第133話 迷宮支配者

「はは……、は……ッ、アハハハハッハハハッハッハッハッハッハ!!」


 私は思わず膝をついた姿勢のまま、大きく笑い声をあげる。だがそこに、喜色など微塵もない。

 当たり前だ。いま、私の胸中には怒りしかないのだから。


「お、おい! どうした魔術師? なにか異変を感じ取ったなら教えろ。このトンネルの再開通は、我々帝国の命う――」

「黙れ、人間ッ!!」


 私は怒りのままに、立ち上がって腕を振るう。その手に把持した刃が、ここまで案内を任せた帝国兵の喉を切り裂き、鮮血の花を咲かせる。


「お前らの国だか巣だかが、滅亡しようが勃興しようが、どうでもいいんだよ!! 帝国なんざ、つい最近できたばかりのあばら屋だろうが! 潰れたら、また別の国でも作れカス!! いや、作んな! そのまま絶滅しろ下等生物が!! んな事より、いまは重要な事があんだよ!」


 物言わぬ骸となった兵士の死体を踏み付け、罵り、最後に唾を吐きかける。

 ああ、清々せいせいした……。人間なんぞに話しかけられると、心底虫唾が走る。まして、この私に命令するなど、下等生物にあるまじき増上慢だ。甚だ不愉快である。

 いくら人間社会に溶け込む必要があるからといって、この生活環境はなかなかに不健全だ。たまにこうして、そのストレスを発散させなければ、気を病んでしまう。

 とはいえ、いまはボウフラにも劣る、そんな下等な地上生命の事などどうでもいい。眼前のこの光景こそが最重要だ。


「薄々そうじゃないかとは思っていた。バスガルとの戦い方、その後の事の収め方、他のダンジョンコアとの折衝、宝箱、名前! どれもこれも、示唆するのは一つの事実だったのだ……」


 だが、私はあえてその答えから目を逸らした。直視したくなかった。信じたくなかった。よもや、あのような事が、二度もあるだなどとッ!!


「しかし、もはや事実は覆しようがない。眼前のこの状況こそが、なによりの証拠だ……っ」


 私は脱力して、ソレを見る。もはや、何物でもないその洞窟。南パティパティア山系、オーマシラ連峰の山肌の一部に穿たれた、ただの穴。だがそこに、我々ダンジョンコアにとっての、生命力とも呼ぶべきエネルギーが蟠っているのである。

 普通に考えればあり得ない事だ。ここが、他のダンジョンコアが保有する元ダンジョンで、その者がダンジョンを放棄したというのならば、当然エネルギーとて抜き取っていく。ダンジョンコアが討ち取られたのちの、人間どもがと呼ぶ、ダンジョンの残骸というのが一番近い状態だが、だとすれば、ただの穴ではおかしいのだ。

 開口部が二つもあり、最奥と呼ぶべきもののないダンジョンなど、ダンジョンと呼べるものか。あり得ない構造だ。

 だが、ある意味それも当然だ。帝国は、ここをただの道として利用していたのだ。端から、だったのだ。

 その事が意味するところは、もはや一つ。


「また現れたな、迷宮支配者ダンジョンマスターァッ!!」


 私は叫ぶ。天に向かって。その先にいるであろう、何某かに向かって。吠える。がなりたて、吠えたて、問い質す。だが当然、答えが返ってくる事はない。

 大いなるイデアと同等であろう相手が、私のような塵芥の如き矮小な存在の問いに、答える事などあり得ない。私も、必要がなければ人間などと、話したりはしないのだから、当然だろう。


「はぁ……。まぁいい。無駄な事に労力を費やすなど、愚かでしかない。そうと決まれば、こんなところでまごついてはいられない」


 私は洞窟の壁に手を添えると、スティヴァーレ半島の研究者が【ダンジョン性エネルギー】と呼称する生命力を抜き取る。この操り人形であろうとも、ダンジョンに干渉する事はできる。まぁ、私が直接動かしているので、当たり前だが。

 また、生命力タンクとしても優秀な性能を有している。むしろ、そのタンクとしての機能こそが、この依代の根幹といえる。


「だが、それでも一体では流石に厳しいか……」


 生まれたてのダンジョンコアが有しているエネルギーくらいなら、問題なく保有できる人形なのだが、どうやらこの残骸に残されたエネルギーの量は、キャパシティを超えるようだ。とはいえ、問題はない。一体で無理なら、二体、三体で吸い出せばいいだけだ。

 それでも手が足りなければ、ベルトルッチ平野側の依代も使えばいい。まぁ、流石にこっちにいる人形だけで事は足りるだろうが。


「ともあれ、当面の目標を変更しなければな……」


 とりあえず【人類種淘汰・絶滅計画】に関しては、一旦すべて棚上げするしかない。どの道、他のダンジョンコアをその気にさせるには、人類の代替となる種を、地上で繁栄させてからでなければ、誰も聞く耳をもってはくれないのだから。

