第5話 マジックアイテムの製作依頼

「これはこれは、失礼をば致しました……」


 僕はすぐに幻術のモニターを閉じると、片膝をついて頭を垂れる。ゲラッシを名乗る以上、彼女は貴族。であれば当然、僕と彼女とでは身分が違う。わざわざ先方が出も向いてくれたからといって、図に乗って横柄な態度などとれようはずもない。

 まぁ、グラは一瞥したのち、彼女の事を無視して作業を続けていたが……。


「僕はショーン・ハリュー。こちらは姉のグラ・ハリューと申します。ゲラッシ様におかれましては、わざわざのご足労を賜り、誠にかたじけなく存じます」

「いやいや、そうかしこまらないで欲しい。父上からも、ハリュー姉弟との関係を損なうなと、厳命されている。私としても、貴殿らとは是非とも懇親を結びたいと考えている。どうか、気楽に接して欲しい」


 まぁ、それは一人でこの部屋を訪れているところを見ても、本心なのだろう。つまりは、この会談はプライベートなものであり、彼女の立場は代官でもゲラッシ伯爵の血族でもなく、単なるポーラ様だという建前だ。

 もしこれが正式な会談となると、わざとじゃないとはいえ、さっきの僕らの態度は大問題になりかねない。いやそれは、いまも彼女を無視している、グラの態度もなんだけれど……。そこは、ポーラ様にお目こぼしをいただけるようで、ホッと胸を撫でおろす思いだ。

 本来、代官としてアポを取っている以上、公式も非公式もないのだ。無礼講だからといって、社長にタメ口を利いちゃいけないのと同じである。


「私は、見ての通り無骨な田舎騎士だ。本当に、肩肘張って応対する必要はないぞ。ゲラッシ家の血族とはいえ、スパイス街道から外れたウワタンを任されているところからもわかる通り、後継者争いに食い込めるような立場にもない」

「いえ、そのような……」


 言葉に詰まる。まぁ、その辺りは予想はつく。ミソッカスの町を任せられるのは、ミソッカスと相場は決まっているのだろう。成果を挙げられるような、スパイス街道沿道の町は、後継者争いに携わる長男次男、あるいは有力な家臣でポストが埋まっているはずだ。そしてウワタンは、そんな連中からすれば窓際も同然。後継者争いに関わっている人間からすれば、左遷先もいいところの任地である。

 ま、その優良なポストであったアルタンの町の代官は、この間失脚したわけだが。彼女が早々にアポを取ってきたのもの、その事があってだろう。それが、「なにとぞ穏便に……」なのか「てめぇ、こっちでも好き勝手するつもりなら、覚悟しとけよ?」なのかは、話してみないとわからないが……。


「そうそう。父上から、ハリュー姉弟にマジックアイテムの製作を依頼したいとの言伝を頼まれていたのだ。以前の贈り物も大層な品だったらしいな。私はウワタンにいたが、それでも本家の騒動が耳に入ってくる程だった」


 ポーラ様は、その茶色がかった赤髪を揺らしつつ、少しワクワクとした面持ちで話し始めた。

 ゲラッシ伯の思惑としては、少しでも僕らの実力を測っておきたいという腹だろう。だが、なんだろうな……。眼前のこのポーラ様、どうにも無邪気な顔をし過ぎているように思う。まるで本当に、家に必要な家電を注文するような感覚で、業者に連絡を取ったくらいの感じだ。

 いかにも世間擦れしていないかのような反応。貴族というにも、騎士というにも、もう少し泰然としていて欲しい。

 そんな彼女に、僕は首を振りつつ応える。


「いえ、あちらはマジックアイテムではありませんでした」

「ふむ。そうなのか? 君たちは魔術師なのだろう? てっきり、マジックアイテムを贈ったのだと思っていたが」

「ご領主様にお贈りしたのは、ガラスの器です」

「ほぅ。なるほどガラスか。たしかにそれも、魔術師の贈答品の定番だな」

「はい」


 この北大陸では、窯を使ったガラスの製造技術は、結構昔に途絶えてしまった。いまでは、ガラスを作っているのはもっぱら、属性術を修めた魔術師である。その腕前次第で、ガラス製品の値段はピンキリだ。

 土の属性術に造詣の深い魔術師の作品は、単なるガラス工芸品といえど、金貨で取り引きされるものも多く、愛好家が付けばその値段はさらに高騰する。属性術を修める者が、真っ先に学ぶのが土の属性だと言われているのも、その分野を修得しておけば、まず食いっぱぐれがないからだ。

 まぁ、戦闘面においては、土の属性をメインにした術って、あまり使いどころはないんだけれどね……。精々、壁を作ったり礫を飛ばす程度である。あとはゴーレムか。他の術師や戦士で賄える役割しかないんだよね。

