第100話 死を想え
わからぬ。なにが起こっておる? そも、偽のコアが唱えた【
体感としては、我には然したる影響はないように思う。それは当然の事であった。我には、あらゆる【魔術】攻撃に対応する竜鱗がある。それがある限り、我が幻術に捉われる事などあり得ぬ。
だが、懸念材料もある。たしかに、あの者がいう通り、ダンジョンを操っているタイミングでは、竜鱗は使用できない。あの状況で、我になにか細工をされたという可能性はあるだろう。
だが、既に竜鱗を起動したいまの我に、それが届く事はない。今後一切の干渉を跳ねのければ、特段問題はないだろう。
骸骨たちの蠢く園で、玉座がごとくラプターに座す偽物。しんしんと降り注ぐ黒い雪と、死したモンスターどもから立ちのぼる七色の霧の空間で、彼奴は杖を肩にかけた姿勢でこちらを眺めている。そんな不遜な態度にも、怒りや不快感よりも、一種の不気味さを感じてしまう。
どういう事だ……? このような脆弱な存在を、我が恐れているとでも?
あるいは、それこそが先の幻術の効果かとも思ったが、恐怖心を抱かせる幻術は別にあるうえ、抵抗も容易い。そも、幻術というのは、直接攻撃する手段に乏しく、また、生命力の理を用いれば、抵抗は容易なはずだ。
地面から生える黒い骸骨どもは、そういう意味ではわかりやすい幻だ。まるで、生者を地獄へと引きずり込もうとしているような髑髏どもは、しかしただの一匹すらも掴めずに蠢いている。それでも、虚ろな骸骨どもはそんな己の滑稽さを嘲笑するかのように、あるいは生者を嘲笑うかのように、カタカタと顎を鳴らして同じ動作を繰り返す。
我のダンジョンが、いつの間にやら実に悍ましい空間と化していた。
「なにをした!? なにをした小童ッ!!」
「ギギさんに通用した幻術は、たった二つ。【
我の問いには答えず、小僧は韜晦するように話し始めた。
「【
「その程度で、我が竜鱗を克服できるとでも驕ったか!? 笑止!! 貴様の浅知恵ごときで、我が鱗を貫けるなどと思うなッ!!」
たしかに竜鱗の原理上、広い空間に施す【魔術】までは打ち消せぬ。それに対処するには、竜鱗のやり方では費用対効果が悪すぎるのだ。だが、そもそも空間がどれだけ幻に包まれようと、そんなものは考慮の埒外だ。
先程のように逆さまにされるならまだしも、ただおどろおどろしい雰囲気を作る幻術など、少々気分が悪くなる程度で、特に悪影響などない。
我の反論を、小童は意に介す様子もなく、話し続けた。
「だが、どうしても一瞬、相手に影響を及ぼす必要があった。心にかかっている鍵を一つ、解いておかなければならなかったんだ」
「なに?」
「さっきまでのネズミもゴブリンも、その為の布石さ。君にこの戦闘を、ダンジョンの侵略戦争だと強く印象付け、僕の作ったダンジョンを操作させる為のね」
どういう事だ……。小童の口調は、まるで既に勝敗は決したような口振りではないか。そして、明らかに我もそれを感じている。
死にかけの小僧。やはり、ダンジョンコアの真似事をするのは、負担が大きかったと見える。あるいは、これまでの攻防でこの者の消耗も限界だったのかも知れぬ。
どう見ても満身創痍。今にも霧と消えそうな程に、弱々しい姿。
――だというのに、どうして我の胸はこれ程までに焦燥に急き立てられる。どうしてこうまで不安になるのだ!?
「それもまた、ギギさんのおかげでクリアできた。ホント、ギギさんが【魔術】を無効化し始めたときは、どうしようかと思ったよ。僕の切り札が、完全に死に札になっちゃったかも知れないって、ね……」
たしかに、ダンジョンを操る間は竜鱗が発動しない。正確にいうなら、竜鱗という燃費の悪い防御手段を使う程の余裕がない、というべきだが。
つまり、その為にこの者は、お膳立てを整えていた、という事か。我の心の鍵とやらは、既に開かれたという事なのか。そして、この不安や畏怖が、その術の効果であるのか。
疑問は次々と浮かんだものの、それが言葉として紡がれる事はない。代わりに、胸中の不安を掻き消すように、怒声を吐く。
「なにを……――なにを言っておるのだ、貴様はッ!?」
「なにを声を荒げているんだい? 安心しなよバスガル。この【
小童は皮肉気に笑うと、死の園と化しつつある周囲を見回す。錯乱してはバタバタと倒れていくモンスターどもが、次々と死んでいく。なにが基準で、死神の
「つまり、貴様もまた術中におると?」
「その通り。これはいわば、チキンレースさ。どっちが先に死ぬかな? 僕かな? 君かな?」
「よもや貴様! 我と刺し違えるつもりかッ!?」
たしかにそれなら、敵方のダンジョンコアには、必然的に勝利が転がり込んでくるだろう。主の為に己の命を擲ち、その勝利の為に殉じる。モンスターとしてはひどく正しく、また我もギギ一〇六号どもに命じた事だ。
「だ、だがわからぬ……。なぜモンスターどもは死ぬ!? この不安と畏怖の正体はなんだッ!?」
我の問いに、小僧はくつくつと笑いながらこちらを見上げる。それから、自らが腰掛けているラプターを見ると、悪戯でも思い付いたかのように唇を歪める。
「その気持ちの正体が知りたいかい?」
「教えろ!!」
急き立てられるように問い質す我に、稚気の混じる笑みを返す小童。彼奴はひょいとラプターの背から飛び降りると、おもむろに杖を持っている手とは逆の手で小剣を抜く。
「その正体は、コレさ」
小童はそのまま、小剣をラプターの首を斬り裂いた。それまで石像のようだったラプターは、急に意識を取り戻したかのように暴れ、のたうち、そして霧と消える。
「生存本能の裏返し――死への恐怖」
そう言って、血にまみれた小剣を血振りする小童は、まさしく命の灯を摘み取る死神であった。
「つまり、この【
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