第77話 切り札の切り方と無用の長物
なにより、第二王国最高峰の冒険者戦力である【
それなら素直に、代金を支払った方がマシだ。
だからまぁ、フェイヴをこちらに引き込んだ段階で、これは杞憂だとは思っている。思ってはいるが……。
「それでも、国家という巨大な図体を持っていると勘違いしている連中は、ときに愚かな程傲慢になりますから。権力を振りかざすとき、人は自分を巨人と錯覚してしまう。矮小で卑屈な己の実像から、目を逸らすように」
「ん。心配があるなら、対策は立てるべき。実際にそうなってから慌てても遅い」
「それもそうっすね。まぁ、最悪の場合にも俺っちたちが、ショーンさんの味方になるっすから、ご心配なく」
「カベラ全体はともかく、ジスカルはショーン君に味方する。たぶん、妖精金貨一〇〇万枚積まれても」
いや、それだけ積まれたら、むしろ向こうについてくれないと、逆に怖いんだけど……。あの商魂の怪物が、間違っても義理や人情でそれだけの金貨を蹴っ飛ばすわけがないんだから、僕らにそれだけの価値を見出してるって事じゃん。
ただまぁ、いまはその逞しいにも程がある商魂が、こちらに有利に働いてくれる点だけ考慮して、感謝しよう。いい加減、ジスカルさんに対する借りも、積み上がりすぎているし、精算にはいい機会だったのだと嘆息する。
僕は一種諦めの境地で、懐から二つの箱を取り出す。柔らかい布で覆われたそれを開けば、中には箱の上下に施されたクッションと、その間にある二種類の宝石が顔を覗かせる。
「万が一の場合、フェイヴさんにはこの二つの宝石を、そしてカベラ商業ギルドには、この二種類の宝石の取り引き権を、報酬としてお支払いします。勿論、取り引きできる量には限りはありますが、いま現在他所に売る予定は一切ありません。今後も、余程の事がない限りは、取り引き権はカベラの専売特権と考えていただいて結構です」
ジスカルさんが、僕らの持っているブルーダイヤとレッドダイヤに対して、興味があるというのは、これまでの言動の端々から窺えた。ただ、それを直接求めて来ず、こちらに貸しを与え続けるという手法は、なるほど彼らしいと感心する。
カベラ程の巨大な商業ギルドが、本腰を入れて求めれば、それはどう言い繕ったところで、圧力に他ならないからな。彼はそうなって、僕らとの関係に蹉跌を生じさせるのを危惧したのだろう。
ただまぁ、こちらとしてもブルーダイヤやレッドダイヤが貴重すぎる現状は、なんとかしたかったところだ。前回の【先導者騒動】のインパクトが強すぎたせいで、撒き餌としての効果はほぼなくなったというのに、それを求める輩の対応という煩雑さだけが残ってしまったのだから。
月に数人現れる盗賊程度の為に、いつまでも独占している意味は薄い。まぁ、この盗賊の中にも、たまに結構いいDPになる人間はいるのだが……。
なので、ここいらで切るのが、カラーダイヤというカードの価値を、最大限活かせるタイミングだと思う。
それがわかっているのだろう。シュマさんは、二つの箱が開かれた瞬間から、それから視線を外して、僕をじっと凝視し続けている。まるで、宝石なんぞよりも、僕の一挙手一投足喜怒哀楽の情報の方が、価値があるとでも言わんばかりに。
一方、そんなやりとりとは無縁の男は、呑気に歓声をあげる。
「え? これ、俺っちが貰ってもいいんすか?」
「勘違いしないでくださいね。フェイヴさんの報酬は、あくまでも妖精金貨の方で、これは【
「ああ、なるほど……。ってコレ、師匠が知ったら……」
恐ろしい事に気付いたとばかりに、先程まで金貨のように輝かせていた目を、まるで爆発物でも見るかのようにヒクつかせるフェイヴ。
「ええ、大変乗り気になってくれるでしょうね」
そんな彼に、僕は満面の笑みで応える。いざというときには、是非とも真っ先にこの話を彼女の耳に入れてもらいたい。きっと、ノリノリで味方になってくれるはずだ。
