第13話 義手の幻術と便利な手

 僕の問いかけに、シュマさんは首を傾げた。


「どのようなもの? だから、手に見えるような幻をお願いしてる」

「触覚や、他者が触れた際の感触を錯覚させるようなものは必要ありませんか? 音はどうします?」


 シュマさんの義手の大部分は、恐らくは、なにかのモンスターの骨を加工して作ったものだろう。象牙細工のような、光沢のあるつるつるとした、無機質な見た目だ。指先には、細かい作業の為だろう、なにかの革が貼り付けられている。

 常は厚手の革手袋をしているようで、僕に見せる前には脱いでいた。だがやはり、手袋をしたままでは困る状況というものは、往々にしてある。特に、食事時に作業用の手袋では、いろいろと困るだろう。

 見るからに無機質で硬質な見た目であり、なにかにぶつかれば当然、硬い音がするだろうし、触っても当然、肌と肉の持つ温かく柔らかな感触など返ってこないだろう。

 僕はそう思って、先の提案をしたのだが、シュマさんは目を丸くし、ジスカルさんも外連味のない驚きを顔に表していた。


「そんな事、できるの?」

「材料次第ではありますが、可能不可能かでいえば可能ですよ」


 なにを驚いているのだろう? この程度は、幻術ならできて当然だろう――などと、まるで無自覚系イキり無双主人公のような事を考えたが、普通の人の幻術に対する印象は、まず第一に詐欺等の犯罪に対する警戒心で、次に地味な医療用途といったもののはずだ。

 まぁ、義手を人の手のように見せるというのは、ある意味では医療的な用途だろうが、そう思ってしまうのは、僕に地球の価値観が残っているからだ。こちらの世界の人にとっては、そんなマジックアイテムは、酔狂か金満な嗜好品といった扱いなのかも知れない。

 たしかに、先に述べた効果をすべて一つのマジックアイテムに載せようとすれば、材料は一級品を厳選せねばならない。料金的にも、かなりのものになる。ただまぁ、材料費に関しては、カベラは持ち込みという手もあるし、それならかなりの料金が圧縮可能なはずだ。

……それでも、なかなかのお値段にはなるだろう。こっちとしては、技術料は銅貨一枚たりともまからないし、ジスカルさんもカベラの看板を掲げている以上、ケチ臭い事は言わないはずだ。


「本当に?」


 念を押してくるシュマさんに、僕は頷く。ここはいっちょ、幻術のイメージアップに努めようか。


「そもそも、幻術というのは自他の精神に影響を及す魔力の理です。だから、突き詰めていけばだってできますよ」


 僕はそう言って、指を一本立てると、開発してから一日と空けずに使い続けている為にかなり手慣れた幻術を発動させる。杖なしで魔力の理を刻み込み、詠唱する。


「【便利な手アドホック】」


 即座に、僕の背中から腕が生える。そう、先の騒動でマス君を相手にした際に使った、羽のように生える三本の腕だ。まるで肉を食い破って現れたような演出は、今回はナシ。勿論、あえて自分に痛みを錯覚させるような幻術も使わない。

 アレは基本的に、相手にビビってもらう為の演出装置だ。言ってしまえば弾けて血糊が飛ぶ仕掛けの施された、ジャケットのようなものである。その為に、実際に痛みを感じさせるというのはやり過ぎかとも思うが、人間ってのは相手の苦痛を感じ取りやすい生き物だ。実際、マスも僕の苦悶の表情にビビり倒してくれた。

 眼前で突然、片方の背から三本も腕を生やす異形と化した僕に、ジスカルさんは勿論、護衛のライラさん、シュマさん、こっちの使用人であるミルとクルまでもが、呆気に取られたような表情で固まっていた。いや、固まっているというより、顔面蒼白といった感じか。


「見た目はアレですけど、実際のところコレ、すごく便利なんですよ?」


 釈明するように、僕は【便利な手】をフォローする。いや、実際結構重宝するんだよ。資料を参照したくなった際、別の資料を漁っている間、元の資料を保持してくれる。ペンや定規、分度器にコンパスだって持ってくれる。流石に文字を書いたり、角度を測ったりまでは無理だが……。マジックアイテム作りでも、道具や材料を持ってくれたり、なにかを押さえるくらいの手伝いなら可能だ。超便利っ!

 戦闘時にだって、武器の換装にはそれなりに役立ってくれる。まぁ、殴りかかったりしようものなら、反動どころか武器を振る遠心力で、腕が折れるくらい脆いのだけが玉に瑕だ。

 見た目のおどろおどろしさとは裏腹に、あまり戦闘で役立つような幻術ではない。いやまぁ、ハッタリとしては結構使えるというのは、以前の戦闘で判明したわけだが……。


「この幻術は、指先の感触をきちんと僕にフィードバックします。だから、きちんと適切な力量で物を把持し、保持できます」


 これ結構重要な事なんだよね。ガラスコップを割らず、落とさず、こぼさず保持するっていう行為を、一からプログラミングしてなにかしらのマニピュレーターにやらせるって、滅茶苦茶手間のかかる作業なのだ。【魔術】でゴーレムが作れるのに、労働力としての奴隷がいまだに重宝されているのは、その辺りの調整が大変すぎて、非効率だからだろう。

 だが、幻術は違う。この腕は、きちんと自らの感覚がつながっており、触覚も痛覚も存在する。コップを持ち、落とさず、割らず、こぼさずに保持し続けるという行為を、面倒なプログラミングなどを無視して、自分の感覚で行えるのだ。

