第47話 情報屋レヴン

 ●○●


 俺はギルドの支部長室のドアを乱暴に開け放つと、応接用のソファにふんぞり返って、俺の酒に手を付けている阿呆にため息を吐きつつ、その向かいに腰を下ろした。


「遅かったじゃねえか、グランジ。お偉方との話し合いってなぁ、そんなに時間のかかるもんなのかい? それとも、時間がかかったのはなにか秘密の相談でもしてたのかい? たとえば、噂のショーン・ハリューを町から追いだそうとする算段、とか」

「バカ言ってんじゃねえ、レヴン。そんな事になったら本当に、ハリュー姉弟との全面戦争だ。町が火の海になってもおかしかねえってんだ。勘弁してくれ……」

「ハハハ。悪ぃ、悪ぃ。お前さんの顔色が、あんまりにも悪いもんでな。少しは気が紛れるかと思ってよ」


 そう言ってグラスを舐めるレヴン。いまだ若いが、その実力はたしかな五級冒険者であり、斥候としての腕も、特級という肩書きで保証され、さらには情報屋という側面ももつ、ギルドとしてはなかなか重宝する人材だ。……その、軽薄な態度と空気の読めないところ以外は……。


「冗談になるかよ、クソったれが。ああん? 俺のグラスだしてねえのかよ。はぁ……」

「んだよ、ホントに荒れてんな。ガチでなにかあったのか?」


 一瞬座っただけだというのに、億劫な思いを抱きつつ立ちあがった俺は、棚からグラスを手に取り、ついでに別のボトルも持ちだす。仕事の不満ってのは、酒で清めるもんだ。

 再びどかりとソファに腰を下ろした俺は、とくとくとグラスに酒を注ぎ、それを一気に胃の腑に流し込む。


「――っかぁっ!」

「風情のねえこった。せっかくの酒が勿体ねえぜ? それだけご立腹だってのはわかるが、いい加減聞かせてくれよ? なにがあった?」

「……そうだな」


 一杯飲んで喉を焼いたところで、少し落ち着きを取り戻した俺は、眉間に皺を寄せつつ話し始めた。


「俺は、ハリュー姉弟の家の周囲を、衛兵に守らせようと思ったんだ」

「道理だぁな。どだい、町の治安に関しちゃお前さんや俺みてぇな冒険者や、マフィア連中、【雷神の力帯メギンギョルド】なんかは、畑違いもいいとこだ。町のお偉いさんと衛兵こそ、領分だろうさ。本職が本来の仕事をしてくれるってんなら、それに越した話はねえ。だが、その口調じゃそうは問屋が卸さなかったわけだ」

「ああ。お上もなぁ、【扇動者】がなんらかの意図をもって、この町に介入している事自体にゃ納得はした」


 代官のヤツにも衛兵の連中にも、情報は行き渡った。十中八九、帝国や公国群からの介入だろうって意見もだいたい同意だった。だが、だからこそ……――


「ハリュー邸で騒ぎを起こして注目を集めて、別の場所を狙う算段だったらどうする? 警戒は勿論ハリュー邸近くを重点的にやるが、それと同じくらい重要施設も警戒しなきゃならねえ。いざ問題が起こったところで、それだけに専念するわけにはいかねえ。……だとよ」


 吐き捨てる俺に、レヴンはグラスを舐めてから首を傾げる。特徴的な金髪のツンツン頭に、モンスターの素材を加工して作った色の濃いゴーグルをかけたその姿は、表情が読みにくくて話しづらい。だがそれでも、おそらくはきょとんとした表情を浮かべているのだろう。


「言って、それ程おかしな話じゃねえだろ? たしかに、ハリュー邸での騒動を陽動にして、門や代官の館、冒険者ギルドなんかを焼き討ちにでもされたら、この町は機能不全に陥るんだ。仕方のねえ話さ。町の行政ってヤツを担うお代官様や、町の平和を守る衛兵連中が、アルタンの町全体とそこにある一つの家、秤にかけるまでもねえ」


 大仰に肩をすくめる仕草は、ハリュー姉弟と自分を重ねて皮肉っているのか。その意見には概ね同意だ。

 町の政を預かる人間からすれば、町全体の混乱騒乱は憂慮すべき事態だが、一つの家が潰れようが、そこにあったお宝が失せようが、二人の人間が死のうが、ただの一つの事件でしかない。殺し、盗み、騙し、日々起こっては解決されていく、ただの大事件だ。

