第81話 ナベニポリスの議会といまのエウドクシア家

 ●○●


 連日の会議によって、灯される明かりがマジックアイテムから、燭台のものへと変わったのは、もう何日前の事だっただろうか。

 元々、モンスターの少ないこのベルトルッチ平野は、他の地域と比較して魔石の価値が高い。勿論、完全にモンスターがいないわけでも、絶対にダンジョンが生まれないわけでもないので、そこまで絶対的な価値の差はないうえ、ナベニポリスは交易で潤っている為、それ程負担ではないのだが……。


「パーチェ殿、このまま拱手しておっては、帝国が攻めてきてしまうぞ!? 我らがここまで無理をしたのも、守旧派どもでは帝国の動きにまともに対応できぬと判断したからだ! しかし、これではあの老害どもと同じではないか!」

「左様左様! この責は元首ドージェ殿に取っていただかねばなりませぬ!」

「待て! 私は責任の押し付け合いをしたいのではない! そのような雑事にかけていられる時間はないのだと言いたいのだ! わかっているのか!? このままでは、我らは残らず、ポリスの門前に首を晒す事になるんだぞ!」

「然り! そもそもどうして、エウドクシアの惣領娘が生きておるのだ!? エウドクシア殿! 其方には、確実に始末するように言っておいたではないか!」


 帝国の宣戦布告の理由『エウドクシア家家督相続に際する、許し難き不義の数々』は、彼らの真の目的である『海の獲得』を糊塗する大義名分でしかない。それは自明の理だが、さりとてそれがまったくのデタラメであるのかといえば、然に非ず。

 我々が行ったのは、まさしく不義不仁の悪行そのものである。だからこそ、その点を他所から突かれないよう、現エウドクシア家当主であるフィリポには、その正当後継者たるベアトリーチェを、確実に抹殺するよう命じていたはずだったのだ。

 それが、このザマである。前当主殿と倅殿と一緒に、彼女も始末しておくべきだったと、後悔する事しきりである。

 いや、私自身が手を下せば良かったのか……。流石に、女性であり、元婚約者でもある彼女までもを、この手にかけるという行為を、無意識の内に避けたのかも知れない。

 このような状況、この期に及んでなおも、まともな人間でいたいという欲求に動かされてしまったという事か……。既に、そのような資格など、あるわけもないというのに。


「わ、私は任せた弟から『始末した』と報告を受けていたのだ!」


 身なりを着飾った、カイゼル髭の小男が、慌てて言い募る。しかし、以前のエウドクシア家当主ならばともかく、いまのこの男の言葉に、他者を従わせられるだけの説得力などない。

 我らの力、我らの都合で、たまたまエウドクシア家の椅子に座らされただけの男に、誰が敬意をもって接するというのか。まだしも、敵方であるベアトリーチェの方が、尊敬に値するというものだ。


「それを確認していなかったのか!?」

「だ、第二王国内で、賊に襲われたように見せかけたと……」

「なぜポリス内で殺さなかった!?」

「そ、それは……、ベアトリーチェをエウドクシア家の手勢で殺そうとすれば、叛逆される惧れがあったのだ。故に、弟の手で、エウドクシアと縁故の浅い家の騎士を使って、エウドクシアの影響力が及ばない地域で、秘密裏に消す必要があったのだ!!」

「なにが秘密裏にだ!? 我らは、簒奪者の汚名も恐れず、既にエウドクシア家の前当主、前後継者を弑しているのだぞ!? いまさら、手を汚すのを恐れて如何とする!? 失敗して、他勢力の手に落ちた場合の危険を考えれば、掌中にある内に殺しておくべきだと、子供でもわかったであろう!?」

「そ、それは、貴殿らが部外者だからいえるのだ! いまのエウドクシア家は、以前の状態ではない! 配下の者らが、いつ裏切るかわからぬ疑心暗鬼を生ずる場所なのだ! その原因は、貴殿らが強引に前当主と後継者を暗殺したからであろう!?」

「だからこそ、貴様にはその分不相応の地位が与えられたのだ。ならば、それに伴う諸々の手間は、そちらで担ってもらわねばならぬ。それが嫌だというのであれば、弟御にでも家督を譲られよ。我らは、貴様らのどちらが当主でも構わん」

「なッ!? いくらなんでもそれは無礼であろう!? マレトリア殿、訂正されよ! 私はエウドクシア家当主なのだぞ!」

「だからなんだというのだ? 我らが据えてやった椅子が、それ程誇らしいか?」

「このッ!」

「――やめろ」


 いい加減、聞くに堪えなくなった罵り合いを止める。私は現エウドクシア家当主フィリポと、サビーノ・マレトリアにそれぞれ視線を送る。フィリポは、現元首ドージェである私の視線と、冷厳な声音に委縮した様子だったが、サビーノは軽く頭を下げて取り澄ました態度に戻る。


