第78話 パティパティアトンネル

 ●○●


「仕事はっや」


 パティパティアトンネルの帝国側の出入り口には、早くも簡易的な防御陣地が作られつつあった。ほとんど木材で、所々に申し訳程度の石材が用いられている、軍なら一〇〇人か二〇〇人程度の兵力で攻略できそうな、小規模簡素な代物だが、これを二週間かそこらで作ってしまえるという事実に戦慄する。

 だがまぁ、人間本気になればこの程度の真似はできてしまうのなのだろう。墨俣の一夜城の例もある。人間の敵性生物として、この点は留意しておかねばなるまい。

 僕、グラ、ベアトリーチェ、彼女の侍女ヘレナ、彼女の騎士二人を連れて、【門】から現れた僕たちは、たいそう注目を集めていた。いやまぁ、注目を集めている理由は、僕らが連れている竜の存在が大きいと思う。

 連れてきたのは最初の四頭の内、アルティとスタルヌートの二頭だけだ。この二頭は、帝国……というよりはベアトリーチェに売る予定の騎竜である。正直、最初の四頭には愛着もあるので、別のラプターを連れてくるという選択肢もあったのだが、残念ながらベアトリーチェは最初の四頭にしか乗れない。


「注目を集めていますわね」


 周囲からの視線に、一切臆した様子もなく呟くベアトリーチェ。有象無象から見られる事など、なんら気にすべきではないという態度である。

 そんな彼女の言葉に、隣のスタルヌートの背に揺られながら、肩をすくめる。


「まぁ、その格好じゃあ仕方がないですね」


 ベアトリーチェの格好は、鎖帷子の上に所謂キュイラッサーアーマーという、丸みを帯びた胸甲、腕部、大腿の前面部と、前方の防御のみに特化した鎧を装備している。メインの素材は僕らの鎧と同じく炭化ホウ素なので、硬さに関しては折り紙付きではあるのだが、隙間が多いので弱点も多い。

 鎖帷子は黄銅鉱なので、鉄よりは軽いが炭化ホウ素よりも重い。ただ、黒と金のコントラストは、かなり見栄えがする。かなり成金趣味っぽいが……。

 なぜ銃もないこの世界で、防御に穴のある、スリークォーターアーマーとも呼ばれる、キュイラッサーアーマーを作ったのかといえば、ベアトリーチェがフルプレートの重量に耐えつつ、騎乗し続けるだけの体力がなかったからだ。

 僕としては、僕が使っているようなマッスルキュイラスのブレストアーマーにして、割れたら交換するというスタイルにしようと思っていたのだが、当人から猛反対を受けて胸甲鎧になった。

 まぁ、たしかにマッスルキュイラスだと、男性用ではベアトリーチェが使う場合、結構違和感があって、いま以上に悪目立ちする。女性用だったら女性用で、現在の北大陸的貞操観念においては、卑猥すぎて悪目立ちする。

 いまの胸甲鎧の方が、体のラインも隠せる為、そういう形での悪目立ちは避けられるだろう。いまでも結構目立ってはいるが……。

 ただし、割れたら鎧ごと換えないとどうにもならない。まぁ、ベアトリーチェが竜種と戦う事なんてないだろうし、雑多な槍や矢程度では傷も付かないだろうから、大丈夫なはずだ。


「やぁ、先生がた。いらっしゃい」


 トンネルの出入り口でたむろしていたら、おもむろにウカがやってきた。どうやら、僕らの侵入を感知して出てきたらしい。自らのDPをダンジョンに馴染ませて、きちんとダンジョンを自分のものとしているようだ。


「やぁウカ。最近のこの辺りの状況について、情報提供を頼めるかい?」


 僕が騎乗のまま問いかければ、ウカは柔らかく微笑んで頷いた。案内されるままに、トンネルに入ってから二〇メートル程入ったところにある管理室兼研究室に案内される。その部屋の外にアルティとスタルヌートを待機させて、管理室にてお茶をいただく事になった。

 お茶の味は……、〇歳児としては及第点だが、まぁ次からはヘレナに頼むつもりだ。


「帝国は、だいぶ急いでいるみたいだねぇ。まだ、ベルトルッチ側にトンネルの存在は露見してないようだけど、帝国側の出入り口の周りでは、かなり小競り合いが発生しているようだよ」


 足を組み、眼鏡の奥の双眸を細め、妖艶な笑みを浮かべて、そう評するウカ。野生動物の観察をしているような口振りだが、彼女からすればまさに、人間という動物の生態観察のつもりなのだろう。

 僕もカップに口を付けつつ答える。


「まぁ、流石にここまで必死に隠そうとすれば、帝国内の間諜には気付かれるだろうね。ただ、まだその拠点の奥にトンネルが隠してあるだなんて、夢にも思っていないはずだ。広大なパティパティアの南側を、隈なくチェックする事も出来ないだろうしね」

