第50話 手の届きそうな伝説
〈6〉
「疲れた……」
「そうですね」
僕の弱音に、グラが淡々と応答する。いや、彼女の無機質な声音にも、僕にしかわからない程度に疲労の色が滲んでいる。
僕らは、僕らの生みだしたモンスターたちに苦しめられていた。奥に進めば進む程、敵の数は増え、種類も増え、その分手数も増え、道が広くなったせいで死角も増えと、戦闘は次第に厄介になっていった。様々なアリモンスターたちによって、戦力過剰パーティといえど、なかなか苦労させられた。
「ふぅ……。でもまぁ、これでようやく終わりって感じかな?」
シッケスさんが皮袋から水を飲んでから、周囲を確認する形でそう言った。そこには、疲労の色はあっても負の感情は感じられない。
少し前まで、広間のようになったこの空間を、埋め尽くすように犇めいていた五〇を超えるアリたちも、いまはすべて魔石となって床に散らばっている。それを、斥候の二人が回収していた。
流石にこの数を相手にすると、彼ら遊撃だって働き通しだった。だから、そういう雑用は全員でやろうとした。だが、それは二人に断られてしまった。
「魔石を拾いがてら、罠や抜け道がないか、警戒する意味でも一度この広間を隅々まで確認しておきたいんですよ」
「そーだな。あっしら、広間に入った途端に戦闘になりやしたからね。安全確認が不十分っす。皆さんは先に一休みしといてくださいな。あっしらも、回収と確認を終えたら、休ませてもらいやす」
そう言われてしまえば、下手に手伝うとは言えない。僕らの拙い斥候技術では、見落としが怖いからね。ここはプロに任せよう。
「ヒヒヒ。宝石だ。宝石だぁ……」
いま、この面子で一番関わりたくないのは、このラダさんである。
要は、極限まで肥大化した三大欲求並みの欲望が、その顔に出てしまっている状態という事だ。とても近付きたくはない。
「このダンジョンを探索してそろそろ三日ですか?」
ラダさんから目を逸らした先にいたシッケスさんに問うと、彼女は天井を仰ぎながら指を立てていく。
「そだね。たぶんそれくらいじゃない? 食料的には、今日一杯が限界って感じかな? 無理すれば、あと一日いける?」
「無理でしょう。いくら町から近いとはいえ、一食は予備を残しておかないと」
外の様子を確認する手段がない為に、時間間隔が曖昧になっているが、だいたいの探索時間と休憩時間を総合すると、大まかには時間がわかる。
重ねて僕は、シッケスさんに問う。
「倒したモンスターは、だいたい七〇〇から一〇〇〇といったところでしょうか。これって、小規模ダンジョンとしては多い方ですか? 少ない方ですか?」
「うん? ダンジョンの内のモンスターとしては全然少ないっしょ。虫系のモンスターのダンジョンだとしたら、少な過ぎるくらいだね。でもま、できたてだと思えば、多い方なのかな? そこら辺は、こっちにもわかんないや。あんま、弱いダンジョンとか入った事ないし」
「そうですか」
改めて考えると、すごい数だ。これらすべてが、僕らのDPから捻出されたのを思えば、それを自分で狩っていく徒労感ったらない。ただ、バスガルと合わせて二つのダンジョン探索、ダンジョン討伐という実績は、絶対に邪魔にはならない。万が一、万々が一にも、僕らがダンジョン側の刺客であると疑われた際に、反証として使える材料は多いにこした事はない。
「それにしても、疲労感がバスガルのダンジョンよりも強い気がするのは、僕の気のせいですかね?」
問うと、シッケスさんは苦笑しつつも頷いてみせた。
「敵が小さくて弱い分、トカゲよりも対処が面倒なのはたしかだね。こっちも、ぶっちゃけ大きくて強い方が楽でいいよ」
「やっぱりそうですか……」
大きな銅胴アリや青銅アリなんかよりも、小さくて弱い顎アリや羽アリ、糸アリやパラライズアントの方が、よっぽど面倒臭かった印象がある。
まぁ、これらのアリは、小さくて弱いといっても、猫程度の大きさはある。猫大のアリを、小さいと感じてしまういまの僕の価値観は、もうかなりこっちに汚染されてしまっている感がある。
「ゆーて、ショーン君は大活躍だったけどね。ぶちゃけ、ショーン君いなかったら逃げてた場面、ちょろちょろあったし」
「そうですか?」
いやまぁ、それを言われると、弱くて数の多い敵というのは、幻術のいい標的でもある。大活躍と言われれば、たしかにそうだったかも知れない。
