第4話 ウワタンの町の代官

 ●○●


 次の日。今日は代官との面会があるのだが、午前中に面会依頼が四件も舞い込んできた。……ホントもう、勘弁して欲しい……。

 この町の商人と、昨日と同じ使者からのアポだ。流石に、二日連続で面会予約を断るのは感じが悪すぎるので、二日後の面会を了承した。

 いやまぁ、感じが悪いもなにも、未だにどこの誰の使いなのかも知らないんだけれどさ……。その、関係が悪化しかねない相手ってのが、どこの誰かもわからないんだよねぇ……。


「まぁ、適当でいいでしょ。僕らが一番気を遣うべき権力者は、領主であるゲラッシ伯爵だけさ。下手にゲラッシ伯の頭越しに、他の貴族とつながるのは、彼の面目を潰す事にもなりかねない。僕らは彼の支配下にいるんだから、それを庇護するのは彼の義務であり、ある意味権利でもある」

「なるほど。あのゲラッシとやらを敬う形を取って、他の権力者どもから防波堤にする、という事ですか。実に合理的です。流石はショーンですね」


 まぁ、その通りだけど、こんなので褒められてもなぁ。こんなの、人間なら当たり前の処世術だろう。まぁその分、その相手にもメリットを提示し続けないといけないんだけどね。とはいえ、そのくらいの事でトラブルシューティングを担ってくれるなら、お安いものさ。

 グラは幻術のモニターを作り、恐らくは理の研究に精を出しているのだろう。僕もまた、手を動かして物作りに勤しみつつ会話を交わす。いまは、午後の予定まで暇潰しがてら、軽くお互いの研究をする時間だ。


「そういう事。つくづく、支配者側っていうのは面倒だよねぇ。権力がデカすぎて、被支配者たちの庇護に東奔西走上を下へ、四苦八苦の七転八倒させられる。特にこの、ゲラッシ伯爵領の政治的な立場の面倒臭さは、傍から見てても領主が可哀想になる程だ。いやまぁ、その庇護の元で存分に厄除けに使おうって側が、言うべきセリフじゃないんだけどさ」

「ふふふ。そうですね。まぁ、精々我々の為に、領主には身を粉にして働いてもらいましょう」


 ああ、可哀想なゲラッシ伯。ただでさえ面倒臭い立ち位置なのに、僕らのような面倒な因子まで懐に抱え込んじゃって……。

 あの騒動のあと、一度だけ内々にかつ遠回しに謝罪を受けたおじいちゃん領主の苦境を、心苦しい思いで偲ぶ。貴族であり、領主貴族であるゲラッシ伯は、軽々に僕のような一介の領民に頭を下げるわけにはいかない。だというのに、わざわざ足を運んで、謝罪に近い真似をしてくれたというだけで、向こうが僕らに随分と気を遣ってくれているのがわかる。

 きっと、見た目通りの義理堅い人なのだろう。

 そういえば……――


「そういえばさ、グラ」

「はい、なんですか?」

「領主に出身地とか、家族について聞かれた?」

「いえ、私は聞かれていませんが? そもそも、私はあの者と一切会話を交わしていません」

「ふーん、そっか」


 グラらしいっちゃらしい対応だ。とはいえ、なぜか僕は聞かれたんだよなぁ。両親の事とか、出身地の事とか。まぁ、そこら辺は物心つく前に師匠に山奥のいおりに連れて行かれて詳しい所はわからない、で通している。予め用意しておいた、僕らのカバーストーリーだ。

 ベルトルッチ平野の自治共同体コムーネの内のどれかとするのが、自然でいいだろう。山奥というのも、パティパティア山脈のどこかとしておけば、いろいろと誤魔化しも利く。

 しかし、なんだって領主が僕らの過去なんて気にするんだ? 権力者にこちらの素性を勘ぐられるというのは、あまり面白くない。彼らの伝手を用いて調べれば、僕らの足取りがアルタン以外に存在しないという事実が露見する可能性も、わずかながら存在するのだ。

 領主の動向には、少し注意を払う必要がありそうだ。それに加えて、関係を良好に保つ為の努力も要るだろう。なんらかの事情で疑われても、関係さえ良好なら取り返しがつく。僕らがダンジョン側の存在だとバレるという、最悪の事態さえ回避できれば、この際なんでもいい。

 そうだな。またなにか、お宝でも献上しよう。今度は、リュクルゴスの聖杯のような、彼の手に余るようなものでなく、手の届く程度の代物の方がいいかな。

 そうこうしている間も、動かし続けていた手を止める。作っていた装具に不備がないかを確認し、刻まれた理の完成度も見極める。

 今回のメインの素材は木材だ。とはいえ、かなり加工して削ってしまっている為に、黒々とした見た目の木材は、黒曜石のような艶を放っている。そこに苦礬柘榴石パイロープを用いて作った、少し大きめの腕輪である。


「グラ、これどうだろう?」

「ふむ……。少し、キーワードの設定が長くありませんか? 実用的ではないような」

「たしかにそれはなぁ……」


 自分でもわかっていたが、この【曼殊沙華】の起動に必要なキーワードは長すぎる。【魔術】における【詠唱】は術式のプロセスの一つだが、装具――というかマジックアイテムのキーワードは、本当に【鍵】としての役割でしかない。

