第132話 満点合格
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「【
グラが僕に幻術を施す。
「【
僕もまた、同じ術をグラにかける。強制的に心を平静に保つ幻術だが、副作用として生物として当然あるべき危機感や、本能に根差した嫌悪感や恐怖心が欠如してしまうのが難点だ。冒険者としての活動中や、戦場で使うには、あまり好ましくない幻術である。
だが、この眼前の光景や【
以前のように【
だからまぁ、こんな状況で決闘を申し込まれても、非常に困る。なにより、僕らは【
プラチナで誂えられた腕輪に、イリジウムの鎖がつながったアクセサリーが、僕らの動きに合わせて、シャラシャラと耳心地のいい音を奏でる。アクセサリーとはいうが、鎖がイリジウムな時点で拘束力としても十分なものがあるだろう。少なくとも、この鎖で吊り下げられたら、僕は自力で脱出できる気がしない……。もしかしたら、攻撃にも転用できるかもしれないな。
この【
【
「それにしても、酷い光景だ……」
腐乱死体が散乱する戦場は、ハッキリ言って僕にとっても不快である。もしも【平静】を使っていなかったら、盛大に嘔吐していただろう。
なによりヤバいのは、この匂いだ。というよりも、【
「そうですか?」
だが、僕の正面に立つグラは、平然とそんな事を言って首を傾げている。こういうところを見ると、やはり僕とグラは根本が別の生物なのだなぁ、と実感する。
僕は腐臭や、そこにたかる虫、湧く蛆に対して、非常に強い嫌悪感がある。【
対して、グラにとって死体が腐るのは当然の事であり、そこに虫がたかるのも自明の理としか考えていない。むしろ、屍肉を分解してくれるスカベンジャーとして、益虫と見ている節すらある。腐臭すらも、彼女にとってはそこまで不快ではないというのだから、正直驚いた。
まぁ、栄養の摂取方法の違いや、病にならない体を持つが故の差異だろう。少なくとも、服に腐臭がつくのを厭うくらいには、好ましく思ってはいないそうなので、根本的な価値観の相違にはつながらないはずだと楽観している。
「僕が、無防備にこれを食らったらと思うと、戦々恐々だね……。正直、こうして目の当たりにしているだけでも、かなりの精神的ダメージを食らう……」
「そういうものですか。しかし、あなたにすらそうまで言わせしめるのですから、人間どもに対しては、非常に有効だと考えていいのでしょうね」
「まぁ、そうだね……」
嬉しそうに笑うグラだが、その常人には無表情にしか見えない笑みにも、情けない事に僕は一〇〇%の笑顔を返せず、苦笑する。
たしかにこれは、ダンジョンコアにとっては効果が薄く、人間にとっては効果が絶大な死神術式といえる。僕らにとっての切り札にもなり得るだろう。特に、嗅覚という五感の一つから、死と腐敗を連想させる幻覚は、幻術師としても興味深いアプローチだった。
だが、やはりこれは……――
「グラ、お願い」
「はい。【
ふぅ……。胸中にジワジワと湧いていた不安や不快感が、スッと引いていく感覚が心地いい。流石に【
ちなみに、僕が三回使う間に、グラに使うのは一回という感じだ。それも、かなり安全マージンをとって、グラに要求される前に僕が自主的にかけているに過ぎない。
普通なら、一度使えば危機感の欠如から危うい真似をしかねないと、その場で冒険を切り上げるような幻術であり、絶世の美女の裸を目にしても息子が反応しない、不能魔術と揶揄される程の幻術なのだが……。
「さて、どうでした私の死神は?」
グラが、自信があるテストの点数を教師に訊ねるような声で、僕に問うてくる。それに対して、僕は肩をすくめて苦笑する他ない。
「うん。文句の付けようがないね。【
そう。この【
押さえておかなければならない要点は二つ。人間に、死を実感させる幻術である事。そして、ダンジョンコアにとって、あまり効果的でない事だ。前者はともかく、後者に関して匂いに目を付けたのは、流石の慧眼といえるだろう。
おかげで、こっちはSAN値をゴリゴリ削られてしまったが……。
【
最近の僕の研究資料は、もっぱら日本語で記されていたりする。こっちに、根本となる言語の基礎すらないので、暗号としてかなり便利なのだ。僕にとってはネイティブだしね。
そして、僕の研究資料を読む為に、グラも日本語を勉強している。彼女の学習能力なら、僕が覚えている漢字や文法くらいなら、すぐにマスターするだろう。いまハマっているのは、どうやら同音異義語らしい。
なんというか、ちょっと駄洒落っぽいと思ったのは内緒だ……。僕だったら、死神じゃないけど、アスタロトとか付けちゃうかなぁ。流石に、バビロンとは名付けなかっただろうけど。アスタロトは、ベルゼブブの側近である蠅騎士団の一員としても語られてるし、逸話的にもピッタリだったかも知れない。
あるいは、もっと神性を強めてアシュテレトか、古代のギリシアやローマっぽくアスタルテーかな。アスタロトだと、どうしても悪魔っぽいからね。いや、アシュテレトもアスタルテーも別に死神じゃなく、バアルと並び称される豊穣の女神だけどさ……。
ちなみに、あの仮面は、完全にアスタロトの名残である。
「コンセプトを決めたのちは、随分とショーンにも手伝ってもらいました」
「あくまでも、細かなディティールを仕上げただけさ。間違いなく、これはグラが作った術だよ」
「はい」
嬉しそうに破顔したグラに、僕も今度こそ混じりっけなしの笑みで応える。阿鼻叫喚の地獄絵図のさなかにあって、その笑顔は異質でありながら、彼女という存在を良く表していた。
「ですが、やはり私の感性では、性能がややモンスター寄りですね。ショーンの作った【
「いやいや。十分に及んでいるって。むしろ、超えているまであるね」
少なくとも、僕はこんな術式は、考えついても実際に作りはしなかっただろう。この術が有効なものであると、実際に目の当りにしたら理解はできるが、その前段階の時点で、無意識に選択肢から除外していたに違いない。
嫌悪感が無意識に与える影響というものを、僕は今日実感した。
それからも僕らは、しばらくは【
そうこうしている間に周囲は静かになっており、帝国軍は遠方の土煙の奥に去っていた。
あれ? 伯爵軍の追撃は?
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