第52話 教会からの客人と探り合い
●○●
「どうも。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりですねオーカー司祭」
本日の来客は、以前顔を合わせた事もある、神聖教のオーカー司祭だ。相変わらず、男か女か外見や声からでは区別がつかないユニセックスな見た目だ。隣には、ずんぐりむっくりといった体型ながら品のいいおじさんもいるが、こちらはオドオドとして最初に自己紹介をしてくれてからは、緊張の面持ちで黙ってしまった。
神聖教からの使者もまた、飛び込みでの面会を断れない相手の一人だ。特に、僕らと教会とのピリついた間柄においては、悠長に『二月後』などと言っていては、その頃には既に抗争が勃発していたっておかしくはない。
まぁ、今回のオーカー司祭は三日前に面会の打診をしてくれたので、カシーラ家の使者のように急で無礼な来客というわけではない。
ちなみに、デトロ家からの話は新領地近くの山間に住まう、蛮族の討伐に関してだった。そちらは伯爵家からの命令次第ではあるが、やぶさかではないと答えておいた。
本当はやぶさかであるが、伯爵家の家臣団としてはそう言う他ない。
元々、デトロ家の一派は、パティパティア以西を領していた有力者たちだ。帝国からの賠償で新領地を得たはいいが、そのせいで再びパティパティア山脈に住まう、高地民族との諍いが再燃するのを恐れているのだろう。彼らは略奪を生業としている者も多いからなぁ……。
以前の掃討で数は少なくなっているようだが、根絶はされていない。この山岳高地民族問題には、帝国もだいぶ頭を悩ませているようだ。
「どうやら、その後もご健勝のようでなによりです。お二人のご活躍は、遠くスティヴァーレ半島にも轟いておりますよ」
世間話の態で、チクリと刺してくるオーカー司祭。まぁ、刺されていると思うのは、こちらに後ろ暗い事情があるからかも知れないが……。
だからそんな思いはおくびにも出さず、僕もにこやかに応答する。
「いえいえ。僕らなど、竜公女殿に比べれば端役程度の活躍でしかありませんよ。ベルトルッチ平野においては、むしろ以前よりも知名度は下がったんじゃないですかね」
実際、酒場で聞くのはベアトリーチェの武勇伝ばかりだ。僕らの活躍も聞かない事はないのだが、やはりどうにも酒の肴にしづらいいらしく、竜公女の話に比べると頻度は低く、盛り上がりにも欠けるとの事。
ただしこれはアルタンでの話であり、サイタン、シタタンではそれなりに僕らの話も聞くそうだ。こちらは結構好意的な噂のようだが、どうにも誇張されて伝わっている節があるらしい。……まぁ、帝国の脅威に直接晒されている地域なので、ある程度は仕方がない。
以上。噂話の調査という名目で【
「竜公女ですか……。その話も聞きますね。そういえば、彼女の鎧がショーンさんのものと酷似していると聞き及んでいるのですが、お二人は親密なご関係で?」
「親密という程のものではありませんよ。ただまぁ、面識はありますし、その関係で鎧兜や武器を融通したのが僕らであるのは、間違いではありません。といっても、お売りしたのは帝国の、フランツィスカ・ホフマンさんでしたけどね」
「フランツィスカ・ホフマン……、先の戦で大戦果をあげた【暗がりの手】の大物ですね。第二王国では【オーマシラの緋熊】と呼ばれているとか……」
「流石にお耳が早い。まぁ、僕らが知り合ったときは、普通の商人として振舞っていましたよ。だから武器その他の商品の取り引きも、ただの商売でした」
その他の商品に、件の竜公女自身も含まれている点は付け加える必要もないだろう。法国がその件を知っていようといまいと、どうせ突っ込んではこないはずだ。当時のベアトリーチェは間違いなく浪々の身だったのだから、相手が第二王国であったところで知らん顔は可能だ。まして遠く離れた法国にどうこう言われる謂われはない。
「…………。先の戦において、お二人は死の園にて、死神を召喚したとか……。帝国では、お二人は死神そのもののように恐れられ、赦しを乞う者までいるそうですね……」
来たか……。こちらの表情を読まんと、じっと見つめてくるオーカー司祭に、軽く微笑んでみせる。隣のおじさんがオロオロしているのとは、随分と対蹠的だ。
まぁ、教会が危惧していた事がそのまま起きたのだから、当然の反応ではある。また、オーカー司祭からは事前に、そのような事があっては困ると忠告までされていたのだ。
とはいえ、教会の意向で僕らの指針を変えるというのは、然してメリットのある話ではない。脅しというデメリットの提示こそあったものの、その他にメリットの提示はされていない。どころか、ツインテ暗殺者を送り込んできたわけだ。