 まぁ、グラに任せたら、そういうプログラムもすぐに組んじゃいそうだけどね……。

 ちなみに、【便利な手】の痛覚はかなり鈍麻している。流石に、ものを振りかぶっただけで折れるような脆い腕の痛覚を、一〇〇%フィードバックするのは危険すぎるし、不可能だ。戦闘時に使う点を考慮すれば、それは単に弱点を増やしているだけでしかない。


「それが幻術?」

「そうですよ」


 恐る恐るといった態で訊ねてくるシュマさんに、にこやかに応える。幻術のイメージアップには失敗したようだが、せめて利便性からの好印象を勝ち取ろう。


「幻術なのに、触れる?」

「幻術とはいいましたが、属性術の理も少し含んでいる、複合的な術式になります。故に触れますし、触った感触が双方に伝わるようになってもいます」

「ふぅん……」


 どうやら安全らしいと判断したのか、興味深そうに近付いてきたシュマさんが、まじまじと僕の背から生えた三本の腕を観察する。


「触ってみても?」

「あまり強くでなければ。叩いたりすると、簡単に折れてしまう程度の強度なのでご注意を」

「ん。気を付ける」


 シュマさんは恐る恐る、義手の指先でその腕を突く。まるで人間のそれとでも言わんばかりに、指先が肌に沈み込むのを確認するシュマさん。外から見る分には、完全に人の肉体であり、実際に触ってみても遜色はないだろう。

 その辺り、一応こだわって作ったのだから当然だ。


「ライラ。握手してみて」

「え゛っ!? わ、私がか……?」


 シュマさんの頼みに、ライラさんは露骨に嫌そうな顔をした。どうやらいまだに、この不気味な姿に戸惑っているようだ。いや、わかるけどね。


「シュマ、手の感触忘れた。手と手を握って違和感がないようなら、間違いなくこれはすごい幻術。シュマも欲しい」

「いや、まぁ……、すごいというのはわかるのですが……」


 なおも気乗りしなさそうなライラさんだったが、彼女の不安はたちまち解消される。僕の背から生えている手と、ジスカルさんが握手をしたから、彼女が握る必要がなくなったのだ。


「なるほど。たしかに手の感触ですね。ただ、まるで赤ん坊の手をそのまま大きくしたような感じです。そこは少し違和感でしょうか」


 彼は、無邪気にも思える表情で、幻の腕をしげしげと観察しつつ、実に興味深い所感を教えてくれる。僕はそれに、ついつい眼前の状況も忘れて突っ込んでしまう。


「ほぅ。興味深い。それはどういう意味です?」

「肌が本当に滑らかで、手荒れどころか、一度も代謝を経験していないかのような、まさしく無垢な感触とでも言えばいいのでしょうか? 筋肉すら最小限に思える程に柔らかく、またタコなども一切ありません。正直、握手をした瞬間、慌てて力を緩めてしまいましたよ。外見は大人様の手でしたからね」

「ああ、なるほど」


 大人の手だったのは、単純に小さいよりも大きい方が便利だからだ。別に赤ちゃん肌を意識して作ったつもりはないが、よく考えれば肌の触感を再現する事に固執しすぎて、そこに肌荒れや毛、角質や垢、いぼ黒子ほくろなんかを再現する努力はしなかった。いや、別に要らないし、今後もそんな無駄な事に労を割くつもりはないが。

 だがなるほど。なんのノイズもなく、肌と肉のイデアルな感触を相手に錯覚させると、卵肌の感触になるわけだ。いやまぁ、僕も触った事はあったんだけど、自分で作ったからか「こんなものか……」と思い、そういう感想には至らなかった。


「ジスカル様。未知の【魔術】に、不用意に触れられるのは、あまり……」


 ライラさんが苦い顔で注意を促す。まぁ、この人が躊躇したせいだし、そこら辺後ろめたいのだろう。


「ごめんごめん。私も、ショーン様のオリジナルの術式という事で、興味があったんだ。なにより、既にシュマが触っていたしね」

「手の感触だったなら、シュマはもうなにも文句ない。それでお願い」

「わかりました。音はどうします? そのままでは恐らく、見た目だけは誤魔化せるでしょうが、なにかにぶつけた際や、カトラリーや道具を触る際に周囲に不自然さを覚えられるかと」


 僕の指摘に、シュマさんが考え込んでから、チラリとジスカルさんに流し目を送る。やはり、出資者は彼なのか。どうして、護衛であるシュマさんの義手を覆う幻術のマジックアイテムの資金を、彼が出すのかはわからない。まぁ、十中八九僕の技量をたしかめる為とか、コネクションを強める為だろうが……。

 彼は柔和な笑みのまま、鷹揚に頷く。次の瞬間、シュマさんはパァっと花が咲くように笑みを浮かべた。可愛い。


「じゃあ、それも!」

「わかりました。ただ、肌の感触や音の幻は、生命力の理で簡単に破れてしまうものである点を、予めご了承ください。強い衝撃を加えた際にも、恐らくなんらかの不具合が生じるでしょう。戦闘時にいつまでも、相手を誤魔化しきれるものではないと思っておいてください」

「わかった。大丈夫。そもそも、外での戦闘時は手袋つけてるし、シュマが警戒しているのは、室内で不意打ちしてくる敵」

「なるほど」


 そうなると、ジスカルさんの護衛における、必要経費でもあるわけだ。彼が料金を負担するのも、探りを入れる為だけというわけでもないのだろう。いや、自らの安全性を高めるついでに、こちらの腕前も見ておきたい、程度興味かも知れない。

 その後もいろいろと、料金その他の交渉を重ねて、義手を覆う幻術のマジックアイテムを受注された。なお、予想通り一切値切りはされなかったが、これまた予想通り材料は持ち込みだった。



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