第89話 キーパーソン

 あるいはボタンか。まぁ、この世界の人間には伝わらないだろうから、この場合は鍵でいい。

 そんな事を考えつつ、僕はギギさんにも通用しそうな理を魔力に刻む。


「鍵だと? どういう事だ?」


 残念ながら、ダゴベルダ氏に僕の真意は伝わらなかったらしい。

 彼もまたなにかしらの理を魔力に刻んでいるが、いくら臨機応変な使い方ができる属性術といえど、相手に直接影響を及ぼさないものは限られるだろう。精々、前衛のサポートが限界だ。


「【崩落仮説】の鍵、という意味です」

「……――ッ!? まさか、そういう事か!?」

「ええ」


 どうやら氏も気付いたようだ。僕は彼に頷きつつ、結論を口にする。


「ズメウを起点にして、バスガルのダンジョンの主は、崩落を起こすつもりなのでしょう。それ以外に、この状況で戦力を割る理由が思い当たりません」


 ダンジョンを遠隔で操作できるのは、至心法ダンジョンツールを使える僕らの特権だというのは思いあがりだった。なるほど、そんな方法もあったのかと、膝を打ちたい思いだ。

 ある程度知能の高いモンスターに、ダンジョンを操作させるというのは、やれなくはないだろう。実現可能かどうかは別にして、パッと三、四個くらいは方法が浮かぶ。万一そのモンスターが受肉して、ダンジョンコアに牙を剥く可能性を考慮すれば、なかなかヒヤヒヤものだが。

 僕は苦虫を噛む思いで、ギギさんの眼前に僕の幻影を生み出す。この幻影は良くできた立体映像でしかないが、それでもカカシ程度には役に立つだろう。

 ダゴベルダ氏は、土の属性術でギギさんの周辺に壁を作り、その動きを阻害している。だが、既に作りあげられた土壁が彼に触れると、まるで巻き戻すように崩れてしまう。本当に、【魔術】を無効化しているみたいだ。

 ついでに、ギギさんが僕の幻影を蹴り付けると、本来は透過してそこに残り続けるはずの幻も、霧散するように消えてしまった。非常に興味をそそられる現象ではあるが、この状況でそれを観察している余裕はない。


「これは僕の予想でしかないのですが、現在のこちら側の布陣は、僕ら調査組、物資集積拠点の本隊、そしてバスガルのダンジョンとアルタン側のダンジョンの中継地点に、主力であるセイブンさんと上級冒険者パーティだと思うんです」


 フォーンさんがどこに配置されているのかは、予想できない。本体側に残している可能性も、主力側に付いていっている可能性もある。だがまぁ、十中八九主力の方にいるんじゃないかと思う。

 ダゴベルダ氏は相手の妨害を諦めたようで、前衛の支援に回るようだ。僕は新たに幻術を刻みつつ、この膠着の打開策を考える。


「ふむ……。主力が、ダンジョンの中継地を占拠したというのは、先の包囲戦において、途中から我らに対する動きがおざなりになったからであるな。その見解には、吾輩も同意する。戦術的にも非常に正しい判断である」

「はい。そうなると、わざわざ戦力を割った理由にも、心当たりが生まれます」

「崩落によって、我々侵入者を一網打尽にする、という目論見であるな?」

「そうです。こちらが布陣している三点を崩落させられれば、こちらの戦闘能力は完全に壊滅します。もし生き残れたとしても、体勢を立て直す事すら不可能になるでしょう」

「うむ……。万が一我ら攻略隊が丸々生き残れたとしても、アルタンの町がほぼ壊滅するのでは、話にもならぬ。そして恐らくは、甚大な被害を被るであろう、物資集積拠点付近の中級冒険者を失うという点が、重大な問題であるな」

「その通りです。彼らは、アルタンの町が保有している全戦力といっていい。彼らがいなくなるという事は、以降の対応は完全に不可能になるという事に他なりません」


 戦闘能力という観点においては、【雷神の力帯メギンギョルド】の面々は勿論、ダゴベルダ氏や僕ら姉弟、上級冒険者パーティは、中級冒険者よりも高いレベルにあるだろう。だがしかし、戦力という観点においては、数百人の中級冒険者と、十数人の僕らとでは、圧倒的に前者の方に価値があるのだ。

 それは、先の包囲網攻略においても、明々白々だった。もしあの場に、一〇〇人といわず、二、三〇人の中級冒険者がいれば、対応は非常に簡単だったはずなのだ。僕らがあれだけ苦戦を強いられたのは、人数が少なかったからというのが大きい。

 それだけ、戦力にんずうというものは、戦術的にも戦略的にも重要なファクターになる。

 言ってはなんだが、僕らの代わりというのは、いないわけではない。【雷神の力帯メギンギョルド】にも、いまこのダンジョンにいるのは半分なのだから、残り半分をかき集めれば代わりはいる。僕程度の実力者ならば、それこそ探せばいくらでもいるだろう。

 ダゴベルダ氏や僕ら姉弟は、単純な戦力として今次の攻略作戦に従事しているわけではないが、その能力を発揮するにも、下地となる戦力は必須だろう。ダゴベルダ氏の代わりというのはそうそういないだろうが、基準を下げればダンジョンに関する知識を持つ人材はいない事もない。

 だが、数百人の中級冒険者を招集するというのは、かなり難しい。他のダンジョンへの対策を考えれば、短期間での招集はほぼ不可能といっていいだろう。そんな戦力がゴッソリ失われれば、どのみちバスガル対策など講じられない。手を拱いている間に、アルタンの町の地下は完全にバスガルに占拠されるだろう。

 そうなればもう、再起を図る事も、体勢を立て直す事もできず、アルタンの町から全住民を避難させるくらいしか、対策はなくなってしまう。それも、取るものもとりあえず、即時退避を行わなければ間に合わないだろう。


 そして、間に合わなければ、アルタンの町の住人数万人が、バスガルのDPになってしまう。


 戦況がそこまで至れば、もはやあらゆる意味で大勢は決したといっていい。確実にバスガルは大規模ダンジョンに至るだろう。僕らとの戦力差は覆しようもなく、仮に僕らが生き残っていたとしても、その場合はダンジョンを放棄して逃げ出すしかない。


「事ここに至っては、グラにすべてを託すしかない、か……」


 あれだけ人間を嫌っているグラが、人間側のキーパーソンになってしまったというのも、面白い話だ。しかも、いかに人間たちを守れるか、という立場で。

 まぁ、当人は全然面白くないだろう。確実に、普段の無表情を崩して、渋面を浮かべると思う。



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