第97話 弱者の戦い方
僕はバスガルに向けて手を伸ばす。そこに向かえと、何者かに指示するように。
「行け、トロル」
まるでモンスターが霧散するときの逆再生のように、色とりどりの粒子が集まり、醜い緑色の肌の巨人が生まれる。DPにして、僅か一KDP程の消費だが、モンスターとしてはそれなりに強力な部類のはずだ。
僕の指示に従って、トロルはバスガルへと特攻をかける。まさしく特攻だなと自嘲しつつ、僕は竜と巨人との怪獣対決を見守る。
「くだらん!」
攻防は一瞬。襲い掛かる太っちょ巨人たるトロルを、バスガルは尾の一撃で打ち据える。それだけで、肩から脇腹にかけて裂かれるようにひしゃげた巨人は、そのまま絶命して霧と化す。
やはり、そこそこ強い程度のモンスター単体では、時間稼ぎにもならない。個の力のぶつけ合いにおいて、この戦いの趨勢は火を見るよりも明らかだった。
まぁ、わかっていた事だ。元々総エネルギー量が違うのだ。どだい、ダンジョンから生みだされたモンスターでは、どれだけ強力であっても、ダンジョンコアであるバスガルに対して有効打足り得ない。
「こんなものが、貴様の奥の手か?」
「まさか。小手調べってヤツさ」
「小賢しいわ! 貴様の浅知恵など、本物のダンジョンコアには通じぬと知れ!」
再びブレスを放ってくるバスガルだが、やはりダンジョンのこちら側にいる以上、その攻撃は僕には届かない。先程と同じ手順で火炎を回避し、今度は靴底を焦がす事もなくその場は仕切り直しとなる。
やはり、互いに互いの領域に入りたくない僕らにとって、この状況で選択できるのは、本来のダンジョンコアの戦い方だ。即ち、モンスターを用いて相手の領域を侵していく戦法である。
「出でよ、コバルトスケイルドラゴン!」
「うわぁ、大物だ……」
なんというか、狼と爬虫類を掛け合わせて
中級クラスの竜種だ。推定ではあるが、一MDP近くは持ってかれてるのではなかろうか。いまの僕には、同レベルのモンスターを生みだすのは無理だ。あれからも、頑張ってDPを吸収しようとはしているが、やはり効率が悪い。この状況で、相打ち覚悟で一Mを無駄遣いはできない。
なのでこちらは、別の手を打たせてもらう。
「出でよ、大ネズミ」
忘れもしない。僕の初戦闘の相手であり、グラの前で無様を晒してしまった相手のカピバラもどきだ。
当然ながら、こんな雑魚モンスターで中級竜が倒せるだなんて思っていない。なので、とりあえず大ネズミは一〇〇匹用意した。一〇〇匹のカピバラもどきをコバルトスケイルに突撃させ、時間稼ぎをしつつその他のモンスターも呼び出していく。
赤ネズミに長毛ネズミ、舌ネズミ、脚ネズミ、毒ネズミと、下水道モンスターのオンパレード。いや、それが僕のダンジョンの通路から、広いバスガルのダンジョンに行進しているのだから、文字通りの意味でのオン・パレードだ。
それぞれ一〇〇匹ずつ生みだしては、次々と向こうのダンジョンに送り込む。計六〇〇匹もの大群だというのに、それを生み出す為に使ったDPはなんとたったの、二〇〇KDPちょっと!
「ヌハハハハハハハハハハ!! なんだその貧弱なモンスターは!?」
「単体のモンスターじゃ、相手のダンジョンを侵略なんてできないよ? モンスターは単体の戦闘力よりも、数としての戦力さ」
「賢しらに宣うか! 紛い物の分際で!!」
あーあ、さらに怒らせてしまったらしい。まぁたしかに、僕はダンジョンコアの紛い物だ。依代という意味ではなく、グラというダンジョンコアに付随して生まれたナニカ、という意味での紛い物だ。
バスガルの生みだしたコバルトスケイルは、あのビッグヘッドよりも強いモンスターだ。当然、ネズミ数匹など相手にもならず、前脚の一振りで数えきれないくらいのモンスターが霧と消える。
だが、そんなものは端から想定済み。同時に後ろ脚や、別の場所から飛び掛かったネズミたちが、コバルトスケイルの体に取り付く。コバルトスケイルが動く度に、あちこちから群がられて、いつの間にか全身に数百のネズミが群がっていた。
しかも、その体型が災いして、背中側に取り付いたネズミに対処する方法が、コバルトスケイルにはない。結果、コバルトスケイルの背中には、黒山のネズミだかりができあがっていた。
「ヌゥゥゥウウウウ。小癪な!」
「ははは。まぁ、とはいっても、ネズミじゃ竜種の皮膚を破れないんだけどね」
いま、コバルトスケイルに取り付いたネズミたちは、中級竜の体毛や鱗に噛り付いている。だが当然ながら、簡単にそれらを破損させられる程、ネズミの歯も顎も強くはない。所詮は、冒険者でなくても難なく倒せるモンスターでしかない。
あの初戦闘で、僕が大ネズミの攻撃を、なにもせずとも跳ね返せたのと同じだ。
「だがまぁ、ネズミたちの役割はその中級竜の意識を奪う事だ。本命はこっちだよ。【
バチバチと杖の先に生まれた赤雷を、背後のネズミに気を取られて地面を転げ回ろうとしているコバルトスケイルに放つ。二番煎じで悪いが、ビッグヘッドと同じように死んでもらおう。
狙いは過たずコバルトスケイルに赤雷が到達し、銀白色と青みを帯びた体毛の、獣のような竜は苦しみ呻き、のたうち回る。ネズミたちは、そんなコバルトスケイルの全身に、なお一層群がっていく。
いまや、軍隊アリに群がられる獣のようですらあり、その生存は絶望的に思える状態に陥った。
やはり、一騎当千の強者は、二〇〇〇人で囲い殺すのが弱者の戦い方だろう。それに、いいデータが取れた。中級竜を、この程度DPで討ち取れそうなのは大きい。
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