第2話 上級冒険者のお守
一通り事情を話し終えた俺に、グランジはただ「そうか……」と呟いた。
ギルマスの執務室には、時折人が訪れる事もあるのだが、ノックする相手に「緊急でないならあとにしてくれ」と、グランジが断るのには心底恐縮した。
「お前が【
【
冒険者ギルドでのパーティの評価については知らない。だが、冒険者の階級は戦闘技能に因るというのは割と常識だ。だったら、俺が抜けた事でプラスにはなっても、マイナスにはならないのでは……?
「そうか……。まぁ、事ここに至ったら、もうどうにもなんねえわなぁ……。んで? お前これからどうすんだ?」
「どうするって……」
実力的にも年齢的にも、冒険者を続けるのは限界だろう。幸い、田舎に隠遁して慎ましく暮らすなら、しばらくは安泰なだけの蓄えはある。
あいつらに俺の
「……オーケー。言いたい事は、顔見りゃわかる。そんな顔して引退していった輩を、何人も知ってらぁ」
「はは……。まぁ、仕方ねえさ。最後に、アンタとこうして高い酒傾けられたってだけでも、いい土産話になるぜ……」
お貴族様でもねえ限り、上級冒険者になったってだけでも箔が付くってのに、引退後に支部のギルマスにまで昇り詰めたんだ。グランジは間違いなく、同年代のなかでは出世頭の出来星だ。
そんな有名人と知り合いだと嘯ければ、この凡才の惨めな冒険者の幕引きにも、多少は花が添えられるってもんだろう。……こんなしみったれた事を考えちまう自分が、本当に情けない。
「まぁ待て。んな湿気たツラぁしてケツ捲るくらいなら、最後に一つ、俺から仕事を頼まれちゃぁくれねえかい?」
「仕事……? だが俺は、もう
一応、冒険者として一通りの事はできる。だがそれでも、見晴らしの悪い森林地帯やダンジョンでは、
中級冒険者に任せられる仕事というのは、パーティである事が前提になる。
俺一人でできる事は他人にもできる。わざわざ、こんなしょぼくれた中年中級冒険者を捕まえて、ギルマス直々に依頼をする理由がわからない。
だから俺は、その事を素直に問うてみた。
「俺は別に、特別な技能なんてない、しがない五級の冒険者だぜ?」
俺のその疑問に、グランジはニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「俺ぁな、これでもお前さんを評価してたんだ。あのひよっこどもを、一端の冒険者まで、それも一人も欠けさせる事なく、育て上げたんだからな」
「そんな大層な言われ方をするようなもんじゃない。あいつらに才能があったのさ。俺にはない、な……」
「まぁたしかに、戦闘に関しちゃ、お前はあまり才能はねえな。あいつらの才も、まぁ【
あっさりとそう言うグランジに、自分の言葉を肯定されただけだというのに、恨みがましい目を向けてしまう。
そうだ。コイツやアイツらにある才能が、俺にはない。それはもう事実として受け止める他ない。だからこそ疑問なのだ。
だったらそんな『才能のない俺』になにを依頼するというのか……? せっかくここまで、五体満足でやってこれたんだ。矢のように使い捨ての役目はごめん被りたいし、法を逸脱するような真似もまっぴらだ。
いいように利用されてはたまらない。胡乱なものを見るような目で、グランジを睨む。するとグランジも、少しだけ気まずそうに顔を逸らした。
「べ、別に、依頼自体は危ない内容じゃねえぜ? ……少なくとも、能書き的には……」
「おい、最後に付け加えられたセリフが、より危ねぇ匂いがプンプンなんだが?」
「だ、大丈夫だって! やって欲しいのは、ひよっこたちにやったように、冒険者としてのノウハウを伝授して欲しいってだけだ! 報酬も弾むし、顔を繋いで悪いって事はねえ相手だ!」
必死に弁明するように、言い募るグランジ。この男が、こんな姿を晒すのは初めて見た。なんでも飄々とこなしてしまう、同じオヤジとしてかくありたいと思える歳の取り方をした男ってイメージだったんだが……。
そんなグランジの醜態に、俺は毒気を抜かれてしまい、ひとまず受けるか否かは後回しにして、仕事の内容を聞く事にした。
「で? 冒険者としてのノウハウを教えて欲しいって、相手は誰だよ? 報酬がいいって事ぁお貴族様か?」
「いや、金回りはいいんだが、別に貴族ってワケじゃねぇ。第一、貴族だったら自前でなんとかするだろ。俺が世話焼いてやる必要もない」
それもそうか。いや、それは別に、誰に対してもそうであるはずだ。なんだって、ギルマスのこいつが、わざわざうだつのあがらない五級に頭を下げてまで、その冒険者の世話を焼こうとしている?
「で、お貴族様でもねえのに、ギルマスが直々に世話を焼いてる、俺が教育係になるかも知れねえ相手ってのは、どこの誰だよ?」
「一月前の騒ぎ、覚えてるか?」
「……おい、グランジ。話を逸らすなっての!」
「いや、それが重要なんだよ。話はそこに起因する」
そう言われて、俺は肩をすくめてため息を吐いた。
「知らねえヤツが、この町にいるかよ? バスガルのダンジョンが、このアルタンを呑み込もうとした大事件だろ?」
「そうだ。事の顛末はどの程度知っている?」
「俺は中級だったし、普通に物資集積拠点の防衛に動いてたんだ。大まかには知ってるっての」
「そうか……。じゃあその結果、七級や十級から四級に飛び級したヤツが――」
「――ちょっと待て!」
俺は最悪の予想に、グランジの言葉を遮った。上質な酒気でポカポカしていた体から、サァっと血の気が引いて寒気がする。
「もしかして……」
「ああ、恐らくはその予想は正しい。相手は――ハリュー姉弟だ」
思わず天井を仰いでから、手で目を覆ってしまう。少なくとも、それは確実に『安全』ではないと、グランジには言いたい。相手は【白昼夢の悪魔】だぞ? ウル・ロッドですら尻尾を巻き、ダンジョンの主すら縊り殺す、歩く悪夢だ。
そんな相手に冒険者のノウハウを伝授? これで安全だってんなら、竜の馴致だって安全な仕事だろう?
いやまぁ、たしかにただの『教育』で、相手は一応は『人』って事で、書類上は安全そうに見えるんだろうがよ……。
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