第46話 マジックアイテム職人としてのハリュー姉弟

「ハリュー姉弟は、現在一部の界隈で人気を博しつつある【鉄幻爪】の製作者です。護身具としてもアクセサリーとしても使える、マジックアイテムの職人ですね」

「うん。指輪型のマジックアイテムも、護身用の暗器としての指輪という発想も、これまでなかったわけじゃない。【鉄幻爪】だって、本来そこまで物珍しいものではなかったはずなんだ」


 それが、一部とはいえ人気を博しているのは、あの鎧の籠手ガントレットの指部分だけを指輪にしたようなデザインが、あまりに独創的だったからだ。指輪という、本来耽美でしかないものに鎧の無骨さを取り入れるという発想。それに加え、実用的なマジックアイテムとしての機能だ。


「はい。ですが当初は、かなり護身用としての色が強かったようで、注目度は然程高くありませんでした。精々が、ショーン・ハリューの噂を聞いた商人や、実際に使うところを確認した余裕のある冒険者がメインの顧客だったようです。ですが、ハリュー家現執事であるジーガなる人物が彼に仕え始めてからは、顧客のニーズに沿うような改良が施され、人気が高まりました」

「かつてはそのジーガ君も、我々のギルドに所属していたんだよね?」

「はい。ですが本来、彼はハリュー家の所属。商売をするうえで、必要な後ろ盾として我々のギルドに席をおいていたに過ぎません。当然、ハリュー家との決裂に際し、所属をスィーバ商会に移しています」


 思わずため息がでてしまう程に腹立たしい。平然を装うにも、かなりの労力を使う。

 ハリュー姉弟もそうだが、そのジーガという男もなかなかに面白い人物だ。

 我の強い職人や研究者というのは、己の欲求を優先して仕事をしがちだ。資料から推察されるハリュー姉弟もまた、その手の人間だろう。いや、ハリュー姉弟の扱い辛さはおそらく、そんじょそこらの頑固な職人の比ではないだろう。

 そんな姉弟の手綱を取って、商売に適した形に商品を誘導できるというだけで、そのジーガという男は、その他の能力など度外視で手元においておきたい奇貨だ。それが、一度掌中のものであったと思えば思う程、惜しむ思いは強くなる。

 つくづく、この連中の商才の乏しさには呆れてしまう。


「現在、雅な装飾や宝石があしらわれた意匠の【鉄幻爪】は、軍人系の貴族やその奥方、ご令嬢に人気の代物となっております。あとは、領主貴族の方も重宝しているようです」

「なるほど。要は、武張ったお貴族様にとっては、雅なだけの指輪よりも好まれている、って事かな?」

「そのようです。男性貴族の、それも軍人系や領主貴族といった方々は、質実剛健を好み、本来あまりアクセサリーの売買には興味を示されません。ですが、そのような方々であろうとも、どうしても外せない夜会などでは、宝飾を身に付けねば侮られます。有力になればなる程、そういった機会は増えます。それでも、奢侈文弱しゃしぶんじゃく華美柔弱かびにゅうじゃくに淫していると思われたくない方々にとっては、既存の指輪というものは華やかに過ぎました」

「そんな武辺者たちには、鎧を模した指輪というものは、これまでの財をアピールする為だけの指輪よりも、余程彼らの好みに合った物であるようだね」

「はい。戦士としての己の所属、常在戦場の意思を言外に誇示できますから。また、その夫人や令嬢にも同じ物を持たせる事で、虫よけにもなりましょう」

「『わたくしは武家の女ですの!』『軽い気持ちで手をおだしになったら、痛い目見ますわよ!?』って、口にしなくても周囲にアピールできるしね。そうでなくても、あの攻撃的なデザインは、似合う人には似合うだろうしねぇ」

「……ジスカル様、その気持ち悪い令嬢口調はおやめください……」

「え? 面白くなかった?」

「いえ、私が噴き出してしまいそうになるので、二度としないとお約束してください」

「ハハハ。そんな君も見てみたいな?」


 感情を表にだす事は滅多にないライラが、その無表情を崩して破顔するところなど、想像もつかない。きっと可愛いだろう。

 だが、そんな私の思惑を見抜いたのか、早々に話題を転換した彼女は、姉弟についての情報を語る。


「ハリュー姉弟は、職人だけでなく、多くの肩書きを有しています」

「そうだね。弟の方は、魔導術と幻術、それに加えてダンジョンの研究者で、姉の方は魔導術の他にも、魔力の理全般の研究者。そして、上級冒険者でもある。まぁ、よくいるパトロンなしの魔術師って感じだね」


 後ろ盾のない魔術師のなかには、冒険者をしている者も多い。そうでない魔術師も、マジックアイテムの職人となって研究資金を稼いでいる場合が多い。そういう意味では、ハリュー姉弟のやっている事は特段珍しくもない。


「はい。むしろ、研究者と冒険者のついでに、職人をやっているといった方が正しいかも知れません。魔導術の研究と、冒険者としての装備品を揃える為に、マジックアイテムを作っているようですね。実際、彼らの装備品は全身がマジックアイテムで固められ、惜しみなく使い潰すような真似もするようです」


 それはまた、豪気な事だ。ものによっては、金貨数枚、数十枚を溶かしながら戦うようなものだ。まぁ、それはあくまでも売値基準の話で、元値を考えればそこまでの損失ではないのかも知れないが……。