 幸い、妖精族と獣人種はそれなりに繁殖できている。問題は、人類に影響されて、同じような生物になっている点だが……。


「巨人因子と小人因子に関しては、正式に他のダンジョンコアに止められてしまったからな。これ以上蔓延させると、本格的に私がダンジョンコアの敵と見做されてしまう……」


 巨人因子と小人因子は、人類同士の繁殖を阻害し、食糧事情にダメージを与える事で、緩やかに奴等を絶滅させる計画だった。だが、その影響で糧が減った複数のダンジョンコアから、正式に抗議と警告を受けている。

 これ以上の因子の蔓延は、人類とダンジョンコアの双方を敵に回す行いだ。流石に、そこまで我を張る事はできない。

 人類の繁殖状況は、ダンジョンコアにとっても食糧問題に直結する。特に、巨人化してしまった人類は、ダンジョン内での行動に支障を来すうえ、他の人間よりも食料を消費する。ダンジョンの糧としても難があり、人類の繁殖においても悪影響を及ぼす巨人は、やはり他のダンジョンコアからすれば、看過できない問題だったのだろう。

 それもむべなるかな。元より、人類そのものを間引く為に行った計画であり、ダンジョンコアが人類に依存する現状を、打破する為の計画だった。だが、代替となる種族を増やす前にそれをしては、たしかに他のダンジョンが枯死してしまう惧れは否めない。

 小さく、弱く、糧として利用できる小人因子は、そこまで蔓延していないからな。やはり、どうしても意図的に用意した弱い因子は、自然淘汰されてしまうようだ……。

 とはいえ、もしも代替となる種が人類よりも繁栄すれば、奴等を絶滅させる一助として、この計画を再開させられるかも知れない。計画自体は無駄ではなかったし、得られたデータも有意義なものだ。


「まぁいい。そういったマクロな計画は、一旦すべて凍結だ」


 学術的混乱も、政治関与も後回しだ。戦争誘発は……、ケースバイケースだな。能動的に起こすのは、リソースの無駄だ。とはいえ、起きるならそれを利用する。

 今回の戦争は、ショーン・ハリューが戦場をウロチョロするせいで、ほとんどタダ働きだったからな。この残骸から得られたエネルギーで、ようやくトントンといったところか……。徒労感が強い……。


「だが、成果としては十分だ。迷宮支配者ダンジョンマスターの存在の確認が取れただけでも、使ったエネルギーは無駄ではなかった」


 むしろ、連中が深くなる前に早期発見できた点で、これ以上ない上首尾といえるかも知れない。


「ニスティス大迷宮やゴルディスケイルの海中ダンジョンのコアたちとは、少し距離をおくべきだな。大公領の中小規模ダンジョンコアとも、しばらく接触は控えよう」


 宝箱を出し始めたダンジョンは、どこまでショーン・ハリューの手が入っているか、わかったものではない。そこに警告を発しても、私の存在と現状を指弾され、こちらの立場が悪くなる惧れは、十二分にあり得る。こちらも、他のダンジョンコアに対して、後ろ暗いところがないわけではないのだから……。

 もし本当に、ショーン・ハリューがダンジョンコアの方針を定めるような立場になれば、もはや我々ダンジョンコアの存続は、風前の灯といっていい。

 ダンジョンコアという生物は、とにかく集団行動というものが苦手なのだ。そして人間は、虫ケラと同じく本能に社会性をぶち込まれた、集団行動の権化である。

 いや、このような評価は、徹底した社会性を有する、虫ケラに対して失礼だな。人間のやっている事など、社会性の名を借りた、派閥争いでしかない。個が群の為に、その命も捨てて貢献する虫たちと、ただただ自我のままに、営々グダグダ延々ダラダラ、権力争いに文字通りの血道をあげる人間とを、同列に語るなど本当に失礼極まりない評価だった。

 もしここに虫ケラがいたのなら、地べたに頭を擦り付けて謝ってもいい。


「ともあれ、ショーン・ハリューに我々ダンジョンコアの主導権を握られかねない真似は、極力控えねば……。口の上手い人間が相手では、ダンジョンコアなどコロッと騙されてしまうだろうからな」


 彼がもう少し、他者との関わりが下手な個体であれば楽観もできたのだが、残念ながらコミュニティ形成能力は、それなりに高いらしい。その面では、忸怩たる思いではあるが、私も彼の後塵を拝しているのが実情だ。まぁ、人間社会に人間が適応できるのは、当然なのだが。

 ダンジョンコアは独立独歩が基本の生態であり、誇り高い高次生命体だ。しかしだからこそ、人間のような低俗な輩に利用されてしまう惧れがある。私がその端緒となるわけにはいかない。


「よし。こんなものか」


 依代のキャパシティが限界に達したのを確認し、私はすぐさまその場を離れる。残りのエネルギーも吸い出す為、代わりの依代も操作を始める。


「ひとまず、当面の目標は――」


 帝国の砦から離れ、山林を走り抜けながら、私は独言る。既に決定している事項を、再確認するかのように。


「――グラ・ハリューの救出だ」



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