第18話 大きな声ではできない話

 ●○●


「さて、少々尾籠な話をしようか」

「尾籠、ですか?」

「そう」


 ダンジョン四層の広大な空間において、僕はグラと相談を始めた。


「僕らの依代における、生殖機能にまつわる話だ」

「ふむ。現状で問題ないのでは?」


 グラが当然のようにそう述べるが、僕はその意見に明確に首を振る。


「僕の生殖機能はそうでもいいんだけど、君の場合ちょっと問題だ」


 男の生殖機能なんて、外から見ればあるのかないのか判断が付かないだろう。精々、セクシーな女性に反応して大きくなるか否かだろうが、サイズに個人差もある以上、あまり気にする必要がない。

――が、女の子であるグラはまた別である。


「グラ、人間の女性は一定の年齢以上になると、月経と呼ばれる生理反応がある。その間女性には、さまざまな変調が起こり、結構大変なんだ。それが君にまったくないというのは、周囲から不審を招く」

「ふむ。なるほど、それはたしかに面倒ではありますね……」

「あと、僕にも君にも生殖機能がないとわかると、うちの財産を狙っていろんな人間が、養子だのなんだのを押し込んで来ようとするだろう。見ず知らずの親兄弟が何人も現れる可能性すらある」

「すべて断ればいいのでは?」


 まぁ、それもありだろうが、せっかく地上の情報を得られる身分をもっているのだから、できればそれは維持しておきたい。だというのに、ショーン・ハリューとグラ・ハリューが一〇〇年も二〇〇年も健在で、財産と家督を保持していれば、正体など隠し果せるものではない。

 その辺り、整合性が取れるよう形を整えねばならないとは思っているが、特に急ぐような必要はないので後回しにしてしまっている。


「最後に、これが一番マズいんだけど、依代に勝手に生殖機能が備わる惧れがある」

「それは……――なるほど、レヴンの話にそんなものがありましたね」

「そう、それ」


 モンスターは、ダンジョンコアが意図せずとも、その受肉の過程において、勝手に生殖機能を持たされる。雌雄の別も、その際に現れるようだ。また、ダンジョン側がそれを阻止しようとしても、単性生殖や無性生殖、また鬼系モンスターのように他の雌の胎を借りて増える、他性生殖の生物が生まれてしまう。

 あらゆる手を尽くして繁殖能力を削いだモンスターを作ろうとすると、それはアンデッドになってしまう。アンデッドはアンデッドで、生殖能力はないのだが、同族を作る能力を有しているものが結構いる。吸血鬼とか、リッチやワイトなんかだ。

 やはり、受肉する以上は生物であり、生物である以上は『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』という基本プログラムが搭載されてしまうのだろうか。

 疑似ダンジョンコアは普通のモンスターとは違うプロセスで生みだされるのだが、そこから依代を生成する術はモンスターを作る過程と同じものだ。そこには、やはりかなりの割合でモンスターとしての性質が残ってしまう。それは、先の【怪人術】によって判明した、依代の問題点でもある。


「ふぅむ。勝手に生殖機能が備わり、それが人間のものと大きく違ったりすると、大問題ですね……」


 僕がいま、どんな問題提起をしているのか、これだけの説明で十全に理解してみせたグラが思案顔で呟いた。


「そうなんだよね。もしもそんな事になれば、単純に僕らの身バレのリスクが高まるだけだ。特に生殖機能なんて、生物の根幹といってもいい部分が違うと、他の違和感なんぞよりも、よっぽど悪目立ちしてしまう」

「ふむ。その辺りの感覚は私にはわかりませんが、ショーンがそう言うのならそうなのでしょう。となると、やはり違和感のない生殖機能を、私にもあなたにも持たせるべきですか?」

「それなんだけれどねぇ……」


 グラがもっとも安易でわかりやすい解決策を提示するも、僕はついついそれに難色を示してしまう。いやまぁ、その根底にある問題は、僕個人の努力で解決できないわけではないのだが、その道は思うだけで辟易としてしまう程に険しいものだ。


「どうしたんです?」

「いや、僕に生殖機能が備わっちゃうと、いろいろと判断に支障を来しそうで、ちょっと怖いんだよねぇ……」


 例えば、丁度今日の昼間にあったベアトリーチェと侍女さんのドロワーズだ。あれに反応しなかったのは、たしかに色気のないハーフパンツ紛いの下着だったからというのもあるが、そもそも僕に生殖機能がなかったという点が大きい。

 より顕著なのは、シッケスさんへの対応だろう。僕にまともに性欲があったら、彼女に対してあんな淡白な反応が返せていただろうか。いや、無理だ。

 いまでも、名残のようにエロいものに対する好意的な感情が、僕の中には残っている。以前、イシュマリア商会で見た薄着のお姉さんたちも、なかなかに眼福だった。

 生殖機能がなくてもそんな僕が、もしもそれを得てしまったらと思うと、怖くてなかなか決断できない……。


「とはいえ、すべては僕が我慢すればいいだけの事なんだよなぁ……」


 エロいものに対して反応せず、それを状況の判断に介在させない……。ごくごく普通の高校生男子だった経験から言わせてもらえば、それは不可能といっても過言ではない至難の業だ……。

 僕の独り言に、グラが首を傾げて問うてくる。僕は恥を晒すようで面映ゆかったが、それでも正直に話した。


「我慢というのは?」

「シッケスさんとかの色仕掛けに耐えるのが、かなり難しくなる。たぶん、異性に対してこれまでの僕のような対応が、できなくなると思うんだよね……」


 我慢すればいいとはいったが、それをしなければならない時点で、既にこれまでと同じではないという事だ。

 それを聞いたグラが、またもあっさりと答えを出した。


「なるほど。ではやめましょう」

「え? で、でも身バレの危険が……」

「私は結構な期間、地下に籠っています。その月経というものの期間も、地下にいるという事にしましょう。しばらくは、それで誤魔化せるはずです」

「で、でも依代に、独自の生殖機能が備わっちゃうと……」

「依代であれば、一度消してから再構成する事も不可能ではありません。疑似ダンジョンコアそのものに生殖機能が備わってしまったら、まぁそのとき考えましょう」


 すべて棚上げという結論だが、たしかにグラの場合あまり人の前に出ないので、それでいけるかも知れない。僕に関しても、正直性欲がない方がやりやすくはある。というか、性欲が搭載されたあとの自分が信用できない……。


「うーん……、まぁ、わかった。一旦この問題は棚上げしとこう。ただ、グラも頭の隅とかにはおいといて。問題が表面化する前には、解決策を模索しておきたいからさ」

「わかりました」


 澄ました顔で了承するが、本当にわかってるのかなぁ……。正直、このままこの問題を放置して、万一人間側にバレたときが怖い……。なにが嫌って、そんな理由でバレたという記録が、人類側に残っちゃうのが本当に嫌だ……。


「あと、僕の知識は姉妹からの聞き齧りだけど、生理がどういうものかも知っといて。つらい人は滅茶苦茶つらいらしいから、まったくの無知だと不自然すぎる。場合によっては、それについて誰かに聞くのもいいんだけれど……」


 適任者がなぁ……。フォーンさんやシッケスさんでもいいかとは思うんだけど、あの人たちは一応妖精族だから、もしかしたらそういう点から只人とは体の作りが違うかも知れない。使用人の女性に聞くという手もあるんだけど、彼女たちは元が奴隷という立場もあって、きちんと対処法を知っているかどうかが疑問なんだよなぁ……。

 いっそ、ギルドの老婦人にアドバイス貰えないか、相談してみるかなぁ……。



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