第70話 とある五級冒険者の決意

 ●○●


 俺は――俺は……。


「…………」


 決断をしなければならない。これまで積み重ねてきた信頼、それによって良好だったコネクション、なによりあのショーン・ハリューを敵に回しかねないという状況を甘受して、得られるものはなんだ?

 ラスタたちからの信頼? いや、もしも仮に彼らを止められたとして、連中はそれを俺に感謝などするか? 十中八九されないだろう。だとしたら、こいつらを助けるメリットとはなんだ? メリット、メリット……。考えれば考える程、わからない。

 ではなぜ、俺はこいつらを助けたいと思っている? 助けようとしている?

 わからない。それでも、理由はわからなくとも、どういうわけか俺は、こいつらに死んで欲しくないと思ってしまっている。

 リスクを承知のうえで、得られるものなどないとわかっていてなお、どうしようもなく【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の連中を死なせたくないのだ。

 俺は……決断をしなければならない。

 今回の依頼で得られたであろう報酬。築けそうだったハリュー姉弟とのコネクション。チッチやラダを始めとした、俺に好意的な冒険者仲間たちからの信頼。レタの身受けも無理になるかも知れない……。下手をすれば、田舎に引っ込む事すら、諦めないとならないだろう。

 天秤の片方には、俺がこれまで築いてきたありとあらゆるものが載る。そして、もう片方には……。

 どう考えたって、俺はここで、こいつらを見捨てるべきだ。損得勘定というだけではない。俺のこれからの人生を、ただの冒険者仲間であり、元パーティメンバーだったというだけのこいつらの為に、台無しにするわけにはいかない。そんな保身の思いも、当然残っている。

 それでも――それでも……ッ!

 ラスタが、縋るような目で俺を見あげてから、なにかを諦めるようにして視線を逸らした。その姿を見た瞬間、俺は――決めた。


「ラスタ。ひとまず、すべてをショーン様に打ち明けよう。そのうえで、今後は完全にあの人たちの為に働け。俺も頭を下げるが、それで聞き入れられるとは限らねえ。だからこそ、これ以上なにも包み隠さず、功利を捨てて、ひたすらに慈悲を乞え」

「おい、ラベージ!?」

「すまんチッチ。俺は、こいつらを見捨てらんねえ!」


 別に、こいつらに感謝されたいわけじゃない。思うところがないわけでもない。それでも……――

 走馬灯のようにして、パーティを組んだ当初のあいつらの顔が浮かぶ。新米冒険者として、右も左もわからないようなヤツらが、俺が教える事にいちいち感心しては、ありがとうと言ってくれた、あの顔が。

 ラスタに短剣の使い方を教えたのは、そういえば俺だった。いまではもう、剣も短剣も俺より上手く扱えるようになった。

 独断専行しがちなカイルに、冒険者としての立ち回りや戦闘方法を教えたとき、あいつもただのガキのように笑っていた。

 ラーチに一から斥候の技能を教え込んでいるときに向けられた尊敬の視線は、くすぐったかったな。すぐに俺よりも小器用に斥候をこなせるようになったときは、流石にショックだったが。

 ランはいつもオドオドしていたが、戦闘の際に気にかけてやると、嬉しそうにしていた。魔術師である彼女に教えられる事は、そう多くはなかったが、それでも後衛としての立ち回り方を教えたのはたしかだ。

 俺が教えたガキども。手塩にかけた、教え子たち。

――感謝などいらない。尊敬だって不要だ。俺は、俺の教え子たちが、ただ生きてくれればそれでいい。その為なら、しみったれた冒険者人生すべて、賭け皿に乗せたって構わない。

 これが、衝動的な思いである事は否定しない。どうせ、すべてが終わったあとには、後悔しか残らないのだろう。それでも俺は、そう決めたのだ。

 俺は荷物をまとめると、立ちあがった。いまから戻ったところで、門はとっくに閉まっているだろう。だが、それでも明日の朝一番で門をくぐり、ハリュー邸に辿り着ければ、猶予は丸三日残る。

 ここで夜を明かした方が安全ではあるが、この状況で己の保身を優先するのは不義理かも知れない。そう思った時点で、そのような行動をとるべきではない。


「いくぞ、ラスタ」

「い、いいの……?」


 この期に及んで、オドオドとどこか申し訳なさそうに訊ねてくるラスタから顔を逸らし、肩をすくめることで答える。正直、今後を思えば暗澹たる思いだ。


「はぁ……。付き合いきれねえぜ」


 見れば、ため息を吐くチッチと、それに頷くラダがいた。きっと心底呆れているのだろう。

 仕方がない。俺だって、他人事なら呆れるし、今後の付き合いも考える。わざわざ好き好んで貧乏くじを引きたがっているヤツなんざ、距離をとって然るべきだ。

 わかっていて俺は、その愚行を犯すのだ。


「悪ぃな」

「好きにしな。俺たちはここで、がっぽり儲けさせてもらうからよ、事が全部すんだらその話を聞かせな。酒くらいは奢ってやるよ」


 てっきり縁を切られると思っていただけに、チッチのその言葉は意外だった。キョトンと鳩が豆鉄砲を食らったような顔で見返す俺に、ラダは苦笑しつつ口を開いた。


「ま、ラベージらしいっちゃらしい判断さね。まぁ、酒奢るくらいの付き合いなら、別に構わんだろ?」


 苦笑のままそう言って肩をすくめるラダに、チッチも皮肉げな笑みで頷いた。


「すまねえな」

「あーあー、もういいから行きな。しみったれた面なんざ、ここで見せんじゃねえよ」

「頑張れよ、先生!」


 茶化す二人の言葉を背に、俺は走りだした。できるだけ、夜の浅い間に門へと辿り着きたかったのと、二人からの信頼が面映かったからだ。焚き火の灯りから逃げるようにして、俺とラスタは闇の中へとその身を投じて疾駆する。



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