第71話 襲撃
〈8〉
風を肩で切って歩くエルナトに、カイルが話しかける。
「ちょっと待ってくれよ、エルナトさん! 襲撃は四日後って話だったろ!? どうしていま、これからなんだ!?」
「あ? んなもん、テメーが知る必要はねえよ」
エルナトは面倒臭そうにそう切って捨てる。なおも言い募ろうとしたカイルだったが、エルナトのパーティメンバーがやんわりとそれを遮る。彼ら【
私たち【
まぁ、それはこれが、正式な冒険者としての行動の場合であれば、だ。私たちはこれから、違法行為に手を染めるのだから、越権だろうと逸脱だろうと、罰される事はない。否。事が露見すれば、ここに集った全員が一律に、ギルドに罰を受けるだろう。
「クソっ!」
すげなくあしらわれたカイルは、先頭を進む【
だが、それでもカイルは反抗するでもなく、このまま彼らについて行くつもりのようだ。それはおそらく、実力では彼らに敵わないからだ。
ではそれは、ハリュー姉弟とどう違うのか? 彼の中で、明白な答えは出せているのか?
わからないが、事態は動き出した。もはやこの状況は、激突するまで止まる事はないだろう。
「おい、ラン! ラスタとの連絡は取れないのか?」
「取れないよ。宿には昨日から帰ってない。それに、何度言ったって、ラスタちゃんがこっちの味方になるわけない」
断崖の下にお宝があったとしても、「飛び降りろ」と言われて誰が首を縦に振るというのか。ラスタちゃんにとって、ハリュー姉弟との敵対という行為は、それと同義なのだ。
「クソ!」
またも悪態を吐くカイルに、ビクビクオドオドと周囲を窺い、不安そうな顔を満面に浮かべるラーチ。そこまで不安なら、こんな作戦にのらなければいいのに。
「なんだって、予定を早めたんだ。他の住人たちと一緒に行動を起こした方が、頭数が多いだろ」
悪態ついでに、疑問を繰り返すカイルに、私は恐らくと前置きしてから、私見を述べる。
「住人を動かそうとしている【扇動者】たちから、彼らはイニシアチブを奪取しようとしているんだと思う。頭数だけなら、たしかに住人の方が多い。だけど、ハリュー姉弟の工房を探索するなら、ただの一般人よりも私たち冒険者の方が役に立つ。彼らと共に動けば、その頭数に押されて、最悪私たち冒険者は住人たちの露払いに使われかねない」
ハリュー邸襲撃には、大きく分けて二つのグループが加わる。一つは、ハリュー姉弟の保有している宝物やマジックアイテムの窃盗を目的とした、冒険者たち。そしてもう一つが、ショーン・ハリューに対して恨みを持っている住人たちだ。
正直、私たちがこのどちらのグループに属しているのかは、微妙なところだ。
彼らの宝物を狙っているのかと聞かれれば、得られるならば手を出しそうな二人はいるが、それが第一目的というわけではない。どちらかといえば、住人たちと同じように、報復が第一目標だ。
「そしておそらく、それだけじゃない……」
「それだけじゃない?」
独り言のように付け加えた私の言葉を、首を傾げてラーチが鸚鵡返しで真意を問うてくる。
「たぶんだけど、エルナトはあの【扇動者】から、新たな情報を得たんだと思う」
「新たな情報ってのは?」
「ハリュー邸にあるのは、ホープダイヤだけじゃない。もっと様々な宝物が眠っているっていう情報」
「な、なんでそんなの、ランが知ってんすか?」
「【扇動者】たちが話し合っているのを盗み聞きした」
「ええっ!? そ、そういうのは、オイラの仕事じゃないのかよ? ランにも、そういうのできたんすか?」
私だって、気配を消して彼らの動向を窺う、なんて斥候みたいな真似ができるわけじゃない。ただ、酒場で連中が話し合っているのを、ちょっと服装を変えて近場の席から盗み聞きする事くらいはできたというだけだ。
いま、私には多くの情報が必要とされている。特に【扇動者】関連の情報は、最重要といっていい。
ハリュー邸に、領主や王侯が目の色を変えるようなお宝が眠っているという情報は、そんな彼らの言動から得られたものだ。エルナトも、それを知ったのだろう。
あるいは、わざと流してこちらの暴走を誘ったのか。結果として、私たちは嬉々として、独断専行という名の、露払いを行なっている。【扇動者】たちの目的がその宝物でないのなら、私たちは彼らの
「そもそも、あの【扇動者】たちはどうやって、ハリュー姉弟の有するお宝の情報なんて得たんだ? まさか、あの連中が見せびらかしたってワケでもないんだろ?」
カイルの質問に、私は首を横に振る事で答える。流石に、そこまでの情報はない。【扇動者】たちの中心人物がどこからその情報を得たのか、それはあの場では話されなかった。
「欲と保身。……もしかしたら、他者の指図を受けたくなかった、なんて理由もあるかも知れないね、あの性格じゃ」
私は先頭の集団に視線を送ってから、ため息を吐いて肩をすくめる。エルナトの性格については聞き及んでいたが、聞きしに勝る自己中心ぶりだ。あんなヤツに、命運を託したくはない。
「な、なぁ、ほ、本当に大丈夫なんすよね? オイラたち、このままハリュー邸にカチコミかけて?」
ラーチがそんな事を言う。あまりにもいまさらで、私は苦笑してしまった。こんな状況で私が笑うのが意外だったのか、カイルとラーチは不思議そうにしていた。
「じゃあやめる?」
そう問いかけた私に、カイルはムッとした顔で吐き捨てた。
「そんなワケないだろ。俺は、アイツらに目にもの見せてやるんだ!」
そんな、彼の空虚なプライドに裏打ちされた言葉を聞き、わかっていた事ではあるがため息が漏れる。エルナトもそうだが、カイルにだって己の運命を託したくはないと、私は強く思った。
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