「グラはどう? 体力や魔力的に、問題はない?」
手放しに誉められ、面映くなった僕はグラに話を振る。ただの照れ隠しがバレバレではあったが、普通に考えればそれは、真面目に考えなければならない問題である。
グラはこのパーティの砲台役であり、その魔力消費は僕ら全員の生死に直結する。特に、こんな風に物量で押してくる相手ならなおさらだ。
ただし、彼女はダンジョンコアであり、有する生命力は普通の人間と比べものになどならない。
「そうですね。少々疲れましたので、休憩したいです」
ただ、それを知られるわけにもいかず、僕が合図を送ると、それを察した彼女が休息を所望する。タイミング良く、ラベージさんとチッチさんも戻ってきた。
「罠なし。土剥きだしだから、確認が楽なダンジョンだな」
安堵の表情で報告してくるラベージさんとチッチさんに、僕は休憩を提案する。ついでに、ここまで広い空間なら大丈夫だろうと、装具も用意し始めた。
「少し火を焚いて、長めに休憩しましょう。なんとなくですが、この先にダンジョンの主がいそうな気がしますから」
「あ、それこっちも思った。なんてーか、この広間の群れが階層ボスの代わりっぽかったよね。ダンジョンの主の最後の砦って感じ」
「はい。僕も同じような印象を受けました。ですので、しっかり体力を回復させてから挑みましょう」
印象もなにも、僕自身がそういうコンセプトで拵えたのだが。まぁ、もしかしたらダンジョンの主役を任せているヤツが、独自に改変を加えている可能性はないでもない。油断は禁物である。
僕はコンロのような装具を取りだして、薬缶を火にかける。こうして冒険をしてみて分かった事ではあるが、温かい飲み物というのは、本当にリラックス効果というものがある。これがあるのとないのとでは、休憩の成果が雲泥なのだ。
一応念の為にか、グラが通路の方に向けて風の属性術を放っていた。空気を循環させているのだろう。休憩をとる本来の意味は、彼女を休ませる事だった為、本末転倒のような気もするが、必要な処置ではある為、黙っている事にした。
休息は二時間。チッチさんは寝ておきたいとの事で横になっているが、それ以外の面々はこの時間に睡眠をとる必要はないそうだ。ラダさんなどは、目をギラギラさせているし。
休憩中は、各々好きな方法で体を休める。グラなんかは、それで本当に体と心が休まるのかと問いたいくらいに、端然と僕の傍らに正座している。その横で僕は、パーティの面々と雑談を交わしつつ、交流を深めていた。
「――そうですね。僕が好きなのは、神秘といっても手が届きそうな神秘です。【
そう。地球のホープダイヤについても、僕が興味を持ったのは呪われた宝石という点に興味をそそられたからだ。
これが、魔法の宝石とか神々のナンチャラカンチャラだったら、たぶん覚えてはいなかっただろう。僕は、現実と非現実の狭間にあるような、そんな伝説が好きなんだ。
「へぇ。いいじゃん。こっちも好きだよ、そういうの! だったらアレ! 【アジッサ・バウデルの三宝】とかも、ショーン君好きそうじゃん?」
話し相手をしてくれていたシッケスさんも、こういった話は好きなようで、目をキラキラさせながら聞いてきた。ただ、残念ながらこの世界産の伝説には聞き覚えがあるはずもない。
「なんですそれ?」
「えー、知らないの? バチクソに有名なお宝伝説だよ。ボゥルタン王国の前、この辺りが大ヴィラモラ王国だった頃に、バウデル侯爵って人が手に入れた、三つの宝。【カチンカ公の錫杖】【ルー王女の懐剣】【サロメの王冠】を指して【アジッサ・バウデルの三宝】って呼ぶんさ」
「へぇ、寡聞にして存じませんね。我ながら、浮世離れした育ちをしたものでして」
「まぁ、その後はヴィラモラ大王に、三つの宝の内一つを――……」
その後、シッケスさんやラベージさんを交えて、本当にあり得そう、あるいは確実に存在する宝や伝説について語り合った。とはいえ、そもそも魔力の理なんてものが存在する世界なので、『あり得そう』のラインは非常に緩かったが。
ただ、やはり冒険者というべきか、シッケスさんは勿論、ラベージさんもまた、こういったお宝話には目がないようだった。僕ら三人は、こうして少しだけ仲良くなったのだった。
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