第61話 巨人の剣
冒険者ギルドから程近い空き地。訓練場として使用される他、大勢の冒険者を招集しなければならない際に用いられる集合場所だ。まぁ、ギルドじゃ手狭だしね。
いまはそんな訓練場に人だかりができつつあった。ティコティコさんという、良くも悪くも目立つ人のせいでもあるが、グラもグラで目立つからね。そんな二人が一触即発の雰囲気で対峙していれば、観衆の耳目が集まるのも当然だろう。
いつもの黒と赤を基調としたドレスに、刀だけを佩いた軽装すぎる姿ながら、全身から放たれる針のような闘気は、まさしく臨戦態勢である事を物語、近寄り難い空気が漂っている。
対するティコティコさんは、楽しげに全身をほぐしているところだ。こちらも際どい服装のままであり、胸回りも腰回りも無防備に過ぎる。そのせいで、めちゃくちゃ目のやり場に困るのだが、観衆が彼女を見る目に好色の色は薄い。それだけ、北大陸においては、ウサギは忌避の対象なのだろう。特に、異性のウサギは……。
正直、北大陸の慣習に疎く、偏見のない僕だって、ちょっとティコティコさんにはウンザリし始めているくらいだ。その気持ちがわかると言うとやや人種差別的ではあるが、実害を被っている彼らを批難もできまい……。
彼女の傍らには、長身の彼女の身長に近い長さの直剣が、革の鞘に収まったまま地面に置かれている。あんなの、もうほとんど槍だろう。持ち手が柄しかないなら、逆に扱いにくいのではないかと心配になる。
「おい、なんだってウサギがいんだよ!? ふざけんな! 俺は帰る!」
二人の準備が整うのを待っていたら、わらわらと訓練場に集まってきた人々。ほとんどは冒険者だろうが、そうでない者もちらほらと見受けられる。そんな観衆から、戸惑いと嫌悪の声が聞こえてきた。すぐさま、別の男がフォローする声も続いた。
「バカ。あれはいいんだよ。【
「それに、白だしな。茶よりはマシだ……。たぶん……」
やはり、北大陸に侵出している所謂北ウサギの方が、忌避感は強いらしい。ティコティコさんの新雪のような髪色は、そういう意味ではいいトレードマークなのかも知れない。まぁ、その髪の間から、立派なウサ耳が飛び出しているので、一長一短だが。
「なんでウサギと俺たちの天使がやり合うんだ? そこんとこ、事情に詳しいやつぁいねえのか?」
「なんでこんなときにチッチもレヴンもいねぇんだよ!」
「俺、少し知ってるぞ。少し前にあのトゥヴァインとグラ様、そんで【
「でも、あっちにシッケスもいんぞ。その隣には弟もいる」
「あ、ホントだ。シッケスは、弟争奪戦に負けたのか?」
これまでは目立つ二人に集中していた観衆の目が、僕とシッケスさんの方にも向けられる。そこには、妬み嫉みの感情も混じっているが、気にしていたらキリがないので無視しておく。
「クソ! あんなガキのどこがいいんだ!」
「金があって、強くて、頭もいいところじゃねえかな……」
「なに一つ持ってねぇよ、チクショウめ!」
「嫉妬で人が殺せたら、アイツはもう一〇〇回は死んでるで……」
「一〇〇で利くかっ! くそぉ、そんだけ持ってんなら、せめてブサイクであれよ! グラ様そっくりのキレイな面ぁしやがって!」
冒険者たちのやっかみを聞きながら、僕は大きく嘆息した。
「いい気なもんだ。じゃあ代わってくれって言ったら、一目散に逃げるだろうに……」
隣のシッケスさんが、苦笑交じりに同意してくれたが、君だって頭痛の種だってわかってる? この争奪戦に加わろうとしてたよね?
「ウサギは怖がられてるもんねー。一回でも手を出せば、搾り取られてミイラになる、なんて言われてたりするし」
ウサギが怖がられているのは、自業自得だと思う。実際に、戦場において被害者がいるのだから、偏見は甘んじて受けるべきだ。
そんな事を、当事者でありながらもはや事態に介入する術のない、哀れな賞品である僕は思う。まったくもって他人事ではない。
「あながち、ただの噂ではないのでは?」
「ハハハ。ないない。ウチの独身男連中がたまに相手してるし、それで生きてるんだから、流石に姐さんもその辺は手加減してくれるって」
あくまで、手加減してるからなのか……。本気で相手をするなら、ミイラも覚悟しなければならないのかも知れない。どう考えたって、生前から引き継いで十数年童貞である僕の手には余る性豪である。
「そっちで完結してもらえませんか? 【
「それとこれとは話が別なんしょ。姐さんからすれば、一夜の相手は誰でもいいけど、適当な男の子種で孕みたくはないって。こればっかりは【
「【
「うーん……。そういうこっちゃないってかー。わっかんないかなぁー。自分が認めた相手の子しか胎に宿したくないってのは、種族問わず女の共通認識だともうけど」
正直わからない。あれだろうか? 所謂、白馬の王子様や三Kを求める思考に近いのだろうか? あるいはもっとロマンチックに、愛し合う人としか
性に奔放な二人からは、程遠いように思える思考だが……。いや、流石にシッケスさんとティコティコさんを同列に扱うのは、ちょっと失礼かもしれない。少なくとも、シッケスさんはこちらの迷惑を考えて、普段は控えてくれている。
「はぁ……」
考え疲れて、僕はため息一つで思考をぶん投げた。正直、この件でこれ以上思考のリソースを使いたくない。当事者じゃなければ、勝手にやってくれって感じだ……。正直、いくら性欲が戻ったとて、この感情がプラス方面に振れるのかという思いがある。
時間とともに冷めていく僕とは裏腹に、訓練場は徐々にボルテージをあげていた。
娯楽の少ないこの世界において、決闘は数少ない娯楽なのだ。港湾都市ウェルタンでは、闘技場での興行が行われているそうで、そこそこ人気を博しているらしい。ティコティコさんの故郷である、ウサギ帝国に至っては、国家事業として武闘大会が開かれているそうだしね。
さっき、ウル・ロッドの下っ端が、この決闘を賭けにしてもいいかと、挨拶に来たくらいだ。勝手に賭け事にして、あとで問題になるのを恐れたのだろう。
大勢の観客が見守るなか、そんな視線をそよ風程度にしか感じないのか、準備体操を終えたティコティコさんが快活に口を開く。その手には、件の長直剣が把持されている。
「よぉし! 準備完了だぜ!」
「騒がしいですね。最期のときくらい、そのくだらない人生を振り返って、後悔と羞恥に悶えていればいいでしょうに」
グラが、常よりもいっそう冷たい声音と瞳で、ティコティコさんの反応を切って捨てる。だがそこで、そんな発言に注意を入れたのはセイブンさんだ。
「グラさん。一応、今回の決闘は互いの命を奪わないルールの下、私が
二人の間に立つセイブンさんは、やや疲れた表情ながらも、きちんと注意をしている。二人が防具を使わないのも、寸止めが前提の決闘だからだ。軽傷の場合は回復は可能だしね。
セイブンさんは、僕らと【
僕も【
とはいえ、ティコティコさんの戦闘能力そのものには、興味があるのも事実だ。そこだけは、きちんと観察しよう。
そして僕は、一級冒険者パーティ【
【
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