第66話 過大評価は重荷

「ゴメン。なに言ってのか、全然わかんないわ」

「あ。ごめ、申し訳ありません。こんな状況で、べらべらと話すような内容ではありませんでした……」


 これまでお披露目する機会も相手もなかった事で、ついつい喋りすぎてしまった。門外漢に専門用語をふんだんに用いて高説を垂れるのは、単に知識マウントを取りたいだけのバカの所業だ。本当に頭のいい人間は、きちんと相手にわかりやすく話せるものだ。そうでなければ、そもそも相手に理解してもらおうと思っていないかである。

 当然ながら、僕は頭のいい人間ではないので、ついつい主観的に苦労話をしてしまっただけだ。それだけ、簡単だと思っていた炭化ホウ素の開発には、苦労させられたのだが、そんなものはシッケスさんには関係ない話だ。


「つまり、この鎧は壊れる事も含めて、その機能だと思っていただければ凡そ間違いないです」


 車のバンパーみたいなものだ。今回予想外だったのは、歪む程度ですむと想定していた炭化ホウ素のプレートが、ロックスケイルヴァイパーやビッグヘッドドレイクによって、割られてしまった点だろう。

 改めて、モンスターのパワーというものを実感した。


「え? じゃあ使い捨てって事? どうすんの!? こんな状況じゃ補給もできないし、鎧ナシなんて危なすぎるよ!?」

「大丈夫です」


 僕はそう言ってから、背嚢に収納していた予備のプレートを取り出し、割れたものと取り替える。壊れる事が織り込まれた鎧なのだ。当然、それを前提としたスペアのプレートも用意してある。軽いからこそ成せる業だ。これが鉄だったら、荷物が重くなりすぎる為に、絶対にやりたくない。

 手早く壊れたプレートを外し、新しいプレートを取り付けていく。あとで生命力が回復したら、この壊れたプレートも直そう。いまは流石に、これ以上生命力を使いたくない。


「本当は、ウルツァイト窒化ホウ素とかを使って、鎧を作りたかったんですけれどね……」

「ウルツァ? なんて?」

「正真正銘、ダイヤモンドよりも硬い素材ですよ。残念ながら、知識不足で一から作る事も、他所から持ってくる事もできませんでしたが……」


 火山の噴火で作られるらしいというのは覚えているのだが、それをどう採掘すればいいのかだとか、ウルツ鉱型というのがどういう代物なのかとか、基本的な知識が全然足りていない。そもそも、にわか知識しかない僕には、窒素の抽出方法に見当がつかないのが痛い。

 どうせならロンズデーライトの方が、ダンジョンにとっては製作難度が低いのだろうか……。でもなぁ、それだと本当に、ダイヤアーマーになりそうなんだよなぁ。マイクラかっての……。


「ショーン君は、いろいろと難しい事を知ってんのね。そういう頭のいい男の子、こっちは好きよ?」

「頭は良くないですよ。単に、興味のある情報を聞き齧って覚えてただけです」


 ウルツァイト窒化ホウ素もロンズデーライトも、『ダイヤモンドよりも硬いもの』とかで調べて覚えていただけだ。特に、ロンズデーライトなんて隕石の衝突でしか作れないなんて、実にロマンあふれる代物だったのだから、そうそう忘れはしない。

 炭化ホウ素も、新モースでダイヤモンドの次に硬いという情報を見て、ちょっと興味を抱いて調べただけだ。実際、浅知恵で手をだして痛い目を見た。現代地球において、原発にも用いられる素材だというのに、その応用方法がわからなければ輝かないダイヤでしかない。


「こっちから見たら、十分頭がいいように思えるけど?」

「本当に頭がいいってのは、ウチの姉みたいに僕の聞きかじりの知識を、こうして形にできる人の事を言うんですよ」


 炭化ホウ素をきちんと編み上げたのも、実用レベルに強靭にしたのも、すべてはグラのおかげだ。僕は単に、うろ覚えの知識を披露したに過ぎない。褒められるべきはグラか、地球でそれらを発見した賢人たちだろう。


「僕はただのガキですよ。未知のなにかに興味は抱いて、その話を熱心に調べはしますが、結局その未知に近付く方法は持っていない。近付こうとすら、していないかも知れません。情報を調べただけで満足して、適当に放っておいているようなものです」

「へぇ、未知のなにかかぁ……。じゃあショーン君は、冒険者向きだね」

「それは……思ってもいませんでしたね」


 個人的には、僕程冒険者に向かない性格の人間は、他にいないんじゃないかとすら思っていたくらいだ。


「冒険者は本来、未知を求めて危険を冒す者の事を言うのさ。いまじゃ完全に、対ダンジョンの傭兵代わりみたいになってっけど、こっちはそういう冒険の方が大好きなんよ!」

「いいですね。人跡未踏の秘境探検とか、遺跡の探索とか、言葉だけでもワクワクします」

「わかるぅ~。いいよねぇ、そういうの。こっちはそういうのがやりたくて、里を飛び出したんだっての!」


 正直、その気持ちはわかる。冒険者がただのダンジョンのカナリヤ兼鉱夫であれば、そんな職にはこれっぽっちも魅力を感じない。だが、未知を探求する職であるというのなら、それはたしかに心惹かれる話だ。

 泡の音がする。暗く、紺碧の緞帳に四方を囲まれた空間を、グロテスクで可愛い、不思議な生き物たちが回遊する。そこはまさしく、異世界。現代の地球人でも、なかなか手の届かない、陸上生物とはまるで違う進化を遂げた生き物たちの楽園だ。

 思えば、僕が釣りを始めたきっかけも、テレビで深海を特集した番組を見たからだった。それで深海魚が釣れるわけもないのだが、単純に手近に海という未知の世界が広がっているという事実に、子供心にいても立ってもいられなかったのだ。

 いまではもう釣りという行為そのものも、別の理由で好きになった。あの、のんびりと海に釣り糸を垂らすという行為が、実に癒されるひとときなのだ。まぁ、一度目の死因は、それなのだが……。

 結局僕は、地上でもっとも硬いといわれるダイヤよりも硬いなにかや、未知のあれこれといった、誰もが興味を抱きやすいものに惹かれる、凡愚でしかない。それに関する情報を多少なりとも覚えていたのは、ネットの浸透した現代社会のおかげであって、僕の才覚は関係ない。

 それをシッケスさんにもわかってもらおうと思ったのだが、どうも聞く耳持たずの様子だ。一向に、僕に対する好意的な姿勢が揺るがない。過大評価というものは、凡人にとっては重責でしかないというのに……。

 そうこうしている内に……――


「そこの二人! 休むつもりがないなら、こっちに参加させるっすよ! さっさと休んでくださいっす!!」


 フェイヴに叱られ、仮眠をとる事になった……。



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