第98話 混沌

「不甲斐ない!!」


 バスガルがのたうち回るコバルトスケイルに、忌々しそうな声音で吐き捨てると、周囲のネズミごとブレスで焼却してしまう。そちらで殺されてしまうと、ネズミのDPも向こうのダンジョンに吸収されてしまうのが少々癪だが、死んでないネズミも残っている。

 そのモンスターの保有している生命力は、確実にこちら側のものであり、敵のダンジョンを侵食する際には役に立つ。勿論、バスガルだってやすやすと僕の侵攻を許す程愚かではない。


「小癪小癪小癪!! 弱く、数が多いのが厄介なのであれば、強く、数も多い方が勝るのが道理よ!」

「なるほど、たしかに道理だね」


 バスガルの足元に、無数のトカゲ――じゃないな。たぶん、最下級の竜種、ラプターだ。最下級とはいえ、竜種は竜種。注ぎ込んだDPは、いまの僕には逆立ちしたって捻出できない量だろう。

 エネルギーの絶対量が違い過ぎる。


「じゃあ、こちらも少し奮発しようか」


 僕は杖を構えつつ、壁にするように前面にモンスターを生みだす。僕が初めて作ったモンスター――ゴブリンだ。モンスターを作る際には、大雑把でいいものの、臓器や骨格、筋肉を作り込まなくてはならない。それ故、ダンジョンコアは自分と似たようなモンスターを生みだしがちだ。

 ちなみに、僕も最初勘違いしていたのだが、【魔法】持ちのモンスターを生みだす際には、魔導器官から作り込む必要があると思っていたのだが、どうやら要らないらしい。グラによると、予めそういう【魔法】が使えるようにモンスターを作ると、幻から受肉していく過程で、自然と魔導器官が生まれるのだとか。

 まぁ、そうだよな。それなら【魔術】の起源が【魔法】だともいわれているのに、最初に【魔法】をモンスターに持たせたダンジョンコアは、どこからその魔導術の知識を得たのか、という話になる。異世界の、鶏が先か卵が先か論になりかねない。

 閑話休題。

 グラは人型ダンジョンコアであり、僕もまた元人間という事で、僕らもまた人型のモンスターだと生みだすのが楽だ。ネズミよりは強いゴブリンだというのに、必要なDPはだいたい七〇〇弱と、かなり安価だった。つまり、一〇〇〇匹生んでもたった七〇〇KDP。

 ダンジョンから吸収したDPを使い切ってなお足が出てしまっているが、仕方ない。できれば、もう少し補給していたいが、ここでこのダンジョンに執着すると命取りだな……。


「行け、ゴブリン軍団。才能を物量で踏み潰せ!」


 バスガルの生みだしたラプターは、精々六、七〇頭前後。群れとして行動する、厄介な竜種と聞いているが、だからといって一〇〇〇匹のゴブリンを十全に相手にできる程ではあるまい。

 ついでだ。瓦礫の一部を利用して、刀身も柄も一体型の武器を作ろう。二足歩行のゴブリンの脅威というのは、やはり武器を使える点だろう。

 保管庫の土砂を光の糸に変え、かなり適当に作った斧を乱雑に積み上げていく。ただ尖っているだけの棒ともいうべき槍も、同じように作っていく。勿論、一〇〇〇個も作るつもりはない。

 ラプターたちにとって、群れの中に武器持ちのゴブリンもいるのだと印象付けられれば、それでいい。


「グヌゥゥウウ!! 鬱陶しい小虫がごときモンスターばかりを生みよってッ!!」


 ラプターたちの最前線が、ゴブリン数十匹を犠牲に、胴や首に取り付かれて地面に倒れる。そのあとは群がられた小鬼たちによる袋叩きだ。

 その光景に、バスガルはいたく不満らしい。それはそうだろう。いくら、同系統のモンスターとはいえ、それなりに大量のDPを注ぎ込んで作ったモンスターが、見るからに低俗なモンスターの波に呑まれて消えていくのだ。

 いうなれば、ナイトやルークが、ポーンに討ち取られていっている気分なのだろう。でもそれって、悪いのはナイトやルークじゃなく、打ち手なんだよ?


「言ったろう。ダンジョンの常套手段は、数による飽和攻撃だ。ああ、君には言わずもがなだったかな?」

「我を愚弄するか、小虫が!!」


 僕らに対して敷いた包囲網を破られたバスガルが、怒声交じりに咆哮する。その大音声に、マズい事にゴブリンの多くが硬直してしまった。

 こういう広範囲の攻撃に、雑魚モンスターは滅法弱い。幻術でもそうなのだから、竜型ダンジョンコアの咆哮ハウルともなれば、効果覿面だ。群れの九割以上が、体を硬直させて動けなくなっている。

 引き倒されていたラプターも、これを機に群がっていたゴブリンを弾き飛ばし、戦線に復帰し始めた。実に厄介な事をしてくれる。


「だったらこうかな?」


 僕は杖を構え、幻術の用意をする。相手は勿論、バスガル――ではなくラプター――でもなく、自陣営のゴブリンたちだ。


「【狂奔ルーナーティクス】」


――途端、ゴブリンたちは狂ったように叫び声をあげた。一体一体は脆弱なゴブリンたちの雄叫びも、喉も裂けよといわんばかりの渾身の咆哮が、一〇〇〇体分ともなれば、先のバスガルの咆哮にも勝るとも劣らない。

 竜種のラプターたちが、そのゴブリンたちの雄叫びに一瞬二の足を踏む程の威圧だった。そして狂気に支配されたゴブリンたちは、即座に硬直を解き、なりふり構わず三々五々に敵に襲い掛かる。それは、それまでの秩序だった、僕の命令に従った動きではない。

 ラプターに飛び掛かる者もいれば、無謀にもバスガルに群がろうとする者すらいる。どころか、手近に異種族がいなかったせいで、同士討ちを始めるバカまでいる始末だ。

 もはや彼らはバーサーカーだ。下手をすれば、……というか間違いなく、視界に入れば僕にすら攻撃を仕掛けてくるだろう。


「鬱陶しい小蠅めッ!! 寄るな虫けらが!!」


 全身にまとわりつかれるのが、余程に不快だったらしいバスガルは、己の体を這い回るゴブリンを振り払おうとし、僕を意識から外している。もしかしたら、ゴブリンを一万体くらい生みだせていれば、結構な打撃を与えられていたのかも知れない。

 まぁその場合、ロックスケイルヴァイパーなんかを一〇〇体生みだせば、割とあっさり淘汰されそうではあるが……。バスガルがこんな状況に至った原因は、必要なDPが多いせいで数を呼べない竜種強キャラに拘ったせいだ。

 僕が雑魚ばかり用いた点に、反発を覚えての事かも知れない。


 僕はこちらに襲い掛かってくるゴブリンを適当に相手にしつつ、僕のダンジョンから抜け出した。そして、最高のタイミングで最高の一撃を撃ち込む為に、理を刻み始める。



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