こちらが神聖教に対して、配慮してやる義理がどこにあるという話だ。
「まぁ、一過性のものでしょう。おしっこチビるくらいに心胆を冷やしてやったつもりはありますが、時間が経過すれば帝国の兵らだって、あれが虚仮脅しだったと気付きますよ」
「虚仮脅し、ですか……。帝国の被害は甚大なものだったと聞き及んでいますが? 有名な武人が幾人も、雑兵と一緒に討ち取られたとか……。教会の聖騎士たちも、連日死神対策について話し合い、幻術師を呼んで見解を求めているそうです」
本職の幻術師の見解か。それはそれで、僕も興味はあるな。心理学などという概念すらない世界において、僕らの
まぁ、流石に十年二〇年で追い付かれる事はないだろうが、僕もそちらに詳しいわけではないからなぁ……。
「対策なら、以前戦った二人に聞けば良いのでは? ホラ、あの派手な頭の双子ですよ。彼女らにも死神術式を使いましたし、対抗策を模索するうえでは役に立つのでは?」
「…………」
だからこそ、僕はあえてそこで双子の名前を出しておく。以前張った布石の効果を、ここで強化しておこうと思ったわけだ。まぁ、今後【
死神術式の真骨頂は、あくまでも【
「まぁ、死神について僕らから教会に言える事はありません。以前のお話の続きがしたいのであれば、今後は伯爵家と話を付けてください。この度グラは、正式にゲラッシ伯爵家に仕官いたしましたので。術式の使用に際する制限も、伯爵家、ひいては第二王国と話し合って取り決めてください」
「…………。おめでとうございます」
「ありがとうございます。オーカー司祭からの祝福の言葉は、間違いなく姉に伝えておきます」
必死に渋面を覆い隠した笑顔でお祝いを述べるオーカー司祭に、嫌味なくらいに笑顔を浮かべてお礼を言う僕。二人の姉弟を説得すればすむ話が、国単位の戦力をどうこうする話にまで肥大したのだ。どちらがより厄介かなど、論ずるまでもない。
流石にちょっとやりすぎかとも思うが、この一つ前の接触が暗殺だった件を思えば、この程度の当て擦りは甘受してもらいたいものだ。
「そうだ。本題を忘れるところでした」
オーカー司祭は、パンと両手を合わせて、やや強引に話題を変える。僕としても、このまま話を続けると軋轢が深まるばかりと判断して、それに乗っかる。
「本題ですか? 僕らになにか御用でしたか?」
「ええ。お二人はなにやら、ガラス工芸品をお売りであるとか。ヴェルヴェルデ大公陛下がかなりご執心でお求めになっておられるようですね。せっかくお知り合いにもなった事ですし、ここは是非拙も個人的に求めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それは勿論。ただ、個人的にお求めとなると、予算はどの程度をご予定ですか? 負担のない範囲となると、金貨五枚くらいの品でしょうか? もう少し安いものとなると、あまり品質が良くない日用品となるのですが……」
というより、製作者がグラから僕に代わる。ただ、ガラスは液体みたいなものなので、布みたいな繊維よりかは作りやすいんだよね。ぶっちゃけ、雑巾よりもガラス器や磁器の方が作りやすかったりする。
「いえ、どうせなら最高品質のものがいいのですが。予算については、あまり考慮しなくても大丈夫です」
「いいんですか? ヴェルヴェルデ大公陛下にお売りしているものと同等の品、という事になりますが……」
「ええ、それでお願いします。お金に関しては、それ程お気になさらず。神聖術師という事で、それなりに財布は重たい方ですから」
「そうですか。わかりました」
要は、聖杯の情報を得た教会が、僕らの技術水準について探りを入れたい、という事だろう。ただ、面と向かってそれを言えない事情もあるから、オーカー司祭を窓口にしているというわけだ。
予算に糸目がないのも、それを理由に雑多な品を出されては、彼らの目的が果たせないからだ。
まぁ、当然ながら聖杯を渡すわけはない。そもそも、ヴェルヴェルデ大公にも聖杯は売ってないしね。もし本気で求めるなら、これも伯爵家を通してもらう他ない。
「では、商品の意匠に関して打ち合わ――」
そこまで言ったところで、僕は思わず鼻を押さえた。眼前のオーカー司祭とぽっちゃりおじさんが驚いた表情でこちらを見てくる。しかしいまはそれに頓着している余裕もない。
「――失礼」
それだけ言って、部屋を後にする。
一つわかった事は、オーカー司祭は間違いなく女の子だという事だ……。
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