第49話 金生みの指輪

 ●○●


「ちょっと! カイル!」

「なんだよ、ラスタ!?」


 アタシが止めようとすると、カイルが振り向いて睨みつけてきた。そんな視線に、ビクりと肩が震えてしまう。それでも、ここで抗議しなければ、アタシの命までもが危険に晒されてしまう。


「ア、アタシは嫌よ! これ以上ハリュー姉弟に関わるなんて!」


 そう。あの日、下級冒険者と間違えてハリュー姉弟に突っかかったせいで、アタシたちは酷い目にあった。こう言っちゃなんだけれど、ラベージがいなければ殺されてもおかしくなかった。

 あんな思いは二度とごめんだ……。


「あんなガキどもにコケにされたまま、泣き寝入りしろってのかッ!?」

「アタシたちは五級! あいつらは四級! こっちが勝てないのも、うえに逆らわないのも、冒険者としては当たり前じゃん!」


 だからこそ、下級と思ったあいつらに突っかかったのだから、階級の上下を否定するのは本末転倒だ。それ以上に、アタシらは確実にあの姉弟よりも弱いのだ。無暗矢鱈に強者に楯突くなど、冒険者の界隈では自殺も同然だ。

 だというのに、カイルやラーチはあの二人に復讐をしようとしている。ランはたぶん、人数の多い方についているだけだ。主体性のない子だとは思っていたが、あれだけの目にあってなお、他人任せでその相手に刃向かえるというのは、逆にすごい気質なのかも知れない。


「腰抜けが! あんなのが四級になれたのなんて、ただ運が良かっただけだろ。俺たちだって、すぐに四級になる。だったら実質、同格だろうが!」

「そういうのは、同格になってから言ってよ! でなきゃただの負け犬の遠吠えよ!」

「んだとテメェ!? すごすご尻尾巻いて逃げだす方が、よっぽど負け犬だろう!? 俺は負け犬じゃねえから、あのクソガキに報復すんだよ!」

「負けたんだから負け犬でいいわよ! とにかく、アタシはもうあの姉弟に関わるのはごめんよ! あんたは、ソッコーで意識飛ばされたから覚えてないんでしょうけどね、そのあともすんごい怖かったんだから!」


 カイルは幻術の檻を破った直後に、ショーン・ハリューによって意識を奪われた。だから、言葉を喋れなくされる事もなければ、幻の炎に焼かれるような事もなかった。最後にちょっと、バカでかい骸骨女に脅かされたくらいだが、あんなものは一度見てしまえば、ただの幻だ。たしかに怖かったが、喉元過ぎれば忘れる程度の熱さでしかない。

 そういう意味では、アタシはラーチやランの方が信じられない。


「アンタたちは、どう思ってんの!? 本気で、あのハリュー姉弟にもう一度、ケンカ売るつもり!?」


 そう問いかけると、ラーチは多少怯えを見せつつも、カイルを見てからオドオドと頷いてみせる。こいつもまた、カイルの意見に引っ張られて方針を定めるのが癖になっている。主体性のなさでは、ランと同じようなものだ。


「いま、ハリュー家に襲撃をかけるってんで声掛けをしてるのは、あのエルナトさんっす。ハリュー姉弟がいくら上級だっていったって、四級としての実績も腕前も、エルナトさんの方がうえでしょうや? だったらここは、勝ち馬にのるべきでさぁ……」


 だったらもっと自信満々に言えばいい。断言できない時点で、あんたもエルナトとハリュー姉弟のどちらが優勢か、判断が付かない証拠だろうに。

 アタシは質問の先をランに変える。


「ランはどうなの マジで殺されるのよ!? あんた直接脅しかけられたんだから、わかるでしょ!?」

「うん……、わかってる……」


 予想に反して、弱々しくもハッキリと認めるランに「だったら……っ」と言いかけたところで、彼女らしからぬ強い視線に射すくめられてしまった。


「ラスタちゃん、ゴメン……。もう決めた事なの……」


 なにを決めたのか、どうしてそう決めたのか、聞きたい事は山積していた。だが、いつもオドオドとしている彼女のものとは違う、意思の籠った瞳にアタシはすべての言葉を呑み込んでしまった。


「俺たちは、やられたままじゃ終わらねえ。あいつらを同じ目に遭わせて、俺たちの足元に這い蹲らせてやる。負け犬はそこで腐ってろ!」


 アタシが黙ったのをいい事に、カイルが捨て台詞を残して行ってしまった。ラーチとランもその後を追い、アタシは一人になる。


 どうしてこんな事になったのだろう……?


 少し前までは、五級にあがってなにもかもが上手くいっていた。アタシ、カイルが前衛、ラベージとラーチが遊撃で、ランが後衛。五人そろっていた頃の【金生みの指輪アンドヴァラナウト】は、すべてが安定していた。だからだろうか、これが当たり前だと思い、アタシらは慢心していた。

 そんなアタシらに、細かく注意してくるラベージを煙たがり、最終的に寄ってたかってパーティから追放してしまった。

 思えばそれからだ……。それまではなかった、戦闘中の横槍や後背からの奇襲が増えた。そのせいでランが後衛として戦闘に参加できず、結果前衛の戦闘すら安定しなくなった。

 これまではラベージが管理してくれていた、体力の温存や魔力のペース配分も適当になり、それもまた戦闘が安定しない原因になった。野営地の選定や準備もおざなりになり、そのせいで雨中行軍まで強いられた。その結果が、あの事件だ……。

 カイルやラーチは、たしかに戦士や斥候としての能力は、ラベージよりもうえだ。そして、やろうと思えば、戦闘中の警戒や体力魔力の管理もできる。野営だって、駆け出しじゃなし、本来なら問題なく用意はできるのだ。

 だが、一つ一つなら可能なそれらの動きを、冒険中に卒なくこなせない。手際が悪い。

 これまで全然意識してこなかった、そういう当たり前の部分の多くを、ラベージが補ってくれていたのだと、いまならわかる。

 だが、だからといって今更どうしろというのか。あれだけ悪し様に追い払った手前、頭を下げて戻ってくれと頼むわけにもいかない。というか、アタシ以外の連中はそれを望まないだろう。

 どころか、ラベージはアタシらと同じ定宿なんてとっくに引き払っていて、いまどこにいるのかもわかりやしない。

 それに、いまある問題も、経験を積めばそのうち解決する問題だ。それまでに何度か失敗はするだろうが、致命的なのはラーチの索敵不足なのだから、そこを重点的に直していけばいい。

 アタシだって、こうして一人ぼっちになって心細くなったから、こんな益体もない事を考えてしまっただけだ。ラベージとの関係修復などという、不可能な事に思考を割くよりも、ハリュー姉弟との確執をどうするかの方が重要だ。

 このままじゃ、カイルたち三人が殺されてしまう。そうならない為にも、なんとかして彼らを止めたい。どうしたらいい……? どうしたらいいの……?


「……どうしたらいいってのよ……?」


 言葉にしたところで、誰も答えてはくれない。



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