第68話 決意表明とバカンスの予定

「問題はやっぱり、いかに迅速に使用人たちをパニックルームに避難させるかだよね」


 相手がホープダイヤ盗賊団だろうと暴徒だろうと、結局一番に気を付けるべきは、使用人たちの安全だ。地上の屋敷にあるものは、それ以外なら失っても然して痛くはない。


「それはこっちとィエイトがきちんと請け負うよ! 最悪、時間稼ぎを引き受けてもいいし」

「まぁ、副リーダーからの命令でもあるからな。僕もそれに異存はない」


 シッケスさんと、セイブンさんの言う事なら割となんでも聞くィエイト君が、使用人たちの避難誘導を請け負ってくれる。


「あと問題になりそうなのは……」

「まぁ、あとどれくらいの猶予があるか、でしょうね」


 僕の言葉に、ジーガが面倒臭そうにそう言った。なるほど、たしかにそれはそうだ。

 僕らは、ホープダイヤ盗賊団に関しては事前に警戒していたが、そこに暴徒が混ざる事は想定していなかった。領主に釘を刺す為には、最低限そちらに手紙が届くまでの猶予が必要になるだろう。

 だが、その猶予がなければ?


「まぁ、事後承諾してもらうしかないよね?」

「それができればいいですが、できなければご領主様と争う事になりかねませんよ?」

「まぁ、それも仕方ないんじゃない?」


 相手が領主の私設軍だろうと、僕らは負けるつもりはない。パニックルームの使用人たちはちょっと心配だが、いざとなれば先んじて逃がすだけの猶予はあるだろう。ほとぼりが冷めるまでは、ウェルタン辺りでバカンスでもしていてもらえばいい。

 その間に、ゲラッシ伯爵軍をまるっと平らげられれば、しばらくは問題にもならないだろう。要は、ウル・ロッドのときと、対処は変わらない。

 負ける可能性は考えなくていい。ぶっちゃけ、徴兵された領軍も、馬のない騎士も、ダンジョンにおいては二線級の戦力でしかない。やはり、最大限に警戒すべきは、上級冒険者なのだ。

 勿論、職業軍人の戦闘能力というものを侮るつもりはないが、僕らのダンジョンは単純な戦闘能力でどうにかなるような代物ではない。バスガルやミルメコレオのダンジョンのように脳筋仕様ならわからないが、僕らのダンジョンはその真逆といっていい。

 まぁ、ダンジョンの最適解はスタンダードな、モンスターと罠という両輪がきちんと揃った形ではあるのだが、残念ながら僕らにそれはまだ無理なのだ。少なくとも、ゲラッシ伯爵領全土を版図としてからでなければ厳しい。

――あ、でもそういや【迷わずの厳関口エントランス&エグジット】の底にはもう、モンスターを配していたんだった。あれが受肉する前には、ダンジョンの領域を広げたいものだ。


「本気ですか? 相手はお貴族様ですよ?」

「じゃあどうする? 暴徒となった住人たちに殺される? こっちにはなんの非もないのに?」

「それは……――」

「じゃあ町を捨てるのかい? すごすごと尻尾を巻いて、これまで積み重ねてきたものを捨てるのかい? 次の町で同じ事があっても、そうやって逃げる? こっちに落ち度なんてないのに」

「…………」


 言い淀むジーガの気持ちもわかる。この第二王国は、封建制の国家だ。ゲラッシ伯爵領は王冠領の一部であり、王冠領自体は独立色の強い地域だが、それでも一応は第二王国に封じられている。そして、そんな封建国家における貴族という存在に付与された権力というのは、絶大なのだ。

 白いものを黒と言ったら、平民はそれを黒と呼ばねばならない。鹿を指して馬と為したら、それは馬なのだ。そうでなければ、故事通り命はない。


「――だが、それは力があるから押し通せるだけの、不条理でしかない。そして僕は、指鹿為馬しろくいばを馬鹿と呼べる程度には、すなわち無理を通そうとしても道理を引っ込ませない程度には、力があると思っている。違うかな?」

「……――」


 僕の不敬極まる言葉に、ジーガは青い顔して冷や汗を流しているが、馬鹿が故事通りにこちらを殺しにくるなら、返り討ちにしてしまえばいいのだ。理不尽に抗す力があるのに、それに佞従するなど愚の骨頂。僕はともかく、グラにそのような汚名を着せるわけにはいかない。

 蒼白なジーガとは裏腹に、シッケスさんは悪戯っぽくケラケラと笑っており、ィエイト君の口端も少しあがっていた。彼らもまた、権威に媚び諂わずとも立っていられる程度の実力を伴う者だ。

 一級冒険者パーティというネームバリューは、なまじな貴族などよりもよっぽど影響力がある。もし第二王国に趙高がいても、指をさして馬鹿と呼べるくらいには、彼らは自由だ。その自由を担保しているのは、その戦闘能力と、人類の敵たるダンジョンに対処する能力だろう。


「そんなわけでジーガ、官吏と冒険者ギルド、それからウル・ロッドという三つのルートを使って、できるだけ早く、正しい内容が領主に伝わるよう、手配してくれる?」

「……はい……」


 まるで、己の命運でも懸けるかのような神妙な調子で、ジーガが頷く。まぁ、彼の認識では、それは誤りではないのだろう。最悪でも、ウェルタンでのバカンスなのだが、それは真剣に仕事に取り組んでくれるのだから、言わぬが花というものだろう。


「官吏経由はわかるけど、冒険者ギルドとウル・ロッドまで使うのはどうして?」


 ワクワクといった表情を隠しもせず、シッケスさんが問いかけてきた。まぁ、そこに潜ませた意図は明白なので、そのまま説明する。


「どこに、件の【扇動者】がいるかわかりませんからね。この場合、行政やギルドよりも、ウル・ロッドのルートが一番安全だと思っています」

「なるほど。僕もその意見には賛同するが、どうせなら我ら【雷神の力帯メギンギョルド】ルートも欲しかったな。フォーンやフェイヴが町を離れているのが悔やまれる」

「そうですね。僕としても、【雷神の力帯メギンギョルド】ルートが確保できていれば、それが一番安全かつ最速だとは思っています」


 ィエイト君の意見に、僕も本心から頷いてみせる。ウル・ロッドのルートのなにが不安かって、領主に届く前に手紙が紛失する可能性だ。敵のマフィア、【扇動者】、モンスターと、不安要素は多々あるのだ。

 まぁ、ウル・ロッド側もその辺りは配慮してくれるだろうが、彼らはそれが本業でもないうえ、影響力はこのアルタンの町内に限られてもいる。


「それでもまぁ、ここでシッケスさんやィエイト君が立ち会ってくれているというのは、結構大きいだろう。万が一情報の齟齬が生まれても、【雷神の力帯メギンギョルド】は僕の味方になってくれるんだから」

「そだね! こっちはいつだって、ショーン君の味方だよ!」

「まぁ、ゲラッシ伯が不条理を言い始めたら、味方してやるくらいはやぶさかではない。僕も、道理の通らない事を権力で押し通そうとするヤツは嫌いだ。まぁ、その辺りは副リーダーの判断にもよるがな」


 よし。これで、今回の一件でも【雷神の力帯メギンギョルド】はこちらの味方だ。一級冒険者パーティを味方に付けられるというのは、ダンジョンとしてはどうなのかとも思うが、それでも人間社会においては百人力だ。

 ちょうどそのタイミングで、グラが地下から特製のタンブラーを二つ持って戻ってきた。

 シッケスさんはその不思議なグラスに大喜びし、少々意外だったがィエイト君も興味深そうに観察していた。



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