episode Ⅺ あまり面白くないやり方

「ダンジョンコア様、モウシワケナイ、マセン! ヌゥゥウゥウ!!」


 ドドが地面に両の手を着く。よもや、モンスターが敗北を認め、投降するのかと、冒険者どもがにわかにざわめいたが、当然そんなわけがない。

 瞬く間にドドはその身を膨張させると、先程の豹紋蛸のように明滅を始めた。違いがあるとするなら、それに連動するようにダンジョンの壁や天井も明滅と振動を始めた点だろう。


「先程の謝罪は、目標を十全に達成できなかったが故のものですか?」

「ソウダ……。ドド、モット、地上生命、マキコム、命令、ダッタ……」


 この状態になれば、もはや止める手段などないとでも言わんばかりに、ドドは微動だにせず訥々と語る。実際そうなのだろう。既に、起爆のスイッチは押されてしまった。いまさらその持ち手を討ったとて、結末は変わらない。


「一つだけ、死ぬ前に答えて欲しい事があります」

「…………」

「崩落後、あなたは生き延びられるのですか?」

「フッ」


 このような鳥頭ごときに、鼻で笑われた事に、豹紋蛸を繰り出しそうになった。だが、なんとか怒りを抑え、ドドの反応を窺う。


「モトヨリ、我ラノ命、カギ、ダ! 崩レル、アト、生キル、ナイ!!」

「そうですか……」


 どうやら、それが安全弁だったようだ。ダンジョンを操る権限を行使する為には、モンスターの命を代償とする。万が一反旗を翻されても、それなら一定の安心感はある。

 こちら側に攻め込んできたズメウは、全員がここで、バスガルの命に殉じ、ダンジョンを崩落させて潰える腹積もりだったようだ。その姿勢は、ダンジョンのモンスターとしては非常に正しく、運用としてもまた、正しい。己の保身に走らず、ダンジョンコアの命に従い、果てるこのドドに、私は好感すら抱く。

 だがどういうわけか、バスガルのそのやり方には、強い嫌悪感と不快感を覚えた。ただ、その感情の由来がわからず、沈思黙考しながらもドドの最後を、私は見つめていた。

 いよいよ振動と明滅が激しくなり、パラパラと天井から砂礫が降ってくるようになった。冒険者たちは、少しでもこの場を離れようとしているが、それで間に合うとも思えない。

 たしかに崩落範囲は狭いだろうが、いくらなんでも走って逃げられる程、狭くはないはずだ。この付近にいる数十人に加え、地上にいる住民は、この崩落で命を落とす。

 その死について、私が感傷に浸る事はない。地上生命など死ねばいいし、それが私の糧になるならなお良し。バスガルの糧になるのは困るが、それでも地上生命が生きているのとバスガルの糧になるのとなら、どちらかといえば後者が望ましいといった程だ。

 だから、私がここでドドの凶行を止める理由など、本来ない。


「く、くそぉ! わけがわからねえが、ここを崩されたら町の連中がヤベェんだ! 気張るぜぇええええ!!」


 なにを血迷ったのか、冒険者の一人が臨界状態のドドに向かって、槍を携えて特攻を始めた。その他にも、あとがないと思い込んだ愚かな冒険者どもが、無意味な自殺を敢行する。

 当然、彼らを助ける義理も意味も、私には皆無だ。ああ、本当に不本意だ。なぜ私が、このような立場に……ッ!!


「うあぁあッ!?」


 ドドに特攻をかけていた冒険者の前に豹紋蛸で飛び出し、その愚行を妨げる。炎の触手を、最大限に広げて後続の自殺志願者たちも足止めした。不本意だ。本当に不本意だ。

 どうして私が、こんな事をしなければならない!?


「下郎、下がっていなさい。この幕に、あなたたちの出番などありません」


 できれば、手の内は明かしたくはない。だが、もしもここで、この愚物たちが無用の自殺行為を敢行し、その結果無駄に死んだとして、それが後々ショーンの責となる可能性や、彼の目的の妨げになるのは避けたい。

 面白くはないが、ここでこう動くのが、勝利の為に正しい行いなのだろう。


「何度でも言いましょう。私がこの場に辿り着いた段階で、もはや勝敗など決していたのです。少なくとも、このごくごく小さな戦局においては、私の弟の方があなたの主よりも、上手だったという事です」


 ドドに向かって、勝ち誇るようにそう言う私の顔には、きっと誇らしさがありありと湛えられていた事だろう。一連の面白くないやり方こそ不本意ではあるが、敵の一手を逆手に取った我が弟に対しては、一切の不平不満はない。

 そう、ここに私を遣わしたショーンの判断こそが妙手。いえ、それをいうなら、事前に行ったあの結界内での密談こそが、この状況を生み出す為の布石だった。その後、ズメウを【崩落仮説】の鍵として利用するやり方に、気付けたというだけで吃驚を禁じ得ないのに、それをあの激しい戦闘中にやってのけたというのは驚天動地といっていい。

 結論として、やはり私の弟は、世界一素晴らしいという事だ。そうでなければ、人間を助けるこんな策など、勝利を逃しかねないとしても、頑として抗拒していたところだ。


「ナニ、言ッテイル?」

「あなたは知らずとも良い事です。いえ、知らせぬ事がせめてものはなむけでしょう。その忠義、敵ながら見事。主の為に果てなさい」


 一抹の疑念は抱かせてしまっただろうが、ダンジョンコアの命令に殉じる決意で任務を遂行するこのドドに対しては、それなりに好感を持っている。

 せめて、この崩落がこちらにとってであるという点に、気付かぬままに死なせてあげたい。

 折悪しく、会話の最中に豹紋蛸が砕けた。元々限界だったのに、ここまで酷使したのだ。良くもった方だろう。


「【燃える腕フラムモーブラーッキウム】」


 仕方がないので、豹紋蛸に付与していた属性術を自ら使い、盾の裏に用意していた予備の短剣を抜く。もはやドドに戦闘は不可能だろうが、油断は禁物だ。


「天使……――?」


 背後から聞こえた、冒険者どもの戯言以下の無駄口に付き合うつもりはない。だいたい、どう見ても両肩から四本ずつ腕を生やしただけの、異形の姿ではないか。

 そもそも、いまはそれどころではない。明滅と振動はさらに激しさを増し、もはや誰の目から見ても、ダンジョンの崩落は免れ得ないだろう。そして、ドドのその白銀の体にも罅が入り、そこから青い血がとめどなく流れている。


「ダンジョンコア様ニ、勝利ヲ――ッ!!」


 最期に、一際大きな光を発し、忠誠の言葉と共にドドは砕けた。その光に、後ろにいた多くの冒険者たちは目を晦まされた事だろう。

 天井は瓦解し、壁は崩壊し、足元の床も瓦礫と化した。振動と轟音に包まれ、洞窟は一瞬の浮遊ののちに岩石と土砂に還り、人間はそのなかの有機物に還元される――はずだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る