第65話 新素材の秘密

 〈14〉


 防衛線は、辛うじて膠着状態を維持していた。といっても、僕が抜けた穴が大きかったからではなく、単純に物量がそれまでの比ではなかった為だ。


「この状況で、休息をとるのは無理かな……」

「なにを言っている。お前だって消耗してないわけがないだろう。さっさと仮眠をとってこい」


 厳しい戦況を鑑みて独り言ちたつもりが、ィエイト君の耳には届いていたらしい。呆れたような顔で窘められてしまった。

 たしかに、僕にまだ経戦能力がある方が、この場合は不自然か。体感的には、残りの生命力はギリギリ五割といったところで、人間ならとっくに動けなくなっているか、下手をすれば死んでいる。

 グラにあんな事を言ったくせに、僕の方が人外の懸念を生むところだった。

 続けてィエイト君は、敵中に飛び込む銀雷を見ながら言う。


「それに、お前が休まないと、あっちのダークエルフも休めないだろう。あれも相当に消耗しているはずだ」

「なるほど」


 それはそうだろう。敵に囲まれてからこっち、ずっと肉体を酷使し、神経をすり減らして前線で戦い続けているのだ。生命力の理や魔力の理も用いているだろうし、その消耗は僕らの中で一番かも知れない。

 ガチで化け物並みというのは、ちょっと笑えない生命力だな……。

 正直、敵の攻勢が苛烈になってきているこの状況で休むのは気が引けるものの、消耗しているのはたしかなので、お言葉に甘えさせてもらう事にする。この依代には、休息も食事も必要な行為だからね。

 後衛の後ろに回ろうとした僕に、すれ違いざまにグラのジト目が向けられた。その目は口程に「頑張りすぎです」と物を言っていた。たしかに、ビッグヘッドとの決闘は、ちょっと無茶だったかも知れない。混戦だったせいで、その他のモンスターの相手もしなきゃなんなかったし……。

 ただまぁ、そのときの状況とテンションが、僕をあの戦いに駆り立てたのだ。といえば、なんとなくグラも騙されてくれるのではないかと、希望的観測で自己欺瞞に浸っておこう。


「ふぃー……。流石に疲れたね」


 前線から然程離れておらず、後衛陣のすぐ後ろくらいのところに、僕とシッケスさんは腰を下ろした。やはりシッケスさんも消耗していたらしく、その顔には疲労の色が濃い。だが口調には、そんな色は一切混じっておらず、人懐っこそうで明るい声音だ。こういう状況だと、彼女のそういう明るさには助けられる。

 僕も彼女に笑いかけると、カロリーバーのような携行食を咀嚼してから、胃の腑へと水で流し込む。ただの作業のようだが、味を楽しんでいる余裕はない。そもそも、日本で売っていたような、美味しいものではないので、余裕があったところで食べ方が変わったかといわれると、難しい。


「ねぇねぇ、ショーン君の鎧って、なにでできてんの?」

「え?」


 食事中にかけられた質問で、ついつい自分の鎧を見下ろす。表面には幾条もの傷が入り、特にロックスケイルヴァイパーの噛み跡がお腹にくっきり残っているのと、胸の中央にビッグヘッドドレイクの牙の弾丸の痕が、くっきり残っている。それどころか、よく見ればプレートのいくつかは割れてしまっている。

 肉体美を表現しているマッスルキュイラスがボロボロに傷んでいる様は、どこか痛々しい。これ、鎧を新調していなかったら、あそこで死んでたまであるな……。


「一応、珍しい素材で作っているものです。そんじょそこらの鋼なんて目じゃないですし、硬さ的には金剛石にも匹敵します」

「へぇ。でも、ダイヤってたしかに傷は付きにくいけど、割ったり砕いたりするのはそこまで難しくないって聞いたけど?」

「そうですね。ダイヤには劈開性へきかいせいがありますし、靭性も低いので砕けやすいです。ただの炭素なので、燃えますしね」


 モース硬度十という事で、とても硬いイメージのあるダイヤモンドだが、モース硬度というのは結局、対象を擦り合わせて傷が付くか否かで計測されている。だからもし仮に、ダイヤモンドで鎧を作ったとしても、それが役に立つとは限らない。

 特に、【魔術】のあるこの世界だと、燃やされたら一発で終わりだろう。


「実を言うとこの鎧に使っている素材もまた、本来あまり靭性は高くないんです。ダイヤと同じで」


 硬度の面ではたしかにダイヤに次ぐのだが、構造上やはりダイヤと同じ宿痾を抱えていた。すなわち、靭性の乏しさからくる脆さである。所謂、硬いものは割れやすい、というヤツだ。


「え?」

「硬度は高いんですが、壊れやすいんですよ」


 現に、こうしてロックスケイルヴァイパーやビッグヘッドの攻撃で、かなりの損傷を負ってしまっている。


「といっても、これは改良を加えて靭性を高めたもので、そうそう簡単に割れるようにはなってなかったんですが……」


 炭化ホウ素の脆性を補う方法というのは、ネットに普通に転がっていた。勿論、ナノレベルの技術が必要になるが、リュクルゴスの聖杯まで作れるダンジョンにとっては、ナノ孔とアモルファス炭素という粒界を作る事で、炭化ホウ素の弱点である靭性と塑性を高められる。要は、小さな穴と柔らかい部分を作ると、逆に強靭になるという事だ。

 といっても、こっちの世界のモンスターの力には、流石に抗しきれなかったらしい。だが、それもまたこの鎧の機能といえる。


「そんなに壊れてるってのに、どうしてショーン君自体は無傷なん?」

「これが所謂、複合装甲というヤツだからですね。表面の硬質な炭化ホウ素は、敵の斬撃を防ぎ、割れる事で衝撃を緩和し、内部の鉄や木材、さらに革や布で衝撃が吸収できる構造になっているんです」


 硬度によって層を作る事で、外部からの衝撃に対して強くなる。要は、炭化ホウ素と同じだ。あえて柔らかい部分を作る事で、表面は硬く、内面は強靭になる。

 そうなれば、炭化ホウ素はモース硬度九・五の実力を、いかんなく発揮してくれるし、耐火耐食性に優れた安定性に加えて、アルミ並みに軽量なのだ。

 流石は、地球においては、戦車の装甲や防弾チョッキにも用いられるだけ素材だ。

 ついでにいえば、これだけ高性能な物質なのに、僕らにとっては非常に手に入れやすい。なにせ、使われている元素は炭素とホウ素だけ。しかも、当初はB4Cという単純な組成だとも勘違いしていた。

 だがまぁ、実際に鎧を作ろうとしてわかったのだが、実は炭化ホウ素は正十二面体B12の組み合わせ――つまりは、B12C3とB12C2で成っていた。単純に、ホウ素と炭素を四対一で混ぜればできると思っていた為に、そこは見込み違いで随分と苦労させられた……。

 ネットで調べたときは、たしかにB4Cって書いてたんだけどなぁ……。



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