第78話 降下部隊
●○●
階段の先にあった吊天井の廊下の仕掛けを解き、その先にある吊り橋へとたどり着いた俺たちだったが、眼前の状況はここで手勢を分けざるを得ないという事実を示唆していた。
「ここから先は、パーティ単位で動いた方が良さそうだな」
吊天井の廊下、吊り橋と、明らかにこちらを分断しにかかっている。ハリュー姉弟の思惑に乗るしかねえってのは、業腹だがな。
「この先にあるのが、噂の貯蔵庫だな?」
「へぇ。ここまでの情報は、集めようと思えばそれなりに集められやしたが、あの食糧庫から先は、まったく未知の領域でさぁ。あそこに足を踏み入れて、まともに生きているのは【
俺の問いに、随分と馴染んだ斥候の男は頷いてから、滔々と続ける。苦労して調べた情報を披歴できるのが、心底嬉しいのだろう。
「その先の情報は?」
「噂では、その【
「【
俺は考える。なんでも影の野郎は、たいそうあの姉弟とは仲がいいらしい。だとすれば、あり得るのではないか……?
「なぁ、もしかしてこの先の貯蔵庫は行き止まりで、吊り橋の下が正道ってパターンはないか?」
「それは……、……なるほど……」
ハリュー姉弟の弟の方はともかく、姉の方は属性術の使い手だ。当然、やろうと思えば、道具も使わずに一番下までこの穴を降りるのは可能だろう。弟の方にだって、お得意のマジックアイテムでもこさえれば、楽に移動ができるはずだ。底が見えない暗闇の深淵だと思うからこそ、そこを正しいルートだとは思えない。
影の野郎が姉弟と組んで、この家に侵入する連中の裏をかこうとしたとすれば、そちらが正道であるというのは、あり得る話だろう。なんの事はねえ。出口のない迷路を、侵入者は延々彷徨うハメになっただけだ。いずれ、疲れや食料の不足、そしてそんな消耗から罠に掛かって、侵入者どもは死に絶えるって寸法だ。
「あり得るんじゃねえか? 少なくとも、ここを下に降りたマフィアなんぞは、いねえだろ?」
「違ぇねぇっすね」
俺の意見に、斥候の男は同意する。それが追従だろうと構わない。実際にどうなのか、確認してみるのは有益だろう。
マフィアに魔術師が少ないのは自明である。魔術師ってヤツは、なる為にもやたら金を要するくせに、なったあとでもやたらと金を食う輩だ。自然、大抵の魔術師は副業持ちなのだが、基本的にどんな魔力の理を修めていようとも、引く手数多で食うに困るという事はない。
なんらかの事情で身を持ち崩したとて、いくらでも再起を図れるうえ、拾う手も多い。なかなか底の底まで、魔術師が落ちてくるという状況は少ないのだ。それこそ、罪を犯したり隠棲でもしない限りは。
ではなぜ、そんな安定した魔術師が、危険で実入りも安定しない冒険者なんぞというヤクザな商売には溢れているのかといえば、それは偏に冒険者をやるような魔術師は、己の研究が最優先だからだといえる。
深い山間にしかない薬草だの霊樹だのを求め、モンスターの魔導器官を求め、それらを己の研究に活かし、活かした結果生まれた術式をモンスター相手に行使し、実験をしたあとで更なる研鑽、改良を施し、己の手管とする。そういった生活を送るのに、冒険者という職は適しているのだそうだ。
特に、パーティを組めば、魔術師が苦手とする近接戦闘を他人に任せられるうえ、斥候の技能を有する者も仲間になる可能性がある。前者はともかく、後者がいるのといないのとでは、採取の効率が段違いなのだ。これは、普通に冒険者をやっていても実感する。斥候のいるパーティといないパーティとでは、依頼の効率が段違いなのだ。
俺も昔は、斥候なんてなんの役にも立たねえ腰抜けだと思っていたが、いまでは必ずパーティに入れるようにしている。
そうこうしている内に、話し相手になっていた斥候の男が、自分のパーティを連れてきた。
「エルナトさん。一度、オイラたちで下に降りてみようと思いやす」
「おう、頼む。危険な仕事だが、任せるぜ!」
「へへ。大丈夫でさぁ。ウチは、オイラともう一人の斥候に加え、属性術を使えるヤツがいます。前衛はそれなりに名の通っているチーキャンですぜ?」
