかるが、こちらとしてもグラの同族をそんな理由で狩りたくはない。

 というか、自分たちのダンジョンから、そんなに離れたくない。


「ショーンが昇級するのでしたら、私もそうしましょう」


 どうやら僕が決めるのを待っていたらしいグラがそう言った事で、僕らは上級冒険者の仲間入りをする事になった。三階級の特進とか、縁起でもないんだよなぁ……。


 そんな事に気を取られた僕は、シッケスさんの呼んだ二つ名が、【小悪魔】から進化している事を聞き逃してしまった。



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