「マジックアイテムとしては六級クラスが多いようだね。それ以外の品は作れないと見ていいのかな?」


 姉弟の情報が記された資料には、判明しているだけの姉弟が作ったマジックアイテムに関する情報も記載されていた。【鉄幻爪】に関しては、商品としては六級のマジックアイテムで、己の魔力で魔導陣を励起させて、【魔術】を行使しなければならない類の代物だ。これが、魔石で使えるようになると五級になり、四級からうえは売買に国の許可が必要になる代物だ。当然その分貴重で、商材としても魅力的だ。


「不明ですが、五級の品くらいなら作れてもおかしくはありません。六級と五級のマジックアイテムは、仕様こそ違いますが、技術的に然程難易度が高まるわけではありませんから」


 たしかに六級と五級のマジックアイテムは、己の魔力で運用するか否かという点であり、必要とする技能と知識はそこまで変わらない。マジックアイテムの等級とは、そこに詰め込まれている技術と知識が基準となっている。……らしい。

 流石に門外漢の私に、それがどこまで厳密に守られている基準なのかは、ギルドの鑑定士を通してみないとわからないが。


「少なくとも、杖や武具だけでなく、装飾品を作れている以上は、マジックアイテムの職人としての腕もたしかなのだろう。つくづく、関係が切れてしまっているのが惜しまれるね」

「はい」


 剣や鎧、杖なんかの大きなものであれば、単純に素材の量が多い為に、それなりのリソースが確保できる。ただの鉄や革では、そこまで魔導術的なリソースは大きくないらしいが、それでも単純に質量と体積である程度はカバーできるそうだ。

 市井の未熟な魔術師なんかは、他所から買ってきた鎧に、そのままの理を刻んでマジックアイテムにして売るらしい。それが、品質にもよるが大抵は八級とされる。

 モンスターの魔導器官をそのまま再利用しただけの十級から、装飾品レベルまで小型化された六級までのマジックアイテムは、機能を維持しつつどこまで術式をコンパクトに畳めるかがその価値の基準といっていい。それ故に、鎧などの大きなものは比較的安価で、体積が減っていく程に高価になっていく傾向が強い。

 勿論、一概にいえるものではないし、三級や二級のマジックアイテムになると、逆に馬車で運ぶのがやっとという代物になったりもするらしい。まぁ、流石に二級のマジックアイテムなど完全に軍用で、一介の商人である私が直接お目にかかる機会など、いままでもなかったし、これからもまたないだろうが。


「それに加え、冒険者としてはダンジョンの主や階層ボスを倒す武力に、ウル・ロッドや【雷神の力帯メギンギョルド】とコネクションか……」


 武力としても人脈としても、なかなかのものだ。資金力とて、【鉄幻爪】やダンジョンの主を倒した報酬を思えば、困窮からは程遠いだろう。なんというか、そつなく防備を固めているといった印象を受ける立ち回りだ。

 とても、数ヶ月前にスラムに住み着いた身元不明の姉弟が築きあげたものとは思えない。


「たしかに武力に関しては、こちらが関与できる要素は薄いでしょう。普通の冒険者であれば、武具の融通という交渉も持ちかけられるのでしょうが、彼らは自前で整えてしまいますから」

「そうだね。こちらからできるのは、精々材料の調達くらいだが、そんなものは他の商人にもできる。――って、その言い方だと、人脈には関与できる余地が残っているって意味かい?」


 私が問いかけると、ライラはこくりと頷いてから話を続ける。


「現在、住民の一部にハリュー姉弟に対する、不穏な動きがあるようです。冒険者の側にも胡乱な連中には悪い噂があり、近々ハリュー家では一波乱ありそうです」

「ほぅ……」

「ウル・ロッドと【雷神の力帯メギンギョルド】はたしかに強いコネクションですが、ウル・ロッドはその性質柄、大多数の住民を敵に回せないでしょう」

「マフィアは、善良な市民がいて初めて、生きていけるものだからねぇ。少数の一般人、チンピラや跳ねっ返り、同じマフィアは敵に回せても、大勢の住民を敵には回せない、か」

「はい。逆に【雷神の力帯メギンギョルド】は、地域との関係が薄く、事態に関与できません。そして、ハリュー姉弟はウル・ロッドと【雷神の力帯メギンギョルド】以外との関係性は、それ程強くありません。精々商人たちとはそこそこの繋がりがありますが、それも今回の件では役に立ちそうにありません」

「なるほどなるほど。そいつはなかなか……」


 淡々と、ハリュー姉弟に降りかかりつつある災厄の火の粉について説明するライラに、私はニマニマと笑みを浮かべる。彼女がなにを考え、これからどう行動するべきだと思っているのか、それを察して実に楽しくなってしまう。

 勿論、その内容そのものも面白いのだが、なにより、彼女も随分とその考え方が商人寄りになってきている点だ。それを思うと、笑いが込みあげてくるのを抑えられなかった。


「うん。なんだか、楽しくなってきたね」


 私はそう言うと、床に蹲る有象無象と床の掃除をお付きの護衛たちに任せて、準備の為に動きだした。ハリュー姉弟の問題を足掛かりに、あの町に返り咲く為に。



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