第48話 良くないニュースと、悪いニュースと、【天剣】のエルナト
「いまんとこ、住人と冒険者連中が合流するような動きはない。というか、どちらも組織立って動いていない」
「一応、ギルドからの警告にもそれなりの効果があったと見ていいか……」
「さて、それはどうだろうな。自分たちが警戒されていると知って、地下にもぐっただけかも知れねえぜ」
面白がるように言うレヴンに、もし本当にそうだったらどうすんだと思いつつ、可能性がないわけでもないと、さらに気の滅入る思いだ。
そして、こんな状況で俺は、こいつにさらにあまり良くない情報を伝えなければならない。それも二つだ。
「レヴン、良くない情報と、悪い情報がある。どちらから聞きたい?」
「あん? 何だその問いは。んじゃあ……、良くねえ情報から聞こうか」
「おう。まぁ、こいつぁ、状況を悪くしかねねえ情報であって、実際問題どうなるかはわかったもんじゃねえ」
俺がそう言うと、なにかを払うようにひらひらと手を振るレヴン。
「勿体付けんじゃねえよ、グランジ。さっさと本題を言え」
「はぁ……。わかった。実は、アルタンの近郊に新たなダンジョンが見付かった」
「は? ダンジョン? また? アルタンの近くに?」
心底意表を突かれたように、今日一番の驚きでレヴンは問い返してくる。
「ああ。ただ、今度は本当にできたての、小規模ダンジョンのようだ。いま、調査に人をやっている」
そこに宝箱があった事や、そのせいでギルドの統制ができなくなりかねないって話は、いくらレヴン相手でも秘匿した方がいいだろう。だが、ダンジョンというファクターが、今回の一件にどんな影響を与えるかわからない以上、その点だけは情報共有しておくべきだ。変に隠して、信頼関係に罅を入れるのは惜しい。
「…………」
なにかを考えるようにして、レヴンはグラスの酒を明かりに翳す。そのグラスは、それなりに有名な魔術師の作だ。琥珀色の液体が、透明な玻璃の領域を揺蕩う様は、実に美しい。思考に没頭するには、視覚情報を塗りつぶしてくれるいい光景だろう。
だが、俺としてはもう一つの、悪い情報について早く聞いて欲しい。勿体付けただけに、少々気恥ずかしい。レヴンがここまで、ダンジョンの情報に固執するとは思わなかった。
結局、ショーン・ハリューの杖にあしらわれた青ダイヤの実在が確認されたという、悪いニュースについては教えそびれたのだった。
●○●
スラムに近い、安い酒場の一角。俺はテーブルのうえで組んだ足を、せわしなく揺らして苛立ちを紛らわせていた。
「――チッ」
それでもこの腹立ちは、なかなか収まらない。理由は単純。俺たち【
ご丁寧に、依頼を受けようとすれば「ショーン・ハリューに手をださないように」と、口煩く注意される始末だ。
「エルナト」
「なんだ?」
パーティメンバーの一人が、気もそぞろという風情で周囲を確認しながら声をかけてきた。俺はそれに、ぶっきらぼうに応える。
「な、なぁ、今回は本気でヤベェ。こんな状況で、盗みなんて成功するわけがねえ。首尾よく盗めたところで、すぐにお縄は間違いねえ」
予想通りの弱音に、俺は舌打ちする。どうしてこんなに臆病なんだ。それに、誰が盗むって言った?
「俺たちは盗賊じゃねえ。単に、噂のショーン君の家にお邪魔して、俺たちの事情を話して、例のホープダイヤを譲ってくれるよう頼むだけだろ? どこに問題がある?」
「…………」
黙るそいつとは別のパーティメンバーが口を開く。
「駆け出しから小遣いせびったり、獲物を譲らせるのとは、わけが違うんだぞ? 価値も、相手もな。それでもやるつもりか?」
「ハンッ! おんなじさ。幻術師なんざ、役立たずの代名詞じゃねえか。何をそんなにビビってんだ?」
「幻術師なのは弟の方だけだ。グラ・ハリューは、弟よりも凄腕の魔術師で、幻術以外にも属性術や結界術を使う。敵対するのは得策じゃねえと、俺も思う」
「【陽炎の天使】ねぇ。本当に天使だってんなら、一度その花の
俺が鼻で笑うと、また別のメンバーが口をだしてくる。
「いや、グラ・ハリューは生命力の理にも造詣が深いらしい。お前も知ってるだろ。以前彼女が使っていた巨大な突撃槍を。俺たちも戦ったあのズメウを相手に、それを使って一人で渡り合ったらしい」
「…………」
それを言われては、流石に俺も黙らざるを得なかった。
バスガルのダンジョンにおいて、パーティ全員で対応しても強敵だったアレに、たった一人で相対したという事実は、たしかに驚嘆せざるを得ない。俺たちは実質、【
とはいえ、グラ・ハリューの倒した二体のズメウの内、一体は自爆、もう一体はショーン・ハリューとの戦闘に介入して倒したという事だった。つまりは、不意打ちも同然に倒したわけだ。
純粋な戦闘能力で優越したわけじゃない。
「……関係あるかよ」
「だがよ、エルナト」
「うっせぇ!!」
俺の怒声が、場末の酒場に響き渡る。それまでは雑多な喧噪が飛び交っていた、汚く薄暗い室内を、沈黙が支配する。
「お前らが腰抜けだってのは良くわかった。だがなぁ、俺は【
ハリュー姉弟がなんだ。たかだか十を少し超えたばかりのガキじゃねえか。そんな連中が、いまや俺と同じ四級冒険者だ。胸糞悪ぃ。しかも、これ見よがしに俺たちのパーティ名にもなっている、ブルーダイヤを杖に付けて見せびらかしているんだ。
こんなのはもう、俺に喧嘩を売っているも同義だろうが。なんでこれで、俺が我慢しなければならない!?
「冒険者ギルドがなんと言おうと、ハリュー姉弟には実力差ってヤツをわからせてやるよ。ご自慢の工房だってなぁ、これまではチンピラだのマフィアだの、素人ばかりが突っ込んで死んだだけだ」
俺たち本職の冒険者であれば、いかに魔術師の工房といえど、突破は容易い……はずだ。まぁ、俺はそういう、チマチマした探索は苦手だから、ほとんど仲間に任せているが。
「工房の奥に引き籠っている姉弟を締めあげて、ダイヤを献上させて、ついでに連中を傘下に入れれば、ギルドだって文句は言えねえよ。俺たちはあくまでも、頼みに行くだけだ。そうだろ?」
そう問いかけるも、仲間たちはお互いに顔を見合わせては、バツが悪そうに俯くばかり。いい加減、そんなしみったれた連中に付き合うのも馬鹿らしくなり、俺はブーツの踵でテーブルを打ち付けると、同じ文言を繰り返した。
「そうだろって聞いてんだろうがよッ!?」
ドンという音とともに投げかけられた問いに、連中はビクりと肩を揺らしてコクコクと頷いた。
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