第85話 襤褸鮋
「……ふん、所詮は胡乱な冒険者どもが。信仰のなんたるかも知らずに、よくも教会の名を口にできたものだ……」
使者の骸骨男は吐き捨てると首を振る。その拍子に、部屋の隅に放置されていた件の本を見付けたのか、不思議そうな顔をした。胡乱な冒険者とやらが、あれ程価値がありそうな本を放置しているのが不思議だったのだろう。
「あれは……?」
「ハリュー姉弟の持っていたお宝の一つだ。そうだな。手ぶらで帰すのも悪いし、持って行っていいぞ」
俺がそう言うと、仲間の一人が「ちょっと待て」と声をかけてきた。
「あの本に囚われた【
「ここにおいてたって、魔力切れを待つくらいしかできる事はねえんだろ。だったら、連中に調べさせればいい。報酬代わりにあの本を渡すっていう話なら、こっちの懐も痛まねえしな」
あんな本を欲しがる酔狂なヤツがそうそういるわけがない。故に、あの不良在庫を引き取らせるのと交換条件で、一人の冒険者と、ついでに【
烏合の衆とはいえ、あれだけの人数をかき集めている連中だ。もしかしたら中には、幻術を専門にしている魔術師だっているかも知れねえ。少なくとも、ここで拱手しているようりかは、よっぽど建設的な処置だろう。
「なるほど……」
俺の言に納得した仲間から視線を骸骨の使者に戻す。しかし本当に、
「ほぅ……。……なんらかのマジックアイテムのようですが……?」
本を手に取った男は、疑わし気にこちらを見る。俺はそれに肩をすくめ、皮肉を込めて笑ってみせる。
「それは、お前の言う悪魔が作った本でな、既に何人か食われちまった曰く付きだ。【扇動者】に伝えろ。そこに囚われた冒険者を救い出してくれたら、少しはお前らの要求も聞いてやる」
ここにいる冒険者たちに聞かせるように、俺は骸骨の使者へと言い放つ。これで、あの本と、それを気にする連中とを引き離したとは思われないだろう。
「そうですか……。まぁ、私にかかれば、彼の悪魔の幻術など、たちまち明かして、囚われ人を救い出してみせましょう」
「はッ、言ってろよ」
どうやらこいつは魔術師のようだ。まぁ、ある意味それっぽいが、ますます
このワイトモドキが、本当にあの【白昼夢の悪魔】の幻術を解けるのか、コイツの実力を知らない現状では判断はつかないが、単純な印象としてはまず無理だろう。それ程簡単なものであれば、ウチの魔術師にだって解き明かせるはずだ。
「ほら、土産を持ったならさっさと帰れ。くれぐれも、増長して俺たちを自由にできると思うなと、お前らの飼い主に伝えておけよ!」
「フン……。下賤な冒険者風情が……。精々悪魔の
言い捨てるようにそう言って、大事そうに本を抱えた使者は、背を向けて扉から出ていこうとした。その背に対し、俺は手加減をしつつも蹴りを放つ。
当然、使者はみっともなく地面を転がりながら、扉から外に出ていった。それを見て、冒険者たちから下品な爆笑が轟く。
骸骨男は忌々し気にこちらを振り向くが、この俺に舐めた態度をとってその程度で済んだのだから、むしろ感謝してもいいだろう。流石に使者を殺して、あの【扇動者】どもと敵対するつもりはないが、それでもこちらを軽侮する事は許さない。
いまの蹴りは、その意思を遺漏なく伝えてくれたはずだ。まぁ、伝わってなかったら、わかるまで使者を蹴り飛ばし続けるだけだが。
使者の骸骨男は、冒険者たちの嘲笑を背に、すごすごとハリュー邸をあとにした。
●○●
玄関を抜け、スラムの道を歩く僕は手中の本【
「まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったな……」
僕はそうこぼしてから、変装用の装具のマントを脱ぐ。その瞬間、僕の姿は骸骨のようなおじさんから、普段のショーン・ハリューへと戻る。
「あ、でもいまは変装しておいた方がいいか」
いま僕が外にいるのを、例の【扇動者】の一味に見付かるのは面白くない。そういう噂が流れるのも、できれば避けたいところだ。
なので僕は再び、鼠色のマントを纏うと、口を開いた。
「偽れ――【
一瞬ののちに、僕の姿は普通の町人風のおじさんになった。少し裕福そうな見た目なのは、この豪華そうな本【
「さて、じゃあギルドに行って、こいつらを保護&拘束してもらってから、ラベージさんに報告しよう。まったく、ここまで骨を折ったのだから、せめてそれなりに働いてくれよ、ラベージさん」
まぁ、当初想定していたストーリーでは、魔術師のおじさんが、この【
まぁ、あのエルナトとかいう男も、結構手加減していたみたいだけど、やっぱムカつくものはムカつく。絶対に、ダンジョンでは痛い目みせてやる。
ギルドへ到着した僕は、このギルドの
「失礼ですが、面会のご予定はございますか? それと、お名前をお聞かせ願えませんか? 申し訳ございませんが、私にはあなたのお顔に見覚えがないものでして……」
ああ、そうか。いま僕、ちょっと裕福そうなおじさんに変装しているんだった。どうしようか? ここで変装を解いてもいいんだけど、どこからか僕が外を出歩いていると、敵方に伝わる惧れもある。
キーワードだけ伝えて、この【
下手に騒ぎを起こして、それが連中の耳に届くのもマズい。
どうしようかと頭を悩ませていたら、なにやら奥から髭のイケオジが現れて、二言三言受付嬢と言葉を交わした。
「……失礼いたしました。裏口から回って、係員の指示に従ってください」
「ありがとう」
どうやら、アポイントメントが通っていたらしい。これは間違いなく、ラベージさんの功績だろう。恐らく、ホットラインを有している彼が、予め僕が訪ねる事を
指示に従い、ギルドの裏手に回ると、そこには警備員と思しき男がいたが、なにか言い含められていたのか、ほとんど素通りで通してもらえた。まぁ、流石に斧は預かられたが。
「あ、まだドアは閉めないでください」
僕を通したあと、早々に扉を閉めようとした警備員に、そうお願いする僕。警備員さんは不思議そうに、首を傾げて僕を見返していたが、やっぱりなにかを問うてくる事はなかった。
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