 たしかに当人たちからすれば一大事。己の人生に関わるような事態だ。だがしかし、町全体、伯爵領、王冠領、第二王国、帝国と公国群というところまで鳥瞰すれば、あまりにもちっぽけな点でしかない。これで、たった二人を優先し、国家の問題を放置するという選択をする方が、この場合問題だといえる。

 だがしかし、この状況でそんな一般論などに用はないのだ。


「だからよ! そういう問題じゃねえだろうが!? 町の連中が何百人と死んじまったら、施設だけ守ったって意味ねえんだよ。そこからハリュー家とお上の喧嘩にまで発展したら、それこそ町の存続に関わる」


 そう。そういう問題ではないのだ。ハリュー姉弟というファクターは、そんな小さな点から、それこそ国家間の視点ですら視認できるような大事件を起こしてしまいそうな火種なのだ。ここで放置すれば、のちのちそのツケは、手痛い損失となって返ってくる。そう思えてならない。


「グランジ、お前さんそれをバカ正直にお上に伝えたのかい? 代官や衛兵の頭である、ゲラッシ伯の騎士に」

「ああよ」

「あっちゃぁ! そりゃあ、話が通じねえだろうさ」


 俺の失態に顔をしかめ、ぺしりと己の額を叩くレヴン。言いたい事はわかる。俺は少々言い訳がましく口を開く。


「代官も騎士も、一〇〇〇人対二人ってところしか考えてねえ。二人が上級冒険者ってところは知っていようが、一〇〇〇の方にも上級冒険者がいる。だったら、勝敗なんざ火を見るよりも明らかだってな」

「ま、普通はそうだろうさ。それだけの数を覆せるのは、本当のバケモンである二級よりうえの冒険者だけだろ。ま、今回はそれに限らねえが」


 なにが楽しいのか、そこでレヴンはキヒヒと笑った。笑い事じゃねえっての。


「そうだ。魔術師の工房に足を踏み入れるって点を、連中は軽視している。俺だってなぁ、そう口にするのはどうかと思う事ではあるが、一〇〇〇人が勝って二人が死んでくれた方が、正直楽だって思いはあるんだよ。だがなぁ、ハッキリ言ってハリュー姉弟の工房ってだけで、一〇〇〇なんて数字がこれっぽっちも頼りにならねえ」

「だろうなぁ。俺からしたら、一〇〇〇の内容が『住人』から『兵士』になったって、見解は変わらねえ。いや、もしかしたら『冒険者』だったとしても、意見は同じかな?」

「笑えねえよ、ボケが……」


 質の悪い冗談だが、そんな悪い冗談みたいな事が、いまこの町で起きようとしている。だからこそ、俺は朝から晩まで方々駆けずり回り、レヴンを東奔西走させているわけだ。


「さて、俺の実りのねえ話はこれで終わりだ。で? お前の方の話を聞かせな」

「あいよ。初めに言っとくが、まだ【扇動者】とやらにはたどり着いてねえ。だが、いるのは間違いねえな」


 そんな事は、これまでの報告でほぼほぼ確信していた。俺がいま知りたいのは、【扇動者】の正体もそうだが、その目的と、どれだけの住人が同調しそうなのかだ。


「目的? んなの、この町や伯爵領の混乱じゃねえのか? 流石に【扇動者】の正体まで辿り着いてない段で、その目的まではわからねえよ。逆に言やぁ、目的がわかれば正体が割れたも同然さ。あんたも、もしも目的がわかるようなら、こっちに教えてくれよ」

「まぁ、そうだよなぁ。ああ、報告については了解だ。やっぱり、帝国か公国群からの間諜なのかね……」

「その可能性が高いだろうなぁ。そんで、どれくらいの人数が動きそうかって話だが……」


 一番気になっているところを口にするレヴンに、思わず身を乗りだすようにして聞き入る。黒いゴーグルで窺えない目を見つめ返し、言葉の先を促す。


「最低一〇〇、最高五〇〇ってところじゃねかな。集会とかしないから、正確な数字はわからん」

「……にしたって幅がねえか?」


 俺の問いに、お手上げとばかりにソファに深く座り直して天井を仰ぐレヴン。その仕草から、疲労の色が漂う。


「俺だってなぁ、一端の情報屋気取りとしては、こんな曖昧な情報渡したかぁねえよ。それでも、雇われの身だからな。情けなくとも成果報告ってヤツはきちんとやるさ」

「……そうか」


 レヴンでこれだ。他にも情報収集を依頼している連中も、似たり寄ったりだろう。しかし、五〇〇人か……。それが全員死ぬ可能性を思えば、やはり背筋には冷たいものが走る。



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