 だから、僕らがガラス製品を領主に贈っても、なんら不自然なところはない。魔術師らしい売り込みだと判断するだろう。贈ったものを知らねば……。


「ではそうだな。父上のマジックアイテムの注文とは別に、私からも一つ、ガラスの酒杯を注文させてもらおうか」

「承りました。して、ご領主様からのご注文の品というのは、どのような物なのでしょう?」

「ああ、そうだったな。なんでもショーン殿は幻術の使い手だとか。幻術には、己の姿を相手に見せて惑わす術もあるのだろう? それを使って、いまの父上と母上の姿を、後世に残せるような代物を作って欲しいとの依頼だ」

「ふむ。なるほど……」


 要は、肖像画のマジックアイテム版を作って欲しいという事だろう。

 ポーラ様の外見は、十代も半ばを過ぎているであろう年頃なのだが、その金色の瞳にはまるで幼子のような期待が滾っている。なんだろう? 幻術師が珍しいんだろうか? いやまぁ、珍しいんだろうなぁ……。

 学んでみてわかったが、幻術は結構利用価値が低い。いや、医療の分野では目覚ましい活躍をしている。心療内科のような役割では、現代医術以上に役に立つと豪語できるポテンシャルだってある。しかし、医療の分野で目立つのは、やはり実際の傷を劇的に癒す、【神聖術】や回復術なのだ……。

 いや、この世界のこんな時代に、幻術は麻酔の代わりになるんだぞ! 滅茶苦茶すごいんだぞ! しかも、薬物に頼らず!!

……と言ったところで、割と昔から使われている幻術な事や、回復術のせいで外科手術というものの技術発展が遅いのもあって、やっぱり注目度は低い。下手すりゃ【安らかな眠りをレクゥィスエスカトインパーケ】専門の、安楽死要員だ……。

 まぁ、マジックアイテムについては了解だ。ポーラ様はたぶん【幻惑】と【幻影】とを混同している。相手の精神に影響を及ぼし、相手の認識を歪める幻術と、一から幻を構築して現実に投影するのとでは、理が根底から違うのだが、まぁ、門外漢にとって幻術なんて、その程度の理解なのだろう。この辺は、理解が広がると幻術に対抗できる人が増えるので、できればそのまま無知でいてくれという思いもある。


「わかりました。マジックアイテムの等級はどうしましょう? ご要望の品であれば六級か五級、もしくは二級になるかと思うのですが」


 マジックアイテムの等級は、冒険者と同じく十段階ある。とはいえ、これは別に価値の指標ではなく、用いられている技術の水準や、マジックアイテムの様式によって定められている。

 ただ、四級から二級までのマジックアイテムは、基本的には軍用品で、民間にはなかなか出回るものではない。二級のマジックアイテムに至っては、実用的な軍用及び公用品と、材料に金の糸目を付けない貴族用の品が混同されている。そのせいで、冒険者の階級と同じく等級が若いもの程、高級品だと思われている節がある。まぁ、普通に、十級品でも二級品よりも高価なものは、いくらでもあるのだが。

 ちなみに一級とされているのが、ダンジョンの装具で人間に作りだせないものをそう呼ぶ。ダンジョン側もできる限り、そんなものが人間側に渡らないよう留意しているようだが、ダンジョンコアが敗れれば、その装具が鹵獲されてしまうのは致し方のない事だろう。


「ふむ……。まずは五級の品で作ってみてもらえるか? その出来次第で、二級のものを作るか否かを父上に判断していただく。それでどうだろう?」

「わかりました。期間の指定はございますか?」


 ここで予算を聞くのは論外だろう。五級のものはともかく、二級の品に予算を出し惜しむようでは、貴族として吝嗇の誹りを免れ得ない。それに、ゲラッシ伯爵は政治的に難しい立ち位置ではあるものの、スパイス街道のお陰で懐自体は温かい方だ。ケチ臭い事は言うまい。


「特にはない。だが、できれば年内には作り終えてくれると、こちらとしても動きやすい」

「承りました。まずそこまで長い時間はかからないでしょうから、大丈夫かと思います」

「うむ。よろしく頼む」


 鷹揚に頷くポーラ様だが、その目が爛々とと輝いたままだ。たぶん、いろいろと興味を持たれているんだろうなぁ……。聖杯の事とか、幻術の事とか、僕らの実力とか……。

 できれば有耶無耶にしておきたい……。


「酒杯はどうするのです?」


 そこで、これまで黙って幻術のモニターを弄っていたグラが、こちらに一瞥もくれずに問うてきた。あまりにも礼を失している態度なのだが、ポーラ様にそれを咎めるつもりはないようで、グラに対しても、期待の眼差しが向けられている。

 グラはどうやら、マジックアイテムは僕の仕事として、酒杯に関しては自分の仕事だと判断して、話しかけてきたようだ。


「聖杯仕様で作るのですか?」


 いや、それはダメだろう……。そして、できればこの場で口にして欲しくもなかった……。



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