第99話 白昼夢の悪魔
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小賢しい、小賢しい、小賢しい!! やり方が姑息で、あまりにも矜持に欠ける! こんなやり口は、誇り高きダンジョンコアの戦いではない!
たしかに、ダンジョンコア本来の侵略戦争とは、互いに持ち得る
とはいえ、我も少々動揺していた点は認めよう。いかにネズミやゴブリンなど、決戦とも呼ぶべきこの場に相応しからざるモンスターばかりを用意されたのが業腹だったとはいえ、たしかに物量という点を侮ったのは愚策だった。
我は選択を誤った。しかし、それは取り戻せぬ失態ではない。
「出でよ、ケイヴリザード」
我は小童が生み出した小鬼に勝るモンスターを、幾百生みだして事に当たらせる。ラプターたちと合流した黒色の大トカゲたちは、すぐさま小鬼たちを圧倒し始める。
モンスターとしての格が違うのだ。当然である。
「むぅ……?」
しかし、余裕を取り戻して気付いたが、件の小童の姿が見えぬ。敵のダンジョンにいたはずの、その小さな影はどこにも見当たらない。
急速に数を減らしていく敵勢が、じわじわと向こうのダンジョンに迫ってなお、その姿は見えない。
「どういう事だ……?」
侵略戦争の意図は、相手のダンジョンを己の生命力で満たし、それを己のものとする事。だからこそ、この状況で眼前のダンジョンから敵のコアが消える必要がない。
しかしながら、わざわざ無防備なダンジョンを捨ておくというのも、おかしな話だ。小鬼どもの掃討を続けつつ、手持無沙汰になったケイヴリザードたちを、そのダンジョンに送り込む。
急場しのぎで作ったダンジョンだ。それ程広くもなく、また、ただの一本道という事もあり、早々に制圧は完了する。
それでも、彼奴の姿はどこにも見えない。こちらの動きを阻止するわけでもなく、なにか罠が仕掛けられているような痕跡もない。念には念を入れて、アッシュバットやモスイーター等の、小鬼と同程度の弱いモンスターも生みだし、壁面や天井部などにも配したが、やはり罠はないようだった。
訝しみつつも、やはり敵のダンジョンは侵奪せねばならない。我は慎重に歩みを進め、その小さな通路に充溢する我が生命力を感じつつ、己が両手をそこにおく。
「……あるいは、逃げたか……」
その可能性もなくはないだろう。彼奴が逃がした地上生命どもの後を追い、体勢を整えて我を迎え撃つ腹積もりやも知れぬ。だとすれば笑止千万。
既に、ダンジョンの一部を崩落させてしまった以上、計画は前倒しせねばならぬ。事ここに至らば、現在のアルタンの地下にあるダンジョンを、周囲への影響も無視して拡張し、広げたそばから崩落させて地上生命どもを食らわねばならぬ。
そうせねば、逃げられてしまうだろう。我らダンジョンコアの牙の届かぬ、地上の何処かへと。
そのような状況で、有象無象を揃えて迎え撃つなど、悠長に過ぎる。精々、我の進軍に巻き込まれて、瓦礫に呑まれよ。件の小童や敵のダンジョンコアは、それでも生き残るであろうが、そこまで状況が推移すれば、勝敗は完全に決している。
我は超プレート級ダンジョンへと至り、真なる心へと大きく躍進する。惨めな敗残兵に、それを阻止するなど能わぬ。
「ふは……っ」
思わず笑い声が漏れた。
敵のダンジョンを侵略し、我がものとするのはなんとも愉快。しかも、既に空になっていると覚悟していた生命力は、大部分が残されている。やはり、ダンジョンコアの紛い物には、我らと同じ真似などできなかったのだ。
実に愉快!
「ふははははははははははははははははは!!」
あの小童が作ったダンジョンを、我のものらしい洞窟へと変遷させていく。その事が、我の勝利を意味しているのだと思えば、自然と笑いが漏れるのは仕方がない。程なく、このダンジョンは我に征服される。それはすなわち、この戦いの決着である!
「ギギさんは――」
声が聞こえる。
疲労と苦痛をこらえるような、呻くような声。しかし、どういうわけか我は、その声に危機感を覚えた。
振り向いた先にいたのは、我の生んだラプター――ではない! その背に腰掛けた、小童の姿が陽炎が如く揺らめいている。幻術か!!
思えば、このモンスターは良く幻術を用いていた。そういう【魔法】を持つ種なのであろう。
「ダンジョンを操作している間、【魔術】を無効化する事ができなかった。君たちがどうやってそれをしているのか、僕にはまだわからない。だが――」
小童は杖を掲げる。まるで鳥の頭を模したかのようなその杖の嘴には、どす黒い漆黒の雷が宿っていた。
「攻略方法は二つ、既に判明している。だから君は、あそこで
漆黒の雷は弾け、空間に満ち満ちていく。まるで、モンスターどもが死んだ際に発する霧のようなものが降り注いできた。
――変化はあまりにも劇的だった。
天井に這っていたであろう、ネズミどもがぼたぼたと落ちてきたかと思えば、地面に落ちて霧消する。否。空中で霧散するものもいる。
それだけではない。その黒い霧が寄り集まるようにして、人間の髑髏のようなものが生み出され、他のモンスターどもを地の底に引きずり込もうとするかのごとく、追い縋っている。だが、どうやらそれは幻のようだ。
小賢しい幻術――とも思えない。なぜなら、その骸骨どもに縋られていた小鬼どもが、次第に発狂しだしていたからだ。程なくして、そんな小鬼どももバタリと倒れ、霧と消える。
黒い霧から、骸骨どもが生まれ、増える。
ケイヴリザードにも、暴れ始めるものが出始めた。弱いものから、次々とその命を散らしていく。そのどれもが、外傷など一切ないにも関わらず、直前に錯乱しては死んでいく。
あまりにも異様。あまりにも不可解な光景であった。ただの幻術ではない。だが、その理がわからない。ラプターどもすらも、なんらかの影響を受けているのか、ソワソワと落ち着きがなく、我の統制も利きづらくなってきている。
馬鹿な。我が生み出したモンスターの制御を超えるなにかが、この幻術には込められているというのか!? ただの幻術で、そのような事ができるのか!?
一体、なにが起こっておるッ!?
黒い雪が降り、地面から上半身を覗かせて、生者を求める骸骨ども。死したモンスターどもが、次々と七色の霧となって消えゆくなか、どういうわけか平静を保っている――というよりも微動だにしないラプターの背で、その者は笑っていた。
脂汗を流し、ぜぇぜぇと浅い息を吐きながら、鼻血や吐血を拭った痕の残る顔で、しかし勝者のような顔で、
――まるで、死を宣告する悪魔のような笑顔で、そこに座っていた。
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