第3話 ハリュー姉弟

 いま、このアルタンの町でもっとも有名な人間は誰かと問えば、十人中八、九人は『ハリュー姉弟』の名前をあげるだろう。以前からもかなり有名だったのだが、一月前のダンジョン攻略において、大きな戦果を残したせいで、その名はこの町においては知らぬ者のない程に知れ渡っていた。まぁ、それがいい意味か悪い意味かは、判断のわかれるところだろうが。


「具体的に、お前さんはハリュー姉弟について、どう聞いている?」


 グランジの質問に、俺は少し考えてから口を開く。


「弟のショーン・ハリューは、単独での竜種撃破、同じく単独でのダンジョンの主の撃破。その他、多数のモンスターに対する妨害の【魔術】が、集団戦闘において実に有効だったらしい、ってのは聞いた」

「まぁ、概ね正しい情報だといえるか」

「俺も情報の取捨選択くらいはするからな。おっと、そういや眉唾なんで言わなかったが、いい機会だ、ついでに聞いときたい。なんでもショーン・ハリューは地獄みたいな空間を作り出して、ダンジョンの主の魂をそこに引きずり込んだ、なんていう噂も流れてるんだが、これはどこまで正確なんだ? 話の内容そのものは信憑性に欠けるんだが、チッチやレヴンが口にしてたんで、判断が付かないんだ……」

「…………」


 おい、なんだその意味ありげな沈黙は……? いや、まさか一から十まで本当、なんて事ぁ、ねえよな……?


「……あまり、所属冒険者の、それも上級冒険者の情報を流すのは、ギルマス的によろしくねえんだが……、お前には是非ともこの依頼を請けて欲しいからなぁ……。絶対に、他言無用で頼むぞ?」

「承知した」


 二人して声を潜め、室外に人の気配がないかを気にしつつ、顔を寄せる。こんな髭面の男と、密室で顔を寄せ合ってるのを見られたら、別の意味で俺はピンチに陥るだろう。


「いま、ダンジョンの主の骸は、ギルドに預けられている。といっても、そのままじゃ外にだせねえからって、ダンジョンの奥でバラして運んだわけだが……」


 そこまで述べたグランジが、もう一度部屋のドアを確認してから、重苦しく言葉を紡いだ。


「死んだダンジョンの主には、傷らしい傷が見当たらなかったらしい……」

「……マジかよ……」

「地獄みたいな空間って情報も、出所は【雷神の力帯メギンギョルド】だ。まず、噓じゃあねえ。本当のところ、どんなもんだったかは主観に因るから、詳しい事ぁ俺にもわからんがな……」

「…………」


 これはまた、随分とたしかな情報源があったものだ。いよいよもって、異名の【白昼夢の悪魔】ってのが、現実味を帯びてきている。一種の怪談みたいなガキだ……。


「……くれぐれも、他言無用だ。依頼を断るにしても、だぞ。俺だって、ハリュー姉弟やウル・ロッドと直接やり合うのは、勘弁なんだからな……」

「わかってるよ……」


 そう言ってから、二人して顔を離し、ソファに深くかけ直した。ついでに、グラスの中身をチロチロと舐める。難しい事を考えるのに、酒気は邪魔だとは思うが、それでも酒を呷りたい気分だったのだ。


「それで? もう一人の方はどこまで知ってる?」

「姉の方か。たしか、バスガルのダンジョンの主が目論んだ、アルタンの町を一呑みにしようとした計画を、ダンジョン学の第一人者とともに暴き、その阻止に動いた。また、結果として一ヶ所の崩落を防ぎ、多くの町の住人と冒険者の命を救ったらしいってところだな。冒険者たちからの人気が高く、異名は【陽炎の天使】だな」


 なんでも、炎の翼を操って戦ったそうだ。これについては、見たヤツは『美しかった』だの『まさに天使』だの『あの光景は一生の宝』だのと、詳しく語ろうとせず、情報の精度がかなり悪い。せっかく現場近くにいたってのに、役に立たねぇ。

 確実なのは、どうやらグラ・ハリューのトレードマークとなりつつあった、巨大な突撃槍は完全に壊れてしまった、という事くらいだ。あれもまた、マジックアイテムだったらしい。

 グラ・ハリューについて、知っている情報の大方を述べた俺に、グランジは訳知り顔で付け加える。


「それと、バスガルのダンジョンの階層ボスだったズメウを、単独で二体討伐している。これは【雷神の力帯メギンギョルド】のセイブンと同等の働きだ。ただまぁ、一体は自爆だったらしいがな……」

