第79話 空中交叉路と地底プール
「【
アラタが二つの属性術を発動させる。【翼】は名前こそ飛べそうなものだが、実のところ少し浮かぶ程度の効果しかない。その状態から、アラタが作ったオリジナルの術式である【降下】で降りるのだ。
「明かりは俺とカスが、緊急時にはチーキャンが防御。いいな?」
松明を持った俺と、マジックアイテムの明かりを灯すカス。そして、異名にもなっている大盾を構えて頷くチーキャン。それを確認したアラタが、四人全員を真っ暗な穴へと降ろしていく。その速度は、非常に緩慢なものだ。
以前、もっと自由自在に空を飛べないのかと聞いたところ、アラタは肩をすくめて「それは転移術の領分だ」と言っていた。実際に【
どうやら空中を移動するのは、風の属性術の得手ではないらしい。
とはいえ、この属性術とて有用な代物だ。崖の下の探索や、帰り道をショートカットするのには、非常に便利なのだ。ただ、残念な事に降下はそれ程消耗しないのだが、上昇の際には【降下】とは別の術式が必要で、そちらはかなり魔力を食うらしい。
その分、帰還が遅れても文句は言われないだろう。パーティの安全の為にも、アラタの魔力には余裕が必要だからな。
「しっかし、深いな……」
俺たち四人が降下を始めて、既に一、二分だ。勿論、降下そのものが非常にゆっくりとしているのも理由の一端ではあるが、それにしても体感ではもう十メートルくらいは降りてるのではないか。地上でいえば、砦や城レベルの高さから落ちるようなものだ。
俺の言葉に、珍しくアラタが神妙な調子で頷いた。
「そぉねぇ。こぉんな深い穴ぁ、初めてかしらねぇ」
「絶壁からの下降なら、もっと高い場所から降りた経験もあるじゃねえか」
カスの発言に、俺とアラタが眉根を寄せる。こいつは、地上に聳える山と、地下に続く穴とを同列に扱うのか……。
縦穴だけでもこれだけの規模の工房だ。もしも横にもそれなりの広さだとすれば、ハリュー姉弟はたった二人で要塞を構えているに等しい。しかも、ドワーフでもあり得ねえような、地下深くにだ。
この異常性に、どうしてこの脳足りんは気付かないのか。いやまぁ、脳が足りないからだろうが。
「なにかあるわねぇ」
真っ先に気付いたのは、降下先を確認していたアラタだった。
「空中の交叉路、か?」
「どうやらそのようだな。四方の壁面には、通路に続く出入り口のような穴もある。あれが順路という可能性はあるだろう」
カスの疑問に、俺は頷きながら考えを述べる。アラタもチーキャンも、その考えに賛同するように頷いていた。
「一度降りてみるわよぉ?」
「ああ、それがいい」
アラタの言葉に頷くと、十字路の中央に俺たちは降り立った。
四方を、まるで巨大な岩から切り出したような、繋ぎ目のない壁に囲まれ、シンとした静寂がどうしようもなく威圧的に思える空間。四方に延びる通路と、その先に続く出入り口の奥から覗く闇が、まるで手招きをしているようで不気味だ。
いや、そうじゃねえな。上を見ても闇、下を見ても闇、そして通路の奥を見ても闇なのだ。俺たちの目に見えているのは、四方に延びる道と威圧的な壁だけ。つまり、手招きされているわけではなく、俺たちはたった四つの選択肢を叩きつけられているのだ。
——この交叉路を作った、あの姉弟に。
「カス、どうだ?」
「……この空中交叉路には罠の類はなさそうだな。流石に、ここまでなにもないと罠もクソもねえ」
たしかにな。通路には手摺や腰壁の類は設けられていなかったが、それ以上になにもない。精々、道の淵から数センチのところに浅い溝が刻まれ、この中央部分で直角に折れ曲がりつつ、複雑に絡み合ってから、それぞれ別の通路へと延びているくらいだ。それ以外には、装飾らしい装飾すらない。
もしかしたら、これにもなにか意味があるのかも知れないが、流石にノーヒントでそれを看破するのは、俺にも不可能だ。
