episode Ⅸ アルジンツァン=ドド三〇一号
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闇を切り裂き、炎の尾をたなびかせて、私は
不本意である。まったくもって不本意だ。
この役目に、私が一番適しているのはわかる。ここで私が動かなければ、人間たちの前に、我々姉弟がダンジョン侵略戦争において負けてしまうというのは理解できる。それ故に、私が彼の物資集積拠点の人間どもを守らなければならない、という理屈には肯ずるだけの理がある。頭では、わかっているのだ。
この行為には、一切の利敵意思は介在せず、私はダンジョンコアとして、ただひたすら利己的に、いずれ心へと至らんが為に動いているのだ、と。
だがそれでも、この胸に渦巻く憤りにも似た不満は、たしかに現状に不平不満を捲し立てるのだ。
「どうして、地上生命の為に……」
そう口にしたのとときを同じくして、私の視界に白銀の竜人が入ってきた。
仕方がない。この不満のぶつけ先は、結局のところこのような策を講じた敵しかない。盤面上で、私にこのような配役を強いた片方は、確実にバスガルなのだ。
もう一人が自らの弟であるという点は意図的に無視し、私は
どうやらドドと呼ばれた銀のズメウは、既に物資集積拠点まで辿り着いていたようだ。その足元には数人の冒険者が倒れており、侵攻を阻止しようとするむくつけき男どもが続々と集合していた。
限界まで酷使されている豹紋蛸が、限界を告げるように明滅しているが、あと数秒持てばそれでいい。私は突撃槍の柄に足をかけ、左手でしっかりと把持する。十二分に加速が乗った事を確認し、相手との距離を測る。
「――ッ!?」
冒険者どもが驚いたような顔でこちらを見たせいで、ドドもまた私の接近に気付く。最後に炎を一吹かししてから、くるりと槍の穂先を返し、突撃姿勢に入る。しっかりと
轟音と衝撃が、洞窟の壁を震わせた。あまりの衝撃波に、近場にいた数人の冒険者も巻き添えを食らって、吹き飛ばされた程だ。ドドは翼で身を包み、守勢を堅持したようだ。そのせいか、ドドの右の翼は半分が千切れ飛び、左の翼は三分の一程が欠けていた。青い血液と真っ赤な肉に、銀の鱗が混じっているのが、なんとも言えずグロテスクだ。
戦果の代償として、豹紋蛸はもう限界のようだ。元々、セラミックと木材、補強としての金属で作られていたものなので、リソースが少ないのは仕方がない。ここで使い切ってしまおう。
「どうやら、あなた方ズメウが崩落させられる範囲は、それ程広くないようですね」
「……ッ!?」
鎌をかけた私の言葉が図星だったのか、はたまた目論見を見抜かれたからか、ドドはあからさまに動揺する。どうやらショーンの懸念は、的を射ていたらしい。
なるほど、知能の高いモンスターにダンジョンを操る権限を与えれば、
「てっきり、物資集積拠点に辿り着いたら、真っ先に崩落させるものと思っていました。それをしないという事は、このような外れで崩しても、こちらに大損害を与えられる程、崩落範囲は広くないという事。違いますか?」
「…………」
ドドは口を噤み、こちらに敵意の視線を向けてくる。それで構わない。私は、あなたたちの敵だ。そちらが、私の弟に手をだしたその瞬間から、もはや同胞に対する遠慮も容赦も、私の中には存在しない。
「――そこのお前」
私は左手の豹紋蛸を胸の槍掛に預けると、懐から地図を取り出しつつ、冒険者の一人に話しかけた。ついで、丸を二つ書き込んでから、それを投げ付ける。
「な、なんだ?」
「印が付けられている範囲の住人を、退避させなさい。敵が崩落させる恐れがあります」
「ほ、崩落だと!? どういう事だ!?」
「説明している時間があるとでも? さっさと動きなさい」
悠長に質問をしてきた人間に、心底イライラする。私がショーンからまともに応答も貰えなかったこの状況で、お前ごときに私が説明をしている時間など、あるはずがないだろう。考える頭がないなら、なにも考えずに動けばいいのだ。それが最も、時間効率のいい駒の運用だ。
そう。人間など、我々姉弟とバスガルのダンジョンコアとの争いに介在している、駒でしかない。私はその駒を、有用に動かす為に派遣されたのだ。決して、人間を助ける為に働いているのではない。
「わ、わかった! おい、【
「俺たちが護衛につく! ここは任せたぜ!」
「【
冒険者どもが気勢を吐いて地上に派遣する者を選抜している間、私とドドは無言で睨み合っていた。私は、相手が一言でも口を開こうとした瞬間、攻撃を仕掛けるつもりだった。眼前の敵は、場合によっては私がダンジョンコアであると知っている恐れもある。この場で、必要以上に喋らせるつもりはない。
白銀の鳥頭は、そのボロボロの翼を広げ、こちらを威嚇しつつ構えを取る。私の内包する圧倒的なDPから、正攻法で勝てるとは思っていないのだろう。向こうの目的は、できるだけこちらの懐深くに飛び込んで、崩落を起こす事。その為の隙を探っているはずだ。
「我々も正念場ですが、どうやらそちらも苦衷に喘いでいるようですね」
私は睨み合うドドに向かって、皮肉気に笑ってみせる。私の、乏しい表情変化を読み取ったのか、あるいは口調の嘲笑を察したのかはわからない。
ただ、ドドの踏み込みに憤りが混じっていたのは、間違いない。
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