第102話 合流と選択

 ●○●


「クソっ!? またっすか!?」


 俺っちは、閉ざされた壁を殴りつけ吐き捨てる。以前、一人で殿しんがりになったときと同じく、ショーンさんはたった一人で犠牲になろうとしている。この、閉ざされた壁の向こうでは、彼はあのバカでかい竜と一人で対峙しているのだろう。


「……クソっ、もうあんな思いはゴメンっすッ!」


 仲間を見捨てる気分というのは、実に最悪だ。そこら辺は、師匠に同感だ。俺っちはショーンさんは死んでいないと思っているが、師匠はいまでもその可能性を気にして彼ら姉弟には近寄ろうとしない程なのだ。

 その根底にある思いも、きっといまの俺っちと同じ、あんな思いをしたくないという逃避だろう。


「フェイヴ、とりあえずここからあそこに戻るのは無理だ。あいつが、そんな余地を残すとは思えない」

「じゃあどうするんすかッ!? ここで見捨てるつもりなんすかッ!?」


 ィエイトの冷徹な声に、無性に苛立つ。そんな俺っちの態度にィエイトは舌打ちした直後に、胸倉を掴んで壁に押し付けてくる。


「落ち着け、馬鹿が! ここで焦って貴様が判断を誤れば、僕らは全滅するんだぞ? いま、このパーティの司令塔は誰でもない、貴様なんだ。現状を冷静に分析し、最適な答えをだせ。それを僕らに指示しろ!」

「――ッ!」


 そうだ。いまこの状況で、このパーティの身の振り方を考えるべきは、俺っちなのだ。ィエイトやシッケスちゃんはバカだし、頭は良くても探索は素人のダゴベルダ博士には任せられない。

 最適な答え? この状況で、最適な答えなんて、見当も付かない。どうすればいい?


「……いったん、拠点に戻るっす……」


 そこに行けば、セイブンや師匠、それにグラさんもいるはず。この状況において、彼らと合流するのは急務だ。それは、ショーンさんの身の安全よりも優先されるべき目標でもある。

 一人よりも、四人の命を優先する。それは、冒険者にとっての当然のルール。


「……クソ……ッ」

「フェイヴ、こっちがひとっ走りして、ショーン君の作った方の道から回り込むって手もあるけど?」


 なるほど。……いや、無理だな。


「そっちは崩落の影響で埋まっている可能性が高いっす。それに、この状況でさらに単独行動者をだすのは得策じゃないっす。俺っちたちにできるのは、ここにとどまってショーンさんとの合流を目指すか、いったん拠点に戻ってセイブンたちとの合流を目指すかの、二択っす」

「……そっか……」


 落胆を声に滲ませてシッケスちゃんは、その向こうにショーンさんのいる壁を見やってから、俺っちに向きなおる。


「それで? 拠点に戻んだよね?」

「はい。ィエイトの言う通り、あのショーンさんが俺っちたちが引き返してしまう可能性を残しているとは考え辛い。だとすれば、ここでうだうだしているよりも、セイブンたちとの合流を急いだ方がいいっす」

「同意する」


 ダゴベルダ博士が俺っちの意見を支持するように、最後にそう付け加えた。彼もまた、ここで無為に時間を浪費する事は避けたいと思っていたのだろう。

 俺っちとダゴベルダ博士が軌を一にした事で、ィエイトとシッケスちゃんもそれに同意する。一度意見がまとまってしまえば、あとは動くのみだ。

 俺っちたちは、拠点に向けて走り出した。


 ●○●


「フェイヴ!? お前らどうしてそっちから!?」


 拠点に辿り着いた俺っちたちを、セイブンの驚いた顔が出迎える。このおっさんの顔を見るのも随分と久しぶりのような気もするが、いまはそんな感慨に耽っている時間も惜しい。


「セイブン! ダンジョンの主が現れて、ショーンさんが殿に残っちまったっす! いますぐ救援にッ!」

「なっ!?」

「……またあの子は……」


 驚愕の表情を浮かべるセイブンに、その足元で苦虫を噛み潰したような顔をする師匠。


「し、師匠、すんませんっす……。また……」

「いや、その顔ぶれを見ればわかる。あんたが退路を確保しなきゃ、どうにもならん事くらい、ね……」


 そう慰めてくれるが、やはり表情は暗い。


「そんで悪い知らせさ、バカ弟子」

「悪い知らせ?」

「セイブンはズメウ二体を同時に相手にして、かなり生命力を消耗している。その前も、多数の竜種を何体も相手にしている。回復なしでダンジョンの主と戦うなんて、絶望的さ……」

「そんな……」


 ズメウといわれて、俺っちたちが総がかりで相手にした、赤い虫頭の竜人の姿を思い浮かべる。アレを二体同時に相手したというのだから、たしかに生命力の消耗は免れ得ないだろう。

 特に、セイブンの戦い方は勝率は高いものの、経戦能力という点では低い部類だ。ただ壁役に徹するだけなら、そこまででもないのだが。


「あちしらも、たったいまこの場所に戻ってきたばかりでね。状況の把握すらままならないのが正直なところさ。あんたらからも、はぐれたあとの話を聞きたいくらいさ」

「そんな時間はないっすよ! もうすぐそこまで、ダンジョンの主が迫ってきてるんす! あいつはダンジョンを崩落させて、アルタンの町の住民を全部呑み込むつもりなんすよ!?」

「はぁッ!? なんだいそりゃあッ!?」


 どうやら、ダゴベルダ博士やグラさんの辿り着いた【崩落仮説】という、もう仮説でもなんでもない結論には、流石の師匠やセイブンも思い至らないらしい。まぁ、当然だ。

 二人とも、明後日の方向からぶん殴られたような、驚愕と疑念がありありと顔に浮かんでいる。少々面倒臭いと思いつつ、彼らに【崩落仮説】について説明しようとした。

 だが、この場で気にすべきは、その二人ではなかった。熱い風が俺っちたちにぶわりと吹き付け、思わず目を閉じてしまった隣を、なにかが通り過ぎる。慌てて振り向けば、まるで炎の翼を生やしたような小柄な人影が飛び去るところだった。

 ただ、それだけで、その者が誰かなど考えるまでもなかった。


「グラさん!」


 漆黒と深紅の、特徴的な服装はどんどん小さくなっていく。休ませなければならないセイブンと、飛び出してしまったグラさん、どちらを優先するのか。またも選択を迫られたが、幸いな事にいまはその判断の責任が、俺っちだけのものではない事だ。


「行こう……」


 重苦しくそう言ったセイブンに、神妙な面持ちで俺っちと師匠は頷いた。



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