「どうする? 通路を調べてみるか? この内のどれかが姉弟の使っている順路って可能性はあるぜ?」
カスの言葉にも一理はある。だがしかし、それはつまり探索の最前衛を、俺たちパーティが担うという意味に他ならない。せっかく件の貯蔵庫をやり過ごしたというのに、それでは本末転倒だ。
「アラタはどう思う?」
「そぉねぇ〜……」
相変わらず間伸びした声で考え込むアラタが、そうしてたっぷり二〇秒は沈黙し、いい加減焦れたところで結論を口にする。
「ワタクシたちの本来の役目はぁ、落とし穴の底の確認とぉ、抜け道の確認だったはずよぉ。まだ落とし穴の底にはたどり着いていないしぃ、通路もしらみ潰しに調べていたら、どれだけの時間がかかるかわからないわぁ。まずは、底の調査を優先するべきだと思うわぁ」
「そうだな」
アラタの提案に、俺も頷く。危ない橋は、他のヤツに渡らせるに限るのだ。
カスはそれもそうだとばかりに肩をすくめ、チーキャンも無言で頷いた。そうして俺たちは、空中交叉路に関しては後々報告する事にし、穴の底への降下を再開する。
降下再開から三〇秒足らずのタイミングで、真っ先に口を開いたのは、非常に珍しい事にチーキャンだった。
「……底が見えた……」
その声に、全員が一斉に足元を確認する。俺は見えてきた光景の意味がわからず、首を傾げつつ独り言をこぼした。
「水? 溜池か?」
穴の底にはなんと、澄んだ水の溜池が存在していた。上から見れば、その溜池の中央には、円形の孔が穿たれているのがわかるが、その底までは覗けない。
「このまま降りるわよぉ〜」
アラタが注意喚起をするも、何事もなく俺たちは着水する。いつまでも空中に浮遊できる程、【翼】も便利な術ではない。仕方のない事ではあるが、腰の辺りまである水に浸かって服が濡れるのは、好ましい状況じゃない。
「冷てぇ……」
カスがうんざりするように愚痴をこぼすが、俺も同じように嘆きたい。地下だから、気温も水温もかなり低いのだろう。
「…………」
無口なチーキャンも嫌そうにしてはいたが、それでもきちんと周囲を確認していた。俺もまた、この溜池になにかないかと探す。
「あそこに横穴があるな。ご丁寧に、足場まで作られてるぜ」
真っ先に、カスが横穴の存在を確認して声を発する。見れば、明かりがうっすらと届く辺り、俺たちがいる場所よりもかなり高い場所に横穴があり、カスの言う通り、その壁面には足場にする為だろう穴があった。
「ここにもまた通路か……。こっちが順路という可能性もあるな」
「そぉねぇ。それよりもぉ、さっさと水からあがりましょぉ。流石に寒くなってきたわぁ」
「そうだな」
俺とアラタが方針を決めたところで、無口なチーキャンを確認したその瞬間だった。
チーキャンは盾を構え、俺とアラタを庇うように動いた。その瞬間、ギャギャギャというけたたましい音が響き、離れた場所から「ひぎゃ!?」という断末魔が聞こえた。
そちらを見れば、そこには澄んだ水だったはずの場所に真っ赤な色が広がっており、その中央にカスのものだったはずの下半身が残っていた。
慌てて視線を戻せば、チーキャンの大きな背中でも隠しきれない巨体が、その奥からこちらを睥睨していた。
「な、なんで……——」
俺は呆然と呟く。弱々しいその声は、あまりにあっさりと相棒を殺された現実を受け入れられなかったが故か、はたまた眼前で起こっている事態が信じられない驚嘆が故だったのか、当の俺ですらわからない。
だがそれでも、俺は、そんな自分の名状し難い感情をそのまま、口から吐き出す。
「——なんでこんな場所に、モンスターがいやがるんだよぉッ!!?」
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