第60話 造られしはなし。しかして我永遠に立つ
探索を再開した俺っちたちだが、その目的は当初のものとは大きく違ってきていた。
まず第一に、踏破よりもこの場所の脅威度の測定に重きをおいている。
次に、襲撃者を返り討ちにし、ここがダンジョンではないかという疑惑に、一定の答えを得る。
主にこの二点だ。特に、踏破を目指さないという事で、俺っちたちは元きた道を引き返していた。要は撤退である。
入り口付近でフバが殺されたのだから、そちらに近付いても襲撃は予想される。ならば、戻っても問題はないだろうとイニグが提案し、俺っちも了承した。
無数の俺っちとイニグの姿が、変わるがわるあちこちに現れては、消えていく。そのどこかに襲撃者が混じっているかも知れないと思うと、一瞬たりとも気が抜けない。
気配によって察知するのは不可能じゃないが、それは神経を研ぎ澄ましていればの話だ。そのレベルの警戒をしながら歩みを進めるのは、非常に疲れる。
案の定、きたときと同じく、何度も休憩を挟みながら、鏡の通路を戻っていく。何度か襲撃者が近付いてきたようにも感じたが、こちらがそちらに意識を向けようとすると、フッと気配が消えてしまう。
そうとうに用心深いようだ。まぁ、それはこれまでの動きを見て瞭然だったが。
「……休もう」
「そっすね」
イニグの休憩の回数が増えている。そして、反比例するように口数は減っている。こんな精神状態で、あの暗闇の部屋に入ったら、すぐに【恐怖】にあてられてしまうのではなかろうか……。
「フェイヴ……」
「どしたっすか?」
随分と久しぶりに、イニグの方から俺っちに話しかけてきた。俺っちはそれに、意識して明るく応える。
こういう状況で、双方が鬱々とすると、際限なく気分が落ち込んでいくものだ。
「どうやら、あの襲撃者は、こっちが警戒してると近付いてはこねえようだ」
「そうっすね」
イニグも、何度か襲撃者の気配を感じていたらしい。そして、俺っちと同じ結論に達したという事だ。
「できる事なら、俺は入り口についたら、すぐにでもここを抜けて、地上を目指したい」
「でも、それじゃあここがダンジョンかどうかってのが、あやふやなままっす。さっきは否定的な見解を述べたっすが、ここがダンジョンだったらやっぱりやべえっす。確認はしときたんすけど」
「ああ、それには俺も同意だ。だからよ、さっきと同じようにして、襲撃者ってのを誘き出そう」
イニグの提案に、なるほどと頷く。
どちらかが寝たフリをして、襲撃者を誘き出す。二番煎じではあるが、モンスターだろうとゴーレムだろうと、それに違和感を覚えることはないだろう。唯一、遠隔操作されている、魔導術で作られた人形だった場合は、その先にいる子供は気付くと思われる。
が、それもないだろう。前述したように、有機的な意思では、一時間半もの時間をかけて相手ににじり寄るような真似は、苦痛でしかない。楽な方法が他にあるのに、わざわざそんな苦行を選んだりしないだろう。
どちらにせよ、誘き出せれば今度こそ、仕留められる自信はある。そうなれば、ここがダンジョンなのかどうかも、ハッキリするだろう。
「……いいっすね! それでいきましょうっす!」
「ああ。悪いが、囮役は今回も、フェイヴがやってくれ。俺は、そこまで索敵が得意じゃねえし、気付かずブッスリやられるのは勘弁だからな」
「了解っす。ま、イニグも周囲の警戒を怠らないで欲しいっすね! 特に、自分に近付いてくる気配には、注意しておくっすよ」
「ああ。俺が囮になっちゃ、意味ねえからな」
意味ない? 別にきちんと対応できるなら、イニグが囮でも問題ないだろう。気にすべきは、囮になる事じゃなく、襲われてもきちんと対応する事だ。
まぁ、そうは思ったが、細かい言葉尻を拾って論うような真似はせず、俺っちは休息の準備に入る。イニグは携行食料を齧りつつ、剣を掻き抱きながら座って周囲を警戒し始めた。
一時間半経ったが、襲撃者は近付いてこない。もしかしたら、本当に遠隔操作なのかも知れない。だとすると、あの襲撃者の対処は意外に簡単かも知れない。
そう思った途端に、微かな物音と気配を察する。どうやらまたも、結論には至らないらしい。だったら、倒してから考えよう!
「——シッ!!」
俺っちは即座に身を起こすと、無言でナイフを投擲する。今回は二段構えだ。一本を弾いても、もう一本が襲撃者を襲う。
その間に、俺っちも駆ける。
襲撃者も身を起こし、俺っちのナイフを二本とも弾く。やっぱり、動きがかなり無機質だ。生物なら、自分に向かってくる一本目に、自然と目がいくものだが、こいつにそんな生き物らしい意識は感じられない。
以前と同じく、襲撃者は自身の存在が露見したのを察し、即座に撤退を選択する。このあたりの徹底ぶりも、実に人形臭い。
「逃がさねえっす!」
撤退を始めた襲撃者の足元を目掛けて、
だが、足を止めただけあって、俺っちのはなった投げ矢はすべて弾かれてしまった。バラバラと散らばる投げ矢。
そんななかを、俺っちは突っ切り、いよいよ襲撃者に肉薄する。
右手の短剣を振るう。どうやら襲撃者は、俺っちの姿はしていても、俺っちの技までは盗めないらしい。不恰好に俺っちの攻撃を弾き、体勢を崩してしまっている。
左手の短剣を振るえば、襲撃者はそれに対処できない。しかも、そちらに気を取られて、右手への意識がお留守だ。
いける——ッがあッ!? あ?
