第67話 賞品の行方
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ガヤガヤと騒がしい、明かりの乏しい店内。時刻は既に夕方を過ぎて、すっかり日も暮れた頃合い。冬という点を鑑みても、おそらく午後七時くらいだが、薄暗いという印象は一切ない。この陽気な雰囲気が、そう感じさせるのだろう。
あちこちで酔漢たちが大声をあげては、なにが楽しいのか笑い声をあげている。時折こちらに視線が飛んでくる事もあるが、大抵は見て見ぬフリをして仲間との話に戻っていく。
楽し気にアルコールのもたらす解放感に耽溺する空間にあって、僕らのつくテーブルだけが異様に静まり返っていた。着席しているのは、僕、グラ、セイブンさん、シッケスさん、そしてティコティコさんである。
「さて……」
重苦しい卓の空気を変えるように、口火を切ったのはセイブンさんだった。だがそれも、実に気まずげで先が続かない。彼としても、この状況を持て余しているのだろう。
それでも、自分が音頭を取らねば始まらないと判断したのだろう。やや無理矢理といった調子で、話の向きをティコティコさんに向けた。
「ラヴィ……、勝負の前の口約束の件だが……」
「ああ、アレか……。あー……、別にもういいや」
「え?」
「え?」
「え?」
セイブンさんが重々しい口調で切り出した話題を、琥珀色の蒸留酒を舐めつつ手を振ったティコティコさんが一蹴する。その態度にセイブンさん、僕、シッケスさんが目を丸くして驚く。
そんな僕らに、ヒヒヒと意地悪そうに笑いながら、グイッとショットグラスを呷ってから、ティコティコさんは続けた。
「どうせただの口約束だ。そもそも、当人以外を負かして男を抱くってのも、趣味じゃねえしな。吾もあの場のノリで言った事だし、グラもグラで良くわかってなかったみてぇだからな」
「「「…………」」」
僕としては心底から安堵するところだ。そもそも、もしも彼女が是が非でも僕の子種を欲するようであれば、しばらくはのらりくらり時間を稼いでから、どこかに姿を消すというのも選択肢にあった。
だが、あまりにも聞き分けの良過ぎるティコティコさんの言葉を、素直に受け取れないという思いもある。その考えは、この場に集ったティコティコさん以外の面々も同様だったらしい。
懐疑的な八つの視線に貫かれて、居心地悪そうに眉根を寄せるティコティコさん。
「あんだよ?」
「いや、姐さん。随分聞き分けがいいなって……。それって、もうショーン君を諦めたって事?」
シッケスさんが、僕らの疑問を代弁してティコティコさんに問うてくれる。
「んなわきゃぁねえだろ! 腕っこきの幻術師なんつーレアな種、そうそう諦められっかよ。ただまぁ、いまは吾、グラのお陰ですんげー気分がいいからな!」
そう言って豪快に笑いつつ、次の酒を注文するティコティコさん。程なくストレートの蒸留酒が、ショットグラスで運ばれてくるが、その数は五つだった。
「ここで、ショーン抜きでその操をどうこうするって話し合っても、吾もあんましノらねぇし、ショーンからの心証も悪くなる。だったらまぁ、いまはいい気分のままに、懐の深いところを見せといてやるよ!」
「はぁ……」
なんというか、ギャンブルで大勝ちした人が、友人知人に奢るような気分なのだろうか。まぁ、それで貞操の危機から脱せたのであれば、僕としては万々歳なわけだが。
「ただ、いずれショーンが子作り可能な年齢になったらよ、そんときこそ手合わせしようぜ! そんで、吾が勝ったらショーンの子を胎に宿す。そんとき、グラは文句を言わねえ、そういう取り決めでどうよ?」
「…………」
これでもかと言わんばかりの仏頂面で、承服しかねると態度で示すグラ。だが、先の立ち合いの一件もあって、嫌だとも口にできずにいる。
流石にグラも、ここにきて先のスラングの意味を理解しているのだろう。だがそれでも、勝負の結果は受け入れているのか、いつもの舌鋒は鳴りを潜めていた。
「まぁ、そういう事なら……」
なので、代わりに僕が答えておく。実際のところ、いますぐと言われても困るが、永遠に先延ばしできない問題でもあるのも事実なのだ。
「……そのときまでに、ショーンをあなたに負けないだけの猛者に育て上げます」
「おうよ! それでいいぜ! 吾もどうせなら、より強くなった
負け惜しみのようにこぼすグラだが、個人的にはここで敗北しておくのは、いい経験だったと思う。グラの場合、なんでも出来すぎるところが、敵である地上生命全般に対する低評価につながっていた。
必要以上に過大評価する必要はないが、然りとて敵を侮るのは足を掬われる原因になる。少なくともこれで、無警戒に僕という存在を賭け皿に乗せるような迂闊な真似は、しなくなるだろう。
これで学ばないようなグラではない。
「ショーンであれば、あなたなど一捻りにしてくれると確信しています。精々、死なないように事上磨錬に努めなさい」
「おうよ! ひとまず、剛心術の鍛錬からだな! グラ、どうすればいいと思う?」
「私に聞いてどうするのですか……」
「いやいや、実際よォ、お前の使ったあの空間は厄介なんてもんじゃなかったぜ? つーかアレ、ホントに幻術だったのか?」
「ええ。ショーンが一から作った、オリジナルです。まぁ、他にも様々な理が織り込まれている為、純粋な幻術かと問われると、やや首を傾げるところですが」
「だよなぁ! 吾の剛心術でほとんど抵抗できなかったもんよ! 術師の為のフィールドを作り、前衛戦士に対する徹底的な妨害だもんなぁ。オマケに、あの空間内でのみ使える幻の魚だ」
「ええ。私も近接で闘う事が多いですから、あの術式の厄介さは重々承知しています。だからこそ、最後のあなたの疾駆には、肝を冷やしました」
なんか、アレだな。随分仲良いな、この二人。一度拳を交えた関係だからだろうか? グラも、いつになく胸襟を開いているように思えるし、ティコティコさんもティコティコさんで、いまは僕なんかよりグラの方に興味津々といった感じだ。
たぶんいま、ティコティコさんの中で、僕という存在よりも、グラという強者の方が重要度が高いのだろう。寂しくなんかないんだからな! ……いや、マジで……。
「ひとまず、一件落着というところでしょうか?」
僕は話に夢中になっているグラとティコティコさんから視線を外し、隣のセイブンさんに問いかける。彼は一つ嘆息すると、意図を測りかねるような肩をすくめるジェスチャーで応答した。
え? 終わりなの? そうじゃないの? ハッキリして欲しいんだけど、そこんところは。
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