まぁ、サリーさんでもいい。貴族である彼女にとっても、あの宝石はいい武器になる。第二王国の王侯ががっつくように聖杯を求めるのも、それがステータスになるからだ。それはイコールで、政治的影響力の増大と言い換えてもいい。
他の人の報酬配分に関しては、【
「……帝国には、是非とも軽挙妄動を控えてもらいてぇっすね……」
先が思いやられるとばかりに、天井を仰ぐフェイヴ。その隣で、シュマさんは困り顔だ。
「その場合、専売権はどうなる? シュマ、あんまり交渉得意じゃない。ここで細かい話詰めるの、無理だよ?」
「その場合は、また別の条件で話し合いましょう。少なくとも、こうして実物を提示してしまった以上、そちらも交渉から手を引くという事はないでしょう? 僕らを裏切って帝国側につかない限り、交渉の権利は消失しませんので、ご安心ください」
「ん。わかった。つまり、これ担保?」
まぁ、そういう側面がないとは言わない。これがあれば、まずカベラと帝国が共謀して、僕らに敵対するという事はあるまい。
なにせ、相手は商人。物事をすべて秤にかけて、貨幣に替えるのがお仕事の相手だ。先程シュマさんは、一〇〇万枚の金貨を積まれても寝返らないと言ったが、それは裏を返せば、一〇〇万枚以上積まれたらどうなるかわからないと言っているようなものだ。
まぁ、金を惜しんで約束を違えるのに、それ以上の出費を要するというのは、流石に意味がわからない行動なので、まずない話だろうが。
そんな相手との交渉だ。最低でも、一連の事態が終息するまで、ジスカルさんをこちらにつなぎとめ、帝国との間にに無用な絆を育ませない為の絡繰くらいは用意する。
「カベラ商業ギルドとの関係において、僕らにとって最悪なのが、専売権だけ取られて、帝国側につかれる事です。ですが、このやり方であれば、カベラが実質的な利益を得られるのは、戦後になります」
「ん。なるほど」
「ああ。そういう事っすか」
ここまで言えば、流石にフェイヴにもこの条件の絡繰がわかったらしい。
この密談において、報酬の条件というのは、帝国が裏切らない限りは空手形というか、取らぬ狸の皮算用でしかない。なにも起こらない限り、この二つのダイヤは僕らの手元に残るし、カベラが僕らを裏切る理由もない。物事がすべて終わったあとで、改めて交渉の場を設ければいいだけだ。
しかし、もしも事が起こったら? 当然裏切りにも意味が生じてくるだろうが、同時に二つのダイヤも【
先程も『余程の事がない限りは』と前置きした通り、もしも余程の事があれば、別の相手に取り引きの権利を売ってもいいのだ。最初から、その権利を『専売権』としなかったのは、それも理由である。
当然、端から定期的な売買を約束するなんて契約はあり得ない。必然的に、カベラ商業ギルドが、僕らとダイヤの取り引きをしたいのならば、戦後まで僕らとの関係を損なえないという事になる。
「まぁ、僕だって、ただ漫然と帝国にフリーハンドを与えているわけじゃありません。まず間違いなく、帝国は普通にお金を払ってくれるでしょう」
安全策というものは、無用の長物となるのなら、それでいいのだ。
ジスカルさんとしても、僕らの手元に、この二種のダイヤがあると知れただけでも、十分な収穫と考えるはずだ。
【
僕らとしても、いい加減ジスカルさんからの借りが嵩んでいた分を、二つのダイヤの情報という形で返せる。ちょっと大盤振る舞いしすぎた気もしなくもないが、最悪の状況において、僕らだけで帝国という巨大な組織を相手にする絶望を思えば、切る意味のあるカードだったと思う。
かくして、僕らは災害マニュアルのように、万が一の場合に備えて、協力関係を約束した。
是非とも、今日のこの交渉が無駄になって欲しい。帝国のお歴々には、賢明な判断をしてもらいたいと、切々と願っている。
……しかしどうしてだろう……。合理的に考えたら、ほぼ無用になるだろうと思っているのに、絶対にこの取り決めが役に立つと、僕の直感が囁いているのは……。
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