「おお? あの【大盾】のチーキャンか? なる程。だとするとお前は、マスかカスだな?」
「マスでやす。以後、お見知りおきを」
「そうだな。これ以降は忘れる事はねえだろうさ。特に、この底になにがあるのか、確かめた後であれば、な」
「成果をご期待くだせぇ!」
そう言ってマスは、小狡そうにキヒヒと笑った。
●○●
エルナトの指示で、吊り橋の下に口を開く奈落の調査に赴く事となった俺たちは、しばし吊り橋の前の、手摺のないバルコニーのような足場で、作戦会議を行っていた。狭い足場である為、こに俺たちが陣取っている間は、工房の攻略は一時中断されている。会議はさっさと切りあげるべきだろう。
「おい、マス……。どうしたって、こんな危ない橋に立候補なんざしたんだ? 他のヤツにやらせた方が安全だろう?」
相棒のカスが、渋面を浮かべて苦言を呈してくる。だからこいつは、斥候の腕の分頭が足りねえと言われるんだ。逆に俺は、もう少し斥候の腕を磨けと言われるが、その分を知恵でカバーしているのだから、勘弁して欲しい。
浅知恵、猿知恵と馬鹿にするくせに、その知恵で命が助かったのも片手の数じゃ足りねえだろうに。いやまぁ、たしかに斥候の腕は磨くべきなんだろうがよ、情報収集にだって時間はかかるんだよ。
「あのなぁカス、この先の貯蔵庫は間違いなくヤベぇ。それは情報を集めたお前もわかってる事だろ?」
「ああ、そうだな。できれば、あそこに足を踏み入れるのは、仕掛けがわかってからがいい」
神妙な調子で頷くカスに、俺もまた頷く事でその考えを肯定する。
「考えてもみろ。もしも読み通り、ここがハリュー姉弟の通路だったとしたら、こっちの道に罠がある可能性は低い。いくら自分が仕掛けたものだからって、頻繁に使う道に罠を仕掛けるようなヤツは少数だろう」
「たしかにな。だが、その予想は絶対じゃねえぜ?」
「それはそうだが、大規模な罠だったら俺たちが見落とすはずはねえし、細々とした罠を毎日解除しながら奥に進むと思うか?」
「それは……、面倒だな……」
俺の言った日常を想像したのだろう、カスはうんざりとしたような顔で頷いた。
「勿論、こっちが順路じゃねえ可能性だってある。だがそれはそれで構わねえ。落とし穴の下にはなにもありませんでした、ってだけだ。誰がわざわざ、落とし穴の底にまで罠を仕掛けるよ? 精々、石筍だの竹槍だのの罠を仕掛けるくらいだろうが、それもこれだけの深さがあったら無用の長物だろうさ」
「たしかに……」
「なるほど、なるほどぉ。つまりマスぅ、お前さんはぁ、他の面々が貯蔵庫を探索している間をぉ、落とし穴の底でやり過ごそうって思惑だねぇ?」
やたらと間延びした口調のアラタが、ニタニタと底意地の悪そうな顔で確認してくる。アラタはウチのパーティの魔術師で、特に風の属性術を専門に研究しているヤツだ。
当然、俺たち四人を無事に穴の底まで降下させるのなど、造作もない話だろう。だが、外見だけは脂ののった色っぺぇ人妻だというのに、その表情に浮かぶ猫のような嗜虐性が、どうにも受け付けねえ。
ヒヤリと背筋を伝う汗を自覚しつつ、俺は頷いた。
「…………」
アラタの夫であるチーキャンが、彼女の肩に手をおいて俺たちをからかうのを止める。このおっさんもこのおっさんで、度が過ぎた無口のせいで、なにを考えているのかわからない。まぁ、その分迫力満点で、周囲の冒険者連中に対して睨みが利くのは利点だが。
夫に止められて、ため息を一つ吐くアラタ。どうやら、この二人も、長々とこの場を占有すると、他の冒険者パーティから疎まれると思っているらしい。それは俺も同じ考えだったので、早々に決を取る。
「この降下に反対するヤツはいるか?」
カスは首を振り、アラタとチーキャンはノーリアクション。いや、どっちなのか意見を表明しろや。
「んじゃ、反対はナシって事で、とっと降りましょうや」
そう言って、俺はぽっかりと口を開く深淵を覗いた。
この山が終わったら、絶対アラタとチーキャンの二人とは、別のパーティに移籍しようと心に決めながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます