第90話 噂の発生源
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「今宵も、この
おどけるように、帽子を脱いで深く一礼。やんややんやの大喝采が押し寄せ、既に幾枚かの銅貨が、おひねりとして飛び交っている。
篝火の間に立つ
「毎夜の事で恐縮ではございますが、ありがたくも人気を博すこの演目、人気故に未だ目にした事がない、今宵こそはもっとしっかり、ステージの近くで見たいという皆様からのご要望に応え、たった一人ではございますが、演じさせていただきます。どうぞ皆々様、わたくしのこの一幕をご存分にお楽しみくださいますよう、よろしくお願いいたします」
そう言って一礼する姿は、先程までの小人族の興行主ではない。声もまた、男のものではなくなっていた。胸甲鎧に身を包んだ金髪の麗人、高貴なる者特有の傲岸さと、絶望的な状況におかれてなお、折れぬ気高さを兼ね備えた姿。
「演目は勿論、わたくし『
そう言って僕は、ステッキを一振り。そうすれば、顔も知らないナベニの
「それはいまから数ヶ月程前の事……――」
そうして、僕は兵士たち相手に語り始める。程良く脚色され、まるでベアトリーチェが悲劇のヒロインかのように作りあげた物語を。それを聞く帝国兵士たちが、自分たちこそがそんなヒロインを助けるヒーローなのだと勘違いするようなストーリーを。
●○●
「うん。なかなかいい儲けになるな」
僕は今宵のステージで集めたお金を数え終えてから、トントンと肩を叩きつつ満足げな笑みを湛えた。ほとんどが銅貨だが、なかには銀貨も混ざっている。お忍びで見にきた騎士とかかな?
いやはや、やはり幻術というものは便利だ。これなら、万が一いまのダンジョンを追われる事になっても、旅一座を隠れ蓑に新天地を探すのも、それ程難しくはないだろう。
あまり面白い未来の想定ではないが、やはり最悪の事態に対する備えというものは、あればある程いい。
「それにしても、まさかここまでトントン拍子に噂が広まるとは……」
そう。ベアトリーチェの【
はい……。ただ暇だったから、幻術の訓練がてら演劇の真似事をしたら、なんか人気になっちゃっただけです。
戦場だからというわけでもないだろうが、ろくな娯楽もないこの世界の人間にとって、幻術を用いた一人芝居というのはなかなかに目新しく、興味をひいたらしい。おかげさまで、銅貨ばかりとはいえ、僕らの名が知られていない場所まで行ける程度の旅費は、いつでも稼げるという事がわかった。
それはまぁ、成果といえば成果だろう。必要があったかと聞かれれば……、まぁ、うん……。
いや、だってさぁ……。僕いま、する事ないんだもん。ベアトリーチェたちも帝国軍の人たちも、忙しそうに働いているが、僕に関してはする事がない。
たまに家に帰ったりもしているが、僕は基本的にはベアトリーチェに同行している。彼女を小鬼らから守った報酬として、彼女の人生を観測する権利を得た以上、その最大の見せ場たるこの戦を、伝聞で聞くというのは、流石に粋ではないと思っての事だ。
だが、軍事行動というものは、大人数である以上仕方がないとはわかっていても、なかなか鈍臭いのだ。平気で、次の行動は半月先だの、一月先だの言い始めるのだから、もはや役割を終えた僕としては、正直に言ってかったるい。
●○●
「……それで? 言い訳はそれで終わりですか?」
「うん。素直にごめんなさい」
正座する僕の前を、淑女にあるまじき腕組み仁王立ちという姿で見下ろしてくるのは、当のベアトリーチェだった。
端的にこの状況を説明するなら、要するに、はい、まぁ、バレました……。
いやはや、まさかトロイの一人芝居が有名になりすぎて、彼女の耳にまで入るとはな……。おまけに、一発で僕が化けているとバレるとは……。
「あ、でも一つだけ、今後の為にアドバイスしとくと、庶民の娯楽にお偉いさんがケチをつけると、ものすごい反感を買うから、できればやめた方がいいよ」
「わたくしだって、それがただの大衆娯楽であるのならば、そこにいちいち目くじらを立てたりなどはいたしませんわ! ですが、あなたはわざと、わたくしの武名を広めているではありませんか!?」
「でもホラ、名声はないよりもある方がいいからさ」
僕の嫌いな言葉に、『悪名は無名に勝る』なんてものがある。そんなわけがあるかバカという話だが、要は権力者にとって知名度というものは、喉から手が出る程に欲しいものだという話だ。
悪名の由来になるような悪行があるより、無名だろうと身綺麗な人間の方が、一〇〇倍マシなはずなんだけれどねぇ……。
「ものと程度によりますわ!! あなた、わたくしが帝国で、
いや、たぶん今回の戦に参加した連中のところからなら、割と選り取り見取りだと思うよ。君の根性と、戦にまで参加する度胸を知っている彼らの中から、歳の合う息子を持っている貴族たちの方から、申し込みが殺到するはずだ。
まぁ、その後の夫婦生活の事までは、流石に保証しかねるが……。
なお、
まぁ、拓けた場所に誘い出すと比較的対処は楽なので、ランクは中級だが。なお、名前からもわかる通りの姿で、素早い立体起動もできるパワーファイターだ。隠密性は皆無。
「あなた……」
ベアトリーチェが、ジト目で見下ろしてくる。僕はその視線を避けるように、顔を逸らした。
「まさか、以前わたくしに異名の事を言われたのを根に持って、このような嫌がらせをしているのでは、ありませんよね?」
「ソ、ソンナコトナイヨ……」
いやまぁ、途中から『少しくらい、僕の苦労を味わえ!』という思いが、欠片も存在しなかったかと言うと、流石に嘘になる。だけど、最初は本当に、ただの訓練と暇潰しだったのだ。
「だから僕は悪くない!」
「いえ、普通に悪いです。反省しなさい」
「はい。ごめんなさい……」
人の嫌がる事をしてはいけません。僕がこの一件から学ぶべき教訓は、そんな幼稚園の子供たちが知っているような、当たり前の事だったわけだ。
「そもそも、わたくしの武名が響けば響く程、戦場で狙われる事が増えるじゃありませんの。ある程度、この命を賭す覚悟はしておりますが、だからこそ無闇矢鱈に危険を冒すなど愚の骨頂。それともあなたは、わたくしが不慣れな馬上戦で、惨めに打倒される未来をお望みですの?」
は? なにを言っているのだろうか、このお嬢様は。見れば、冗談でもなさそうで、その表情には不安そうな表情を浮かべている。
いやマジか……。こいつ、あれだけ戦闘経験積んだのに、なにもわかってないの?
僕は呆れつつ、次の戦闘時には、きちんとこいつを戦わせようと決める。
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