第51話 撤収と果敢な挑戦

「お姉さま……、これは……」

「私はあなたの姉ではありません。いい加減にしないと、本当にこの人形の横に並べますよ?」

「はいっ! 失礼いたしました! グラ様を姉と呼んでいいのは、弟君だけです!」


 即座にピンと直立不動の姿勢を取るランに、呆れたように嘆息するグラ様。そのいつものやり取りに、なんとなく場の空気が弛緩する。


「しかしながらお嬢、結局のところこいつぁ、いったいどこのどいつの仕業ですかね?」


愛の妻プシュケ】のジョンが仕切り直すように訊ねるも、当のグラ様は興味なしとばかりに納刀する。チンという耳心地のいい音ののち、その音よりもさらに澄んだ声音で、しかしそっけない態度で応答する。


「またぞろ、どこかの国だの貴族だのが、勧誘に寄越した使者でしょう。端からこちらを挑発するのが目的か、はたまた私とショーンとの仲違いを目していたのかは、判然としませんが。なんにしても、愚かな真似ですね」


 冷たい視線と声音で、本物の人間と紛うような精巧な人形を瞥見するグラ様。その視線の冷たさは、側にいるだけで肝を冷やす程だ。グラ様の前で弟――ショーン・ハリューを侮辱する行為は、懸崖から身を投げるが如き真似だ。ましてや、二人の絆に疑義を呈すなど、度を越しているとしか表し得ず、処刑方法を投身から断頭へ変えてくれと懇願するようなものだ。

……牛裂きにされなかっただけ、温情だろう。あるいは、グラ様自身が我慢できなかっただけかも知れないが……。

 しかしなるほど。ハリュー姉弟程の立場になると、そんな輩も近付いてくるのか……。アタシが感じた違和感や不気味さも、この男が作り物の人形だったからだと、いまなら理解できる。

 精巧な人形って、良く見ると不気味だったりするしね……。


「ラン、ウーフー、その残骸も持って帰ります。これだけのものであれば、相応の素材、技術が注ぎ込まれているはずですから」

「はいっ! かしこまりましたっ!」

「はぁーい」


 ごく自然に、それこそ自らの使用人に命ずるように指示を下すグラ様。そこにランが加わっている点には、もはやツッコミを入れるのもおかしいのかも知れない……。もう一人の使用人に命じなかったのは、一目瞭然。彼女はまだまだ子供であり、荷運びには向いていない。


「復路での斥候の手が減りますが、問題ありませんか?」

「大丈夫でさぁ。というか、正直言いまして、二人にはまだまだ危なっかしくて、こっちの生命線を預けるなんてできやせん。俺と、そっちの嬢ちゃんたちで、なんとかカバーしてたんで、危惧するならそっちの嬢ちゃんが取られる方が痛いですね」

「なるほど」

「まぁ、【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の二人は、師が良かったんでしょうぜ。斥候としての腕前は本職並み。これで各々前後衛を担うってんだから、これじゃあ斥候しかできねぇ俺の方が見劣りしまさぁ」


 そう言ってケラケラ笑うジョンだが、これはあくまでもリップサービスの類だ。この人も斥候の腕前はラベージ並みだし、そのうえで前衛で十分に戦える力があるのは知っている。【愛の妻プシュケ】は二人組である以上、ケーシィだけに戦闘を担わせるわけにはいかないだろうし、当然ではあるが……。

 ただ、斥候の技術に関する称賛もまた、嘘ではあるまい。そこで嘘を吐くのは、彼自身の技術の価値と信用を損なう真似だ。アタシたちに対して、ジョンがおべんちゃらを言う理由もない。

 その事に少し、嬉しさと誇らしさで口元が綻ぶ。


「さて、調査は以上で切り上げます。これ以上もたついていると、またぞろ胡乱な輩が近付いてきかねませんし、滞在時間が延びれば延びる程に崩落の危険は高まります」

「よろしいんで?」


 グラ様の宣言に、言葉少なにケーシィが訊ねる。その意図は、露払いが必要であれば自分たちが担うから、グラ様の目的を優先してくれというものだろう。自分たちが不甲斐ないばかりに、依頼主の目的が達成できないなど、護衛の名折れだ。

 グレイと名乗る人形遣いの実力には、底知れないものを感じた。あのまま、グラ様抜きで戦端が開いていたとしたら、勝敗はどちらに転んだか、ハッキリと明言できない。

 それでもケーシィは、グラ様に本来の目的を遂行してくれ、と言っているのだ。だがグラ様は、そんな言葉に首を横に振る。


「必要なデータは既に得ています。危険を承知でこの場に留まり手に入る、膨大なゴミ情報を含んだ詳細なデータの価値と、早々に切り上げて精査した情報と、それで節約できる時間の価値を天秤に懸けたうえでの結論です。勿論、ゴミ情報の中に有益で重要な情報が混じっている可能性もありますが、石くれの山から宝石の原石を探しているような時間を、この状況では無為と私は判断しました」

「了解です。でしたら、荷物持ちに関しては俺が一つ担います。残り一つを交代で担げば、交代で斥候をこなせるでしょう。緊急時には少々手荒に扱うかも知れませんが……」

「そうですか。では然るべく」


 グラ様が頷くが早いか、ケーシィは意気揚々とランから荷物を受け取る。力自慢らしく、軽々と人形の上半身を担いだ大男は、そのタレ目を細めてランに笑いかけた。なかなかに男前なのだが、ランは当然のように礼を言って周囲の警戒を始めた。

 ここはむしろ、あの娘のグラ様に対する態度をみてなお、粉をかけようとしたケーシィの豪胆さに感心するべきか……。まぁ、パーティ名を【愛の妻プシュケ】にした件を思うに、彼らは彼らで相手探しに必死なのだろう。

 女の身から言わせてもらえば、せっかく男前なのだから、そうがっつかなくてもいいと思う。焦ってランのような女と結ばれても、不幸になるだけだ。


 その後アタシたちは、宣言通り早々に撤収作業を終え、ダンジョン跡から脱出した。トポロスタンの町に一泊したのち、再び山越えである。



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