四章 ダンジョンフィーバー

第1話 五級冒険者ラベージの追放

 〈1〉


 俺は、見慣れた黒い扉を見詰めながら、ボーっと突っ立っていた。もはや、この扉を開く気力すら湧いてこない。

 いや、そもそも習慣でここまできたが、開いてどうしようというのか。いまの俺に受けられる依頼なんて、草原のウサギ狩りくらいのもんだ。少し前に討伐されたダンジョンの掃討に加わる事すら、確実に受付ではねられてしまうだろう。


 なにせ俺は、ついさっきパーティを追放されてしまったのだから。


 理由は単純明快。俺の実力不足。ラスタやカイルの言う通り、たしかに他のメンバーに比べて、年々戦闘能力に差が開きつつあった。俺はもう歳だし、これ以上の成長も見込めないのもわかっていた。

 上級冒険者を目指すなら、こんなお荷物はさっさと切り捨てるべきだというのも、頷ける話だ。ああ、その通り。俺は、仲間たちにしがみついていたんだ……。


『アンタ、戦闘中偉っそうに指示して、アタシらに戦わせてるだけじゃない!? 弱い敵の牽制なら、斥候のラーチがいるから、アンタの役割はもうないのよ!』

『戦闘指導なら、俺たちにはもう必要ない。楽して利益だけ掠め取られるのは御免だ』

『そうよ! アタシらばっかり命を懸けて、自分は安全圏から高みの見物? そのくせ偉そうに説教ばかりしてきて! もうウンザリなのよ!』

『俺たちは、いつまでも五級に留まってるつもりはねえ。もうこれ以上成長が見込めないなら、パーティから抜けてくれ』


 ラスタとカイルに言われた言葉が、何度も心中で繰り返される。そのいちいちがもっともであり、俺も全面的に同意する。体力的にも才能的にも、俺はこの程度が限界だ。あとはただ、長年培った冒険者としてのノウハウを伝授して、田舎にでも引っ込んで暮らそうかと思っていた。

 その伝授の相手として、あいつらを選んだんだ……。だってのに……——

 言い訳をさせてもらえるなら、元々ウチは――いや、さっきまで所属していたパーティは、数奇な巡り合わせで、十級の頃から俺がいろいろと面倒を見て、五級まで育てたといっていい。当時、既に六級だった俺からすれば、ひよっこだったあいつらを、きちんと指導して一人前といって差し支えないレベルまで育成した自負はある。

 俺の持てる技術を、できる限り伝えてきたはずだ。だが、最近では戦闘面で教えられる事が少なくなっていたのも、また事実であった。

 あとは戦闘以外の技能を伝え、それから引退しようと考えていたのだ。そのせいで、口煩くなっていたのは認める……。より堅実に冒険ができるよう、上手くいったときでも、褒めるのと合わせて懸念点も伝えていたのが、まだ若い彼らには、口煩く思えたのかも知れない。

 戦闘に関しても、斥候の役割は牽制ではなく、周囲への警戒だ。ラーチはその辺りがまだまだ未熟で、戦闘を優先してしまうきらいがある。だから、俺が横殴りを警戒する必要があったのだ。

……などと、いまさら心中で言い訳を並べ立てたところで、仕方がない。実際、戦闘能力ではラスタとカイルの方が上だし、ラーチのように素早くも動けない。ランのように、属性術だって使えない。

 俺は、たしかに彼らのお荷物だったのだ……。

 だがそれでも、信頼していた仲間から言われた心ない言葉が、抜けない棘のように、ジクジクと胸を苛んだ。


「お、ラベージじゃねえか。どうした、こんなところに突っ立って?」


 そうして、いつまでもギルドの扉の前でうだうだしていた俺に、声をかけてくる者がいた。まぁ、長時間扉の前を陣取っていたんだから、それも当然だ。

 だが、その声はやけにフレンドリーなものだった。それもそのはず、相手は顔見知りだ。


「グランジ……」

「おいおい、暗ぇじゃねえか? どうした?」


 グランジ・バンクス。短く刈り込んだこげ茶の髪に、同色の髭。現役を引退したとはいえ、まだまだ逞しい肉体を有した、ワイルドさと爽やかさを兼ね備えたおっさん。

 俺とはほぼ同年代なのだが、片やうだつの上がらない五級冒険者で、片やこの町のギルド支部長マスターだ。元は、四級冒険者にまで至った、見た目通りの凄腕である。

 そんな相手が目の前に現れたせいで、ますます自分の惨めさが際立ってしまうように思えて、俺はグランジから顔を逸らし、無言でギルドの前を去ろうとした。だが――


「おいおい、本当にどうした? なんか悩みがあるなら聞くぜ?」


 ぐいと肩を引かれて、振り向かされる。

 そうだった……。こいつは以前から、こういう強引に相手の懐に入っていくヤツだった。

 そんな無遠慮な厚意が、しかし荒んだ心に染み渡るようで、鼻の奥がツンとしてくる。だが流石に、いい歳こいて天下の往来でみっともなく泣き喚くわけにもいかない。

 なおも無言で涙を堪えていると、どうやら訳ありだと察したらしく、グランジはそのまま強引にギルドの裏口へと、俺を引っ張っていった。

 流石はギルマスというべきか、俺は武装したままだというのに門番はチェックもなしにとおしてくれて、俺はギルマス用の執務室にまで通された。そこまで深い付き合いでもないってのに、こんな場所に武装したまま、どうして通してくれたのか……。

 グランジの真意がわからず、翻弄される状況に、涙も引っ込んでいた。

 部屋に入るとグランジは、応接用らしいテーブルを顎で指す。座れという事なのだろう。自分は執務机の隣にあった棚から、上等そうなガラス製のグラスと、濃緑色の酒瓶を取りだした。

 無言で席に着いた彼は、そのままグラスに酒を注ぎ、俺の前に置くと自分の分も用意して、さっさと口を付ける。乾杯をする気分ではなかったので、ちょうどいい。

 俺もまた、昼日中から酒でも煽りたい気分だったので、ちょうどいい。グラスを舐めれば、豊かな香りと喉を焼く酒気が、鮮烈に頭に刻まれる。

 それだけで、少し気が楽になるのだから不思議だ。


 一杯目は、お互いに無言で酒を飲んだ。



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