episode Ⅹ 陽炎の天使
懐に飛び込んできたドドを盾で受け止めつつ、【豹紋蛸】で薙ぎ払うように打擲する。地面を転がったドドは即座に体勢を立て直すと、私ではなく冒険者の方へと駆けた。どうやら、いまの攻撃そのものが、鬱憤晴らしと私を牽制する為の陽動だったようだ。
「させませんよ?」
だがしかし、そのような狼藉を私が許すと思っているのなら噴飯ものだ。背後に向けた【豹紋蛸】から噴き出した炎の尾を推進力にして、私は盾を構えたままドドに突進する。
ドドの凶爪をなんとか受け止めた冒険者が吹き飛ぶのと同時、私のシールドチャージに気付いたドドもまた、受け身も取らずにその身を地面に投げ出した。
残念ながら空振りしたが、私は空中で姿勢を正すと、冒険者どもを背後にギギの前へと立ち塞がる。【豹紋蛸】から発する炎の尾も、相手を威嚇するように広げる。
ここから先は通さないと、言葉にせずとも伝わるだろう。ついでに、大量に死なれるとバスガルのDPになる冒険者どもに、余計な手出しをするなという意味でもある。
「残念でしたね、ドド。私があなたに追い付いた段階で、あなたたちの目論見は頓挫したも同然です」
「…………」
「そうやって押し黙っているのも、どうせ時間稼ぎなのでしょう? ダンジョンコ――ダンジョンの主が、ダンジョンにアクセスできる権利を、軽々にモンスターなんぞに与えるとは思えません。何重にもセキュリティを施し、万が一自分に反旗を翻した際の保険をかけているはずです」
「…………ッ」
私とショーンのような間柄でもない限り、ただのモンスターにダンジョンへのアクセス権を、一部なりとも譲渡するのは、ダンジョンコアの心理としては強い抵抗感があるはずだ。いつ身を食い潰すとも知れない免疫に、己の体を作り変えさせるなど、抵抗感というよりも拒絶反応に近い心理が働くはずである。
どれだけ長く使っているモンスターであろうと、ダンジョンコアにとってそれは、単に使い勝手のいい駒であり、身体内部に這入り込んだ異物を駆逐する為の、免疫機能でしかない。そのようなものに、自らの生殺与奪にも携わる、己の霊体を弄る権利を譲渡するなど、虫唾が走る。
だが、バスガルのダンジョンコアは現在、それを強いられている。それだけ、追い詰められているという事だ。我々の排除を優先しすぎたのが、その原因だろう。もう少し慎重に、
ドドは喋らない。あるいは、流石にギギ程のコミュニケーション能力は携わっていないのか。だが、確実にこちらの言葉は理解しているのだろう。私の言葉に、いいように反応してくれる。
ダンジョンを操作できるだけの知能があるせいだろう。そして、理解した言葉にある嘲弄の含意を理解し、それを受けて憤れる感情もある。
――つまり、幻術を使うにはお誂え向きのモンスターという事だ。
「【
私はショーンの開発した、怒りを起爆剤にして相手の脳と精神を崩壊させる、強力な幻術を放つ。赤雷が【豹紋蛸】から迸り、ドドへと向かう。残念ながら、これは回避されてしまった。
ショーンが、己の精神を守る術式を開発しようとして生まれた、まったく逆の効果を持つ術式。本来なら、相手の幻術を振り払う精神向上作用を期待したようだが、精神の箍を外すという点では上手くいったものの、特定の強い感情を煽る以外に理が見付からず、完全に攻撃用の術式になってしまったのが、この【
故に、いまはこれを幻術に対する安全策として使うらしいのだが、正直、あのビッグヘッドドレイクの惨状を思えば、ショーンが己にこの術を使うのは、心底やめてもらいたい。
「ですが、敵に使うともなれば、なんの懸念もありません。むしろ、このような殺され方をする相手に、多少の憐憫を禁じ得ません」
「……ナニ、ワカラン、言ッテル!?」
どうやら、ドドも会話能力そのものはあったらしい。発音も怪しい片言だが、それでも対話が可能であるのなら、幻術にとってはなお効率がいい。
「本当に、コミュニケーション能力が低いのですね。たしかに、それでは喋らない方がマシです。せめてギギレベルの能力を得てから、口を開くと良いでしょう」
「ウルサイ。ドド、ギギ、負ケテ、ナイ!!」
「あなた方ズメウの序列になど興味はありません。どうせ、バスガル特有のモンスターなど、今日で滅びる種なのです」
「滅ビナイ! 我ラ、勝ツ!」
いいように煽られてくれる。怒りという感情は、生物にとって酷く原始的な心理だ。ある程度の知性があれば、それを抱かない事などあり得ない。
そういえばダゴベルダが、なぜショーンの幻術はモンスターに良く効くのかと問うていたのを思い出す。それは、ある意味当然だ。ショーンはダンジョン側の存在であり、ダンジョンにおいてモンスターを生みだす側なのだ。
モンスターに対する造詣の深さは、ただの人間が及ぶべくもない。ショーンがモンスターに幻術をかけるというのは、答えを知っている問題に即答できるようなものだ。
それは当然、私にもできる。
「【
まぁ、だからといって、わざわざモンスター相手に幻術に頼るのは手間だ。これを平然とこなすショーンは、非常に幻術の使い方が上手い。正直、相手の心理状態を常に考慮して戦うなど、面倒極まりないと思う。
真正面から叩きのめす方が、早いし楽だ。
迸る雷撃を、ドドは回避する。そう、回避したのだ。
「つまり、あなたはギギと違い、【魔術】に対抗する術を持っていない、という事ですね?」
私はドドが回避行動をとったタイミング――つまりは、こちらに対して攻撃にでれないタイミングで、ドドとの間合いを詰める。
「ウ、ウルサイ!」
図星、と。ドドは三分の一が失われた、銀の翼で打ち付けるように、こちらの接近を牽制する。
流石に、あんなとんでもない能力が、ズメウという種すべてに搭載されているとは思えない。原理そのものは予想できなくもないが、一体のモンスターにそれが可能なだけのエネルギーをつぎ込むというのは、ある意味で狂気の沙汰だ。
「
槍にばかり気を取られたドドに、炎の触手が迫る。四本の炎の尾が、ドドの左の翼に絡み付く。表情が窺いにくい鳥の顔面にも、明らかな渋面が浮かぶ。
「グゥ……ッ!?」
「おや、熱に対しても弱いようですね。どうやら、コミュニケーション能力だけでなく、戦闘能力もギギには及ばなさそうです」
憎々しげに私を睨んだドドが、半分なくなっている右翼で攻撃を繰り出してくる。盾で白銀の翼を弾き、【豹紋蛸】を突き込む。ドドは、私の刺突を腕で弾きつつ、逆の腕で殴りかかってくる。両手を使えない私は、仕方なくその足を蹴り上げて距離を取った。
近接戦の技能では、やや手数の多い向こうに分があるが、その分魔力の理を用いた戦闘においては、私の方が一段二段うえだ。加えて、保有しているエネルギーが、ダンジョンコアから生み出されるモンスターと、ダンジョンコアそのものでは、比べるべくもない。
戦いの趨勢など、始まる前からわかりきっていた。
――だからこそ、ドドのその行動も予想の範囲内といえた。
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