「まぁ、ナベニポリスはパティパティアに面しておりませんし、いまは周辺自治共同体コムーネに命令できるだけの影響力もないでしょうから」


 同じく優雅にカップを傾けつつ、クスクスと笑っているベアトリーチェ。

 本来周辺の自治共同体コムーネと強いパイプを有していた有力者を、いまのナベニポリス首脳部は、大部分排除してしまっている。共和圏全体での淀みのない連携など、望むべくもないだろう。内向きの結束は強まっているだろうが、その分外部との連携に難があるのが、いまのナベニポリスの弱点と言ってもいい。

 ただそれも、帝国がナベニポリスに宣戦布告をしたいま、ナベニ共和圏全体が帝国という脅威に対抗するという形で、なし崩し的に合従連衡する可能性は低くない。どうなるかは、まだまだ未知数だ。

 政敵であるナベニポリス首脳部の醜態を、意地悪く哂うベアトリーチェは、本当に悪役令嬢じみている。友達にも恋人にもしたくはないが、仲間にするならこれくらいしたたかな奴の方が安心だ。下手に情け深い奴や、正義感を持っている奴だと、余計な行動が増えて、行動予測がし辛くなりそうだしね。

 行動指針がブレないという一点で、仲間にするなら最適だ。少なくとも、帝国と違って裏切られる心配は要らない。


「おやおや、アンタは先生が連れているだけあって、なかなか面白そうなお嬢さんだねぇ。これまでこのトンネルの周りにいた連中は、特に面白味もないヤツばかりで、ちょっと退屈していたところさ」

「うふふ……。あなた、なかなか面白いですわね。ただ、その口の聞き方は、よろしくなくてよ?」


 ウカの適当な口調に対して、ベアトリーチェは嬲りがいのある獲物を見るような、嗜虐的な笑みで窘める。それに対して、やはり恐縮するでもなく、余裕の表情で肩をすくめるウカは、飄々と嘯いた。


「ああ、すまないね。学のない、農村の出なもんで。丁寧な話し方ってのが、良くわからないのさ」

「最低限、貴人に対して礼を失する真似をしたのなら悪びれなさい。心の籠っていない謝罪程、人を苛立たせるものはございませんのよ? わざとやっているのなら、問題はございませんが」


 もしそうなら、お前は敵だとでも言わんばかりのベアトリーチェの態度に、どうしていいのかわからなくなったのだろう、ウカから助けを求めるような視線が飛んでくる。流石に、これ以上自分の判断で話して、彼女との関係を拗らせるのは悪手だと判断したようだ。

 一般的な農民や、ましてや農奴であれば、最低限のマナーというより、へりくだった態度もできるのだろうが、残念ながらウカにそのような人生経験はない。ここはなんとか、フォローをしておくべきだろう。


「お嬢様。悪いけど彼女は、少々特殊な生い立ちでしてね。どのような無礼を働くかわからないので、できればあまり話しかけないであげて欲しいんですが……」

「ふむ……。まぁ、たしかに躾が行き届いていないというのはわかりましたわ。口さえ開かなければ、それなりにお淑やかに見える為、違和感が強いですが……」


 それはたしかに……。だが、僕らには『立ち居振る舞いが農民らしい』という存在を作る事は難しく、また『立ち居振る舞いも、言葉遣いも貴人と相対して問題ない人間』を、即興で作りあげるのも困難だったのだ。結果、できたのがこの違和感まみれの彼女である。


「生前の彼女の旦那さんが、話さなければ失礼を働かない程度に、立ち居振る舞いを矯正したらしいですよ。ただ、その方が亡くなってしまってからは、話さないわけにもいかず、このような態度になったそうです……」

「なるほど。まぁ、たしかにあなたの場合は、貴人に出会ったらみだりに口を開かず、阿諛追従していれば問題ないかと思いますわ。下手に話すと、問題になりますわ」

「あいよ。まぁ、それはアタシも重々承知しているんだがね。ただ、誰が貴人で、誰が卑しい人間なのか、アタシにはなかなか判別がつかないもんでさ」

「…………」


 相変わらずの態度に、ベアトリーチェがこちらにジト目を寄越す。僕としては、仕方がないだろうと、肩をすくめる他ない。礼儀作法なんて、相当高度な教養なのだ。

 彼女もまた、僕の連れという事でこれ以上の言及はしないという方針にしたようで、大きくため息を吐いてから、ウカを無視するようにこれ以上の口を開こうとはしなかった。

 ホント、グラとウカの二人には、最低限の貴人との付き合い方を、早急に学習させないといけないだろう。相手は、ギルドの老婦人にお金を払ってでもお願いしようか。ヘレナでもいいのだが、事がすんでからその機会があるかどうか……。



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