「ひゅー。そいつぁスゲぇ。たしかに、十級から四級って破格の昇級も頷けるな」


 このグラ嬢には、俺だって感謝している。現場で顔を合わせる事こそなかったが、崩落を防いでくれたって事は、現場にいた俺たちの事も守ってくれたって事なんだからな。こうして生きていられるのも、彼女のお陰であるといっても過言ではない。

 これは俺だけじゃなく、当時現場にいた多くの冒険者たちの総意だ。あと、町の住民も彼女には感謝している。弟の方は恐れられているうえ、犠牲になった住民の遺族からは、逆恨みまでされているらしいが……。


「そんなハリュー姉弟に、いまさら俺がなにを教えろってんだ……」


 不貞腐れるように、俺は吐き捨てた。まったく、兄弟そろって羨ましいくらいに才能に恵まれてやがる。凡才の俺が、そんな天才たちになにを教えろってんだ。


「いや、姉のグラは勿論、ショーン・ハリューも数ヶ月前に冒険者になったばかりで、冒険者としてはあまりにも未熟なんだ。なんせ、記録上は町から外にでた事すらないんだからな」

「はぁ!?」

「活動実態としては、弟の方はギルドの資料整理の協力と、定期的に下水道に討伐赴いていた。姉もまた、件の事件の最中に冒険者として登録し、下水道にしか行っていない。とはいえ、ダンジョンの探索には既に赴き、戦闘経験についても十二分なものが残されている。ギルドとしては、評価せざるを得ない」

「マジかよ……」


 その経歴の歪さに、グランジの苦悩がわかってきた。

 戦闘技能のみを評価すると謳っている冒険者ギルドの階級において、戦闘実績を無視してハリュー姉弟を評価しない、というのはたしかに不自然だ。できなくもないのだろうが、ダンジョンの主及び階層ボスの単独討伐という実績を打ち立てても、階級に反映されないという前例は、ギルド的にも残したくないのだろう。これを論って、ギルドの階級をお上の連中に好き勝手されかねない。

 お貴族様が拍付けの為に、上級冒険者の資格をねだってくるのを跳ねのける為に、実際の戦闘能力のみを評価するという建前は、役に立っていただろうからな。あの兄弟を上級にしなければ、そこが蟻の一穴になりかねない。

 それでも、ハリュー姉弟が後ろ盾のない存在であれば、なんとかゴリ押しで、評価を先延ばしにもできたのかも知れない。だが、彼らのバックにはウル・ロッドがいる。アルタンの町に住む住人が、軽々に蔑ろにできない相手だ。それに加えて、姉弟自体が、そもそもアンタッチャブルとして認知されている。

 みだりにちょっかいをかけた者は、多くがその代償を命で払った、とまで言われている程だ。実際、最初にショーン・ハリューに絡んだモッフォは、いつの間にか町から消えていた。彼はれっきとした、中級冒険者だったのに、である。

 結果、町から一歩もでていないのに、中規模ダンジョンの主を討伐するという偉業を成し遂げたひよっこ上級冒険者という、異色の存在が生まれてしまったわけだ。

 経験的には下級か、良くても中級下位。だが実力は上級。もし万が一、ハリュー姉弟が町の外で、冒険者のいろはも知らないせいで失態を演じたとすれば、それは評価をしたアルタン支部の失態ともなりかねない。グランジが芽を摘んでおきたいのは、そういう類のトラブルだろう。必死にもなるか。

 なるほど、上級と認めても認めなくても、問題にはなる要素がてんこ盛りだ。そうでなくたって、毎回のようにトラブルを起こしている姉弟だってのに。どんな星の元に生まれてきたのかと、少しだけ同情したい気分だ。

 まぁ、だからって、グランジの依頼を受ける義理はねえわけだが。


「ああ、こいつぁ報酬ってわけじゃあねえんだが、俺ぁイシュマリア商会ともそれなりに深い付き合いがある。あすこに属している女の身受けなら、それなりに力になれると思うが……?」

「ぐ……っ」


 断ろうと思っていた俺に、まるで関係ない世間話でも振るように、グランジが言う。その言葉の意図は明々白々。俺のお気に入りの娼婦を身受けする際の口利きを買ってくれる、という事だ。

 どうする? どうする……?


「田舎に引っ込むより、ここで所帯を持った方が、なにかと便利だと思うんだがなぁ……」


 蓄えを全部吐き出すなら、彼女の身受けは不可能じゃない。あとはコネだが、それもまたグランジが担ってくれるそうだ。できなくはない。できなくはないが……、それをすると今度は、田舎に隠棲するという予定の方が崩れてしまう。

 今回の報酬には、それなりに色を付けてくれるという話だが、だからといってそれだけでどれだけ暮らせる? もうパーティも追放された俺が。


 どうするか……。……どうする、か……。



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