突然の背後からの衝撃に、俺っちは鏡面の床を転がる。
何度も天地の入れ替わる視界で、俺っちの姿をした襲撃者が、イニグに倒されているのを確認した。
俺っちと襲撃者を間違えた? そんなバカな。
「悪ぃなあフェイヴ……。あんた、こいつがダンジョンのモンスターじゃねえってわかったら、ウル・ロッドの連中に言っちまうだろ?」
そう言って、血の滴る剣を見せ付けるイニグ。その鬱屈した表情に、ああ、こいつはもう、とっくに限界を超えていたんだな、と思った。
「そうなると、マフィアどもの水先案内で、またこんなクソッタレな場所に送り込まれかねねえ! ざっけんな!! あの世に行きてえなら、てめえらだけで勝手に行け!!」
血走った眼差しで、口角泡を飛ばしながら、誰かに向かって叫ぶイニグ。少なくとも、その矛先は俺っちじゃない。
「俺は! 俺はなぁ、今後ウル・ロッドやガキがどうなろうと、もうこんな場所は懲り懲りなんだよ! 二度とこんな場所にきたくねえんだよ!! だから、情報の精度なんざどうでもいい!!」
そう言って、イニグは足元に転がっている、白いなにかを蹴りつけた。蹴られた音から、それがある程度の重量を持った、柔らかいものであるというのがわかる。
それが、あの襲撃者の本当の姿だ。
真っ白い、人型の肉のようなものの塊。血の気がないどころではない肌色だが、それもそのはず、俺っちとイニグが斬り付けた裂傷からは、血が流れていなかった。
肉体が残っているという事は、これはモンスターではないという事。つまり、ここはダンジョンではないという事だ。
だが、このままではイニグは——
「俺は、ここがダンジョンだったって報告する!! そうすれば、七〇〇人動かしたウル・ロッドがすごすご撤退しても、格好は付く! そのあとの事なんざ知るか!!」
「そ、その後は……、どう、するんすか……? 表社会でも裏社会でも……、うぐ……、あ、あんたお尋ね者っすよ?」
特に、ウル・ロッドが生き残ったら、イニグの命を最優先で狙うだろう。戦闘で死ねれば運がいい方で、この世のありとあらゆる苦痛を与えて、残虐に殺される未来が容易に想像がつく。
ウル・ロッドと国をかち合わせようとしたのだから、二人目三人目が現れないよう、徹底的に見せしめにされるだろう。
「知るかッ!!」
だが、イニグはそんなおれっちの問いに、なに一つ明確な答えを示さず、激昂して吐き捨てた。どうやら本当に、ただここから逃げたい一心で、ウル・ロッドに偽情報を掴ませるらしい。
フバよりもイニグの方が、頭が悪かったとは、俺っちにも読めなかった。仕方ない……。あとでなにを言われるかわかったもんじゃないが、地上に関しては、アイツに任せるしかなさそうだ……。
「くはは……。ここまで、かぁ……」
鏡面に流れた血溜まりの中を這いずり、仰向けになる。全身血まみれになった俺っちが、天井から見下ろしていた。横を見れば、そこにも俺っちがいて、ムカつく笑みを浮かべてこちらを見ていた。
なるほど。【
「まぁ……。俺っち……、らし……ソッタレ……様っす……ね……」
俺っちは瞼を閉ざした。
「あれ!? なんか、あの厄介そうな男、倒されたんだけど!?」
僕は驚きに声をあげた。
僕とグラは、敵が襲撃してきたこの機会を最大限活かす為、一気にダンジョンを広げていた。このタイミングであれば、ある程度の振動していても、周辺住民が不審に思う事はないだろう。
一気に二階層をつくりあげ、いまは三階層の掘削に、体の主導権を渡したグラが勤しんでいた。僕は、意識を奥に沈めつつ、侵入者の様子を確認していたのだが、注目していた糸目の男が、仲間から背中を刺されて血溜まりに沈んでしまったのだ。
「本当ですね。それに、どうやらあの二人組、先に進む事を諦めて、撤退していたようです」
作業の手を止めたグラが、空中にウィンドウを広げながら、そう答えた。これが、試作型の至心術の画面だ。
そこには、糸目の男と、もう一人の侵入者の姿が映っている。グラも意識を飛ばす事はできるのだが、今回は実験の一環として、ダンジョン内の様子を映し出しているのだろう。
「なんですってっ!?」
侵入者たちの様子を眺めていたグラが、鋭い声を発した。
「どうしたの?」
「あの男、ここがダンジョンだと、地上のマフィア連中に報告するそうです……」
「え!? もしかして、バレたの!?」
「いいえ、どうやら誤情報のつもりで、地上の連中に伝えるつもりのようです」
深刻そうなグラの声音に、僕も黙り込む。
これはヤバい……。なにがヤバいって、彼らは誤情報のつもりでも、ここは本当にダンジョンなのだ。詳しく調べられたりして、件のマジックアイテムなんて使われたりしたら、一発で僕たちの存在が露見してしまう。
——どうする?
決まってる。最悪の状況を回避する為、動くしかない!!
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