「過ぎた事を言い合っている時間はない。先にも、ロギング殿が言われたように、我々には責任追及などという余事に、かまけていられる余裕はないのだ」


 私の宣言に、多くの議員たちが重苦しい沈黙で頷く。そこにはサビーノも含まれており、いまのフィリポに対する追及がただのポーズであったのが窺える。実際、フィリポは胸を撫でおろして、私に感謝を示すような顔で頷いていた。

 エウドクシア家の影響力は、ナベニポリスにおいてはいまだに絶大だ。こんな軽い神輿であろうと、あるのとないのとでは大違いなのだ。須らく、金と人員を吐き出させてから、それでも潰す必要があるのなら潰すべきだ。


「マレトリア殿、元共和国の自治共同体コムーネの動きはどうか?」

「多くは、こちらの味方についてはくれると、言質をいただきました。しかし、実際にどうなるかは、帝国の動き次第といったところでしょうね。実際に、我々に対して、不信を持っている自治共同体コムーネは少なくはございません」

「然もあろうな……」


 元ナベニ共和国だった自治共同体コムーネに、強いコネクションを持っていたのは、エウドクシア家を含む五大名家だった。それを、力尽くで排した我々に対して、彼らが好意的であるとは思えない。帝国の大義名分も、それが真実であると知るだけに、彼らはこちらを信用しきれまい。

――ただしそれは、こちらとて同じ事。

 以前のように、帝国が現れれば帝国に、我々が反乱を起こせば我々につくような風見鶏を、本心から信用などできようはずもない。

 そして、彼らもまた、帝国の脅威に晒されているという点は、間違いないのだ。以前の統治失敗で、帝国がどれだけ怒り心頭に発しているのか、彼らも肌身で感じているはずだ。

 我らを許さないのと同様に、彼らナベニ共和圏の自治共同体コムーネの事も、帝国は許しはしまい。


「各自治共同体コムーネには、人質を出させる」

「ピエトロ殿!」

「それはまずい。いくらかの勢力は、それで離反するぞ!」

「いや、明確に離反までせずとも、帝国が近付くまでゴネてから、その事を持ち出して向こうにつくというのが、もっともあり得そうではないか?」

「うむ。ことごとく我らに非があると鳴らせば、帝国についても国内外からの非難は免れよう。帝国がそれを良しとするかは別としての」

「それでもだ――それでもだ、諸君……」


 私は静かに、しかし力を込めて評議員たちに語る。


「再三再四、諸君も口にしている通り、我々には猶予というものがない。既に宣戦布告もされたいま、我らが気にかけるべきは帝国でしかないはずだ。違うか諸君? ナベニ共和圏の動向などに、いちいちかかずり合っていられるような余裕は、残っていない。風見鶏どもに気を遣って、右往左往して、それでどうして帝国に勝利できよう? そのような真似をしたくないからこそ、我らはこの手を血に染め、汚名を被る事を良しとしたのではなかったのか? 生きる為に。このナベニポリスを、ナベニポリスとして、存続させる為に」

「「「…………」」」

「いま一度、覚悟を決められよ、諸君。我らは既に、賽を振ってしまったあとなのだ。立ち止まる事は、許されぬ。そんな真似をするのならば、端から老害どもにすべてを任せて、安閑と事の成り行きに身を任せていれば良かったのだ。然すれば、すべてを他者の責任にできたであろう?」


 一同を見回す。無論、ここには既に壮年を超え、老境に差し掛かっている者もいる。以前の名家が評議会を牛耳っていた頃に、冷や飯を食わされていた者ばかりではない。

 それは私も同様だ。なにせ、私が実際に動きを起こしたのは、元首になってからであり、そこには元五大名家の助力もあったのだ。特に、エウドクシア家から受けた恩は、計り知れない。

 だがそれでも、あのままでは帝国に対して、まともな抵抗もできないと考えたからこそ、覚悟を決めて我らは立ちあがったのだ。

 その手段を、善であると抗弁するつもりはない。我らは悪行を成した。極悪非道、悪逆無道と罵られようと、反駁する余地すらない。

 それは認めよう。されど、故に――故にこそ――


「我らは偏に、帝国に対抗する為に立ち上がったのだろう? 故にこそ、これまで行ってきた、非道悪行不行状のすべてに、意味があったのだと証明する為にも、我々は帝国との戦いに、万全を期さねばならない。例え、さらなる悪行に、手を染める事となろうとも……」


 私の宣言に、議場はシンと静まり返る。

 もはや、後戻りなどできないのだ。それをする事など許されないのだ。なぜなら我らは、等しく不義不仁の悪人なのだから。そう。帝国の宣戦布告文の通りの、悪人なのだ……。



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