 不意に、自分の、あるいは他人、もしくは別の理由でマジックアイテムに魔力が流れてしまった際にも、暴発しないようにという安全弁の役割を持っている。これがないと、熟練者の魔術師以外がマジックアイテムを持った際に、付与された【魔術】がポンポン発動させてしまうという事故が頻発する。万が一にも、それが攻撃的なものなら大惨事である。マジックアイテムに等級が存在し、製造や所持に許可がいるのもむべなるかなだ。

 まぁ、攻撃的でないものは、あえてその安全弁を設けない事で、秘密裏に発動できるよう、工夫されていたりもする事もある。そういったものは、不用意に使用してしまっても、周囲にそれと覚られないものが多い。

 しかしそういったものは、不用意な発動の頻発から、マジックアイテムそのものの寿命が短い傾向がある。本当に簡単なものであれば――例えば、ライターのように着火するだけの代物とかなら、ある程度長く使えるだろうが……。

 話を手元のマジックアイテムに戻そう。なぜ、これに限らず【曼殊沙華】のキーワードが長いのかというと、実は節ごとに違う【魔術】を発動させているからだ。例えば【死の女神モルス】の【曼殊沙華】は、『乙夜いつや須臾しゅゆにて咲き誇れ』だ。これは【曼殊沙華】中でも短い方で、つまりは【死の女神モルス】はとどめ用の幻術において、かなり単純な構造となっているという証でもある。

 まぁ、一番最初に作ったものだしね……。後継機にゴテゴテ新機能を持たせたくなるのは、人だった頃のさがか……。

 そんな【死の女神モルス】に対して、今回作った【曼殊沙華】で使われる文節は、六つ……。どう考えても多すぎる。というか、戦闘中に唱えるとすると長すぎる……。

【魔術】が実戦において実用的になったのは、実は割と最近の事だ。その最たる理由は、【魔導術】の発展によって【詠唱】が劇的に短くなったから、と言われている。それを考えれば、いまの僕の試みはその流れに逆行しているともいえるだろう。どんどん実用性から離れていっている気がする……。


「うーん。やっぱり作り直すかなぁ……」


 なんとか機能を絞り込んで、キーワードを短くしてみよう。あるいは、もう少し元の術式を、コンパクトに畳めないか……。だが流石に、いつまでも術式の構築と最適化を、グラに頼るのは気が引ける。というか、いつまで経っても進歩していないようで、僕自身業腹だ。もう少し、自分で試行錯誤してみよう……。

 失敗作とはいわないが、習作の苦礬柘榴石パイロープの腕輪を手首に通すと、改めてこの術式の改良に取りかかる。とはいえ、この術式に関しては、別の理も組み込んでいる為に、幻術以外はある意味足し算で術式を組んでいるようなものだ。現状、僕の知識で手を付けられる部分は、それ程多くない。

 幻術に関してはそれなりに熟達してきた自負はあるが、それ以外の理はよく言って半人前。悪く言えば、小学生レベルだ。この世界ではそれなりに学んでいる方だと見られるだろうが、実戦レベルではお話にならない。


「あ、あのぉ……」


 そう考えると【死の女神モルス】は一応、傑作といえるのかも知れない。まぁ、あれは対象が敵単体に限られるし、プロセスが簡単な分、相手に与える影響も限定的だ。

 対して【モート】はなかなか汎用性が高い。一つの術式で多数を相手取れるし、グラからの報告やフェイヴを通じて仕入れた情報でも、それなりに効果はあったようだ。おまけにキーワードの文節も少ない。

 ただ、【死の女神モルス】もそうだが、やはり幻術以外の理の圧縮には、グラを頼っている部分が大きい。なんの努力もせずに、その轍を踏むのは弟として嫌だ。

 また、多数を相手にするというには、一度に襲い掛かれる人数に限りがあるというのもまた、欠点といえば欠点である。実際、あの騒動では暴徒たちの大半が【曼殊沙華】の領域から逃げ出している。

 もっと大規模に、もっと一網打尽にできる効果を、僕はこの【曼殊沙華】に持たせたいのだ。まぁ、結果はスパゲッティコードも同然の、冗長な術式になってしまっているが……。


「あ、あのぉ……」

「旦那様! お嬢様! もう代官様がお出でですよ! おーい、旦那様ぁ!」

「ダメだ。全然聞こえてない……」


 うん? 思考の途切れたタイミングで、なにやら周囲が騒がしい事に気付く。見れば、ウチの使用人たちと、その間で所在なさげにしている、身なりのいい女性が立っていた。なんというか、平服姿の騎士といった出で立ちである。


「ミル、クル、そちらは?」

「あ、旦那様! やっと気付いてくれましたね! 代官様です!」

「もうお昼はとっくに過ぎてますよ! 何度話しかけても聞いてくれないんですから!」


 今回の旅行に同行してくれた使用人の二人が、頬を膨らませて文句を言ってくる。まぁ、それも仕方がないか。ついつい研究にのめり込み過ぎて、完全に予定をすっぽかしてしまっていたのだから。


「や、やぁ、どうも。このウワタンの代官を務めている、ポーラ・フォン・ゲラッシだ。どうぞよろしく」


 女性代官が、やや引き攣った表情でそう名乗る。あちゃぁ……、関係を良好に保つと決めたそばから、ゲラッシ伯の親族に無礼を働いてしまったらしい。さて